第11話 紅葉の売人・鹿三位

 鹿三位頼々は、宮島の弥山で生まれた。生まれたての子鹿のようにふらついたことは産まれたときから1度も無い。


 鹿三位は父の代から鹿鬼組の新参者であった。紅葉の密輸で儲けた成り上がり者である。紅葉の密輸とは、紅葉を乾燥させて粉砕し粉状にした薬である。効果の程は不明であるが、竹をくり抜いて作った吸引器もセットで売買されている。


 それまでの鹿鬼組の収入源の1つはいわゆる上納金。観光客が寄こす鹿せんべいをボスへ納めるというものであった。そこから発展して、各鹿の縄張りと場所代ができた。さらには、他の動物の誘拐に殺害、恐喝とくればやはり密輸と違法薬物は免れないだろう。


 宇品港に沈められた動物の怨念は……、それはまたの機会にするとして、鹿三位は親子で紅葉の密輸をなして鹿鬼組ボスの側近の座を手にしたのである。


『それからボスに気に入られての、粉紅葉の精製をしよったんじゃが……。なんでか知らんが父親をボスに始末されたんよ』

『剥製……』


 鹿鬼組の所業は、裏社会のそれと相違ない。動物社会の闇の一端に触れた思いのニャン吉。鹿に手を出せば宇品港の藻屑となるに違いない。壇ノ浦の平家と同様に……。


『鹿三位と連絡とるんはどうすりゃあいいんや』

『そりゃ簡単よ。あいつの縄張りに行きゃあええんじゃ』

 ニャン吉は味噌汁に顔を寄せて『どこじゃ』と急かす。


『厳島神社の近くに大元公園とかいう公園があるじゃろうが』

『あるの』


『そこで紅葉を荒らしよったら出てくる思うで』

『……荒らしたら争いにならんか?』


『そこで……適当に説得せえ』

『投げやりじゃのう』


『まあ、話し合いの場くらいは俺らが用意しちゃるけえ』

『最初からそうしてくれえや! 紅葉の乱が勃発するところじゃったわ!』


 争いを勧めたかと思うと、話し合いの場を用意する味噌汁。ニャン吉は口元を引きつらせ舌打ちした。そして、2匹はそこで別れた。


 中村家にニャン吉は帰ると、巴御前が気まぐれで引いたおみくじを披露する。

「ニャン吉、聞いてぇや! とうとう大凶があたったんよ!」

『……不吉じゃのう』


「やっと出たんよ! 待っとったわ大凶。禍々しいお告げはええね」

『なんでや!』


「どしたんニャン吉、腹でも減っとるん?」

『いや、大凶はいけんじゃろ』

 ニャン吉は、巴御前が持つ大凶のおみくじを上目遣いで見据える。


「大凶はねえ、滅多にでんけえ、ええんよ。それに、悪い運勢をここで使ってしまうとか言われとってね」

『ほうか、それで喜んどるんか』


「でも1番嬉しいんはやっぱりこの禍々しさなんよね。破壊の神の化身みたいで……なんとも言えんね」

『やっぱり不吉じゃのう』


『次回「大元公園」』

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