第21話 エウレカ

 百貨店そごうから帰宅した巴御前。彼女は帰宅するなり、一反木綿のハンカチを広げてニャン吉に見せてきた。紫色の眼の刺繍された灰色のハンカチ。

「すごいええじゃろニャン吉」

『気味悪いのう』


 一反木綿と目が合ったニャン吉。

『こりゃホンマにキモいわ』

「気に入ったんねニャン吉」

 巴御前は、鞄からもう1つ同じハンカチを取り出した。それを嫌がるニャン吉の首に巻いてやる。

「よう似合うね」

『まさか、遠回しに家から出てけえ言いよんか』


 ニャン吉がハンカチを前足で取ろうとすると、巴御前が「ええがにいかん?」と巻き直す。

『なんしよんや!』

「よう似合っとるわ」

 何度でも巻き直してくる巴御前の根性に根負けしたニャン吉。首に一反木綿を巻きつけて曇り空を見上げる。


 ちなみに、『ええがにいかん』は広島弁で『上手くいかない』である。


 春が来た。4月1日の午前、味噌汁が大慌てでニャン吉の所へやって来た。驚き屋根から降りてくるニャン吉。

『どしたんや!』

『大変じゃ! チバリンがカニに挟まれて重体なんじゃ』

 予想外の知らせにニャン吉は爆笑した。

『なんで笑うんや』

『そりゃ、エイプリルフールじゃけえの。まあ、エイプリルフールじゃないんじゃったら……爆笑じゃすまんわ』

 嘘をあっさりと見破られた味噌汁は、苦笑いをして頭を後ろ足で掻いた。


 本日は晴天なりなので、2匹は大元公園へ遊びに行った。ニャン吉と味噌汁が蟹歩きをしているところへ、鹿三位が陰鬱な顔をして現れた。

『お! 鹿三位。どうじゃった?』と明るく尋ねる味噌汁。

『……エウレカ』

『なんて?』

『エウレカ、エウレカ。見付けたんじゃお嬢の見合い相手』

 エウレカとはギリシャ語で『見付けた』の意味。その知らせにニャン吉と味噌汁は顔を見合わせ笑った。2匹は鹿三位へエイプリルフールのネタをありがとうと返すが……返事がない。不審に思ったニャン吉がもう1度尋ねる。

『エイプリルフールじゃろ?』

『……おったんじゃ』

『そりゃ……ホンマにか』

『今連れてくる』


 鹿三位は口笛を吹いてそのお方を呼んだ。現れたのは確かに、短足大根足。首が太く、鼻が赤い。ニャン吉たちへ微笑むと歯茎から血が滴り歯を真っ赤に染める。


『このお方が探し求めた鹿じゃ……』

 探し求めた鹿は明るくニャン吉たちへあいさつをする。

『はじめまして。キャンディ虫歯です。あたしを求めるんは誰じゃ?』

 ニャン吉は鹿三位を木の陰に連れて行った。そして、キャンディに聞こえないように会話した。

『鹿三位、よう見付けたのあんなん』

『……もう1匹おるんで』

 その言葉に驚くニャン吉をよそに、鹿三位が口笛を吹くと鹿がさらに現れた。だが、鹿三位は驚く。似たようなのが1匹ではなく、2匹現れたのだ。たじろぐ鹿三位をよそに、そいつらもあいさつをする。

『はじめまして、キシリトール虫歯です』

『はじめまして、シュガーレス虫歯です』

 聞けば彼女らは姉妹だという。さらに、よく聞くと4姉妹で、末っ子のカリフラワー虫歯は後から来るらしい。


 ニャン吉、鹿三位、味噌汁は晴天の空へ『エウレカ!』と叫んだ。


『次回「巴御前の日記」』

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