第5話 鹿狩りの特訓

 宮島の浜辺で鹿に角で突かれたニャン吉。首から上を砂に埋められる辱めを受けた。雪辱を果たすために特訓を開始した。


 安芸国名産の『しゃもじ』で爪を研ぐ。

 鹿の糞を踏まないように素早く道を駆ける。

 確実に勝つために、孫子の兵法を熟読する。


『これだけじゃあ、だめじゃ』

 ニャン吉は太らないように決まった数のキャットフードを食べる。カロリー計算はばっちりである。


『こいつも武器に使えんかのう』

 宮島産のしゃもじと熊野筆。何かと縁のあるレモンなど、使えるものはなんでも使う覚悟とイタズラ心。


 温かい日は、ニャン吉1匹で須弥山を散策する。僅かに残る紅葉を拾って、苦々しく眺める。

『何が鹿に紅葉や』

 鹿への憎悪は紅葉まで向けられた。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというが、袈裟はただの着るものであり憎むのはお門違い。紅葉もまた同様である。


 帰宅するとこたつの上には巴御前が購入したもみじ饅頭。机の上に置かれたもみじ饅頭を咥えて持ち出すと、ニャン吉は屋根の上で青空を見上げながらムシャムシャと貪り食う。


『まずは大きゅうならんとのう』

 復讐のためという邪道中の邪道な動機も手伝ってすくすくと育つクソ猫。彼はやがて邪王猫などと呼ばれるようになる。


 1月18日、この日は平清盛の誕生日。巴御前は張り切ってお供えを作っていた。色とりどりのご馳走と、蘭奢待と書かれた安っぽい香木を用意。壁には真っ赤な旗を掲げて、旗の中央に揚羽蝶の紋所を染め抜いてあった。


 お供えをこたつの上に備えると、満面の笑みでニャン吉の方を見た。

「ニャン吉、今日は平清盛っていう人のお誕生日なんよ」

『誰やそれ』


「平清盛っていうのはねえ、あそこら辺に生えとる厳島神社を建てた人なんよ」

『あれ生えとるんか……植物なんか?』


「安芸守に任じられた時に厳島神社を建立したんよ」

『やっぱり建物じゃろうが』


「それでね、厳島神社にも蘭奢待があるらしいんよ」

『なんやそれ』


「蘭奢待っていうんはねえ、奈良にある正倉院宝庫ってところに御安置されとる天皇家の大事なお宝でね。香木っていって、焚いたらええ匂いがする木なんよ」

『なんじゃ、食えんのんか』


「奈良にも鹿がおってねえ」

『なんじゃ! そこにもおるんか馬鹿の片割れが』


「こりゃあ、さっき買ってきたレプリカの蘭奢待なんよ。早速焚いてみようや」

『ほうか』


 巴御前は、しゃもじそっくりにかたどられた怪しい蘭奢待もどきをのこぎりで切り取り皿の上に置いた。そして火を焚べた。1人と1匹は顔を寄せてその香りを嗅いだが……。

「うわっ、なんねえこれ」

『ゴミじゃ! これほんまのゴミじゃ!』

 それは、あまりにも臭かった。どれくらい臭いのか例えようもない。強いて言うのなら、クサヤと納豆を便器に放置してそのまま腐らせ、トイレの花子が苦情を言い出すレベルまで高めた臭さと同程度の臭いになるだろう。

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