第13話 鹿三位現る

 春なのに紅葉の赤い絨毯が乱れ散る。同様に大元公園はニャン吉と鹿のデスマッチが始まり血の絨毯ができそうだ。


 何頭かの鹿が一斉にニャン吉めがけて角で突いた。だが、いとも容易く角の隙間をすり抜け1頭の鹿の背に乗るニャン吉。

『われ! なにワシの背中に乗っとんじゃ!』

『遅いのう、しょせんは鹿じゃ』

 安っぽい挑発に安々と乗る鹿たち。こいつらは小物だとニャン吉は悟った。そこで、適当にあしらってやることに決めた。


 鹿の間をすり抜けて撹乱し、鹿が両の前脚を高く上げると地面に接する後ろ足を払って転ばす。時には、紅葉をすり潰してその目に振りかける。


 ニャン吉の戦闘センスがここにて開花した。あまりの強さに翻弄されっぱなしの鹿たち。やがて疲れ果ててその場にへたり込む。

『どしたんや、馬鹿の片割れ』

 得意になってニャン吉は樹上から鹿たちを見下ろす。

 眉根に影ができ、目が刀傷の痕のように細く釣り上がり、2つの牙を剥き出しにして、限界まで口角があがる。口の中は影になって見えず、口に漆黒の闇を飼っているように見えた。それが、邪王猫な笑い。初めてニャン吉の顔に浮かんだ。


 邪王猫な微笑みを見て、鹿たちは心底恐怖を覚えた。まるで、地獄の底から這い出てきた獣のような邪悪さ。


『われの目的はなんや! 紅葉の薬か!』

 観念した鹿は、妥協案を出すが……。


『鹿三位を出せや! お前ら下っ端じゃ話にならんわ!』

 予想外の要求に顔を見合わす鹿たち。

『分かったわ、待っとれ』

 そう言うと、1頭の鹿が公園の奥へと向って行った。


 鹿三位を待つ間、樹上の白猫へ鹿たちは幾つか尋ねた。

『白猫、われの名前はなんじゃ』

『ニャ……、怪盗ニルヴァーニャじゃ』

 万が一のことを考え偽名を使う。


『ニルヴァーニャ、われも粉紅葉の利権が欲しいんじゃろうが』

『いらんわ! そんなん』

 またしても予想外の回答に顔を見合わせる鹿たち。


 今度は反対にニャン吉が聞いた。

『お前らなんでカタギに手を出すんや』

『ここはワシらの縄張りじゃろうが』


『じゃが、迷惑しとるやつもえっとおるんで。せめてカタギに迷惑かけんようにせえや』

『言いたいことはそれだけか?』

 公園の奥から1頭の鹿が現れた。その異様は周囲を圧倒し、鹿たちが平伏する。現れた鹿は、目のところに大きな傷があり、角は枝分かれしておらず、1本の鋭い象牙みたいであった。

『私が鹿三位頼々じゃ。よろしくのう白猫』

『待っとったわ』


『次回「猫王の説得」』

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