第14話 猫王の説得

 木から飛び降りて、鹿三位の前まで歩み寄る。威圧的な鹿三位の目にニャン吉も一瞬気圧された。象牙のような1本の角を縄張りを荒らす猫へと向ける。

『私の領域を荒らしたんはお前か?』

『正確には違うがの』

 乱れ散る紅葉と暗くうつむく鹿たち。その有様を見れば、ニャン吉が暴れ回ったのも容易に想像つく。


『さて、白猫。お前なんて名前じゃったかの』

『怪盗ニルヴァーニャじゃ』


『どこが名字でどこが名前なんや』

『いや、そういうんじゃのうて』


 近くの鹿が、鹿三位の千切れた耳に『ありゃ偽名ですわ』と耳打ちする。


『まあそうじゃろうの……、念の為聞いただけじゃ』

『ほんまか?』


 咳払いをして誤魔化す鹿三位。

『ニルヴァーニャ、お前は私の領域を荒してなにがしたいんや』

『鹿三位と話がしとうての』


 鹿三位は鼻で笑った。鼻息が顔にかかって、不愉快なニャン吉。


『話をしたいんじゃったらなんで荒らすんや』

『そうすりゃあ幹部が出てくるじゃろう思っての』

 自分たちを軽く見られたと感じた鹿三位は、首からぶら下げた金魚鉢を近くの部下に渡した。金魚鉢の中には、大量の鹿せんべいが詰まっていた。


『じゃあその「側近魚そっきんぎょ」をボスに持ってってくれいや』

『はい、鹿三位さん』

 ボスへの上納金が詰まった金魚鉢の側近魚。側近魚を渡された鹿の1頭は駆け足で公園を飛び出した。飛び出したと同時に派手に前脚を滑らせてコケる。さらに鹿せんべいが周囲に散らばる。呆れた鹿三位は、転けた鹿を助けてやれと仲間に命ずると、そいつらも同じ所で転けた。


 見兼ねた鹿三位も公園を出ると、両前脚をクロスさせて転けた。さらに、顎も思い切り地面に打ち付ける。


 それを見て焦ったのはニャン吉である。鹿が転けたのは他でもない。万が一交渉がうまくいかなかった時のためにニャン吉が仕掛けた罠のせいである。

 ニャン吉は夜明け前、地面に手製の混合物を撒いておいた。カラカラに乾燥させた砂浜の砂と塩を混ぜた罠「摩擦レス君」という混合物。その罠に見事かかってしまった。


『大丈夫か!』などと心配するフリをして駆け寄るニャン吉。私は害を与えるつもりはないですよと言わんばかりの表情で鹿たちへ駆け寄る。ただ、鹿の糞が体についた鹿の前は素通りした。


『なんじゃあこりゃ!』

『鹿三位、大丈夫かのう!』

 いかにも心配しているような素振りで鹿三位を助け起こすニャン吉。鹿三位の体についた砂を払ってやる。もちろん、鹿の糞には触りもしないし、砂と塩の混合物に気付かれないための証拠隠滅も兼ねている。


『次回「鹿三位との交渉」』

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