第4話 宮島の動物

 隣の老夫婦を病院送りにしたニャン吉。さすがに少しは後悔する。

『やり過ぎたのう……』

 芽生え始めた良心に苛まれ、微かに悩む。その時間は数秒で、巴御前が放置した鏡もちを貪り食う。


『そうじゃ、ちょっとその辺歩いてみるかのう』

 ニャン吉はしゃもじで爪を研ぐと、外へ飛び出した。


 地面には鹿の糞が散らばっているので、なるべく石塀の上を伝ってあるいた。やがて、海へ出た。朝日にきらめく翡翠色の海。

『これじゃこれ、見たかったんよの』

 砂浜から翡翠色の海を眺める。その昔、平清盛の時にイチャモンが飛んだが、だからなんだというのだ。綺麗な海が広がる。もちろん、緑色の。


 砂浜にも観光客が溢れている。もし、夏場なら貝掘りもよく行われる。赤潮に気を付けながら。


 生後数日のニャン吉は、見るもの全てが新鮮で、1度見ると飽きてしまう。


 数分すると飽きてきたニャン吉が家に戻ろうと海に背を向ける。途中、鹿がこちらへ寄ってきた。ニャン吉は気軽に『おはよう』と声をかけたが、鹿は露骨に舌打ちして不機嫌になる。


『誰に断ってここで海を見よんじゃ』

『はあ?』

 鹿は親から離れて砂遊びをする人間の女の子へ顔を寄せた。嬉しそうに紅葉を見せてくる女の子の顔に鹿はツバを吐きかけた。突然のできごとに女の子は泣きながら親を探してさまよいだした。


 鹿はニャン吉の前に立ち塞がり、横柄な態度を取る。

『ここはワシの島じゃ』

『宮島じゃろう』

『われ、舐めとるんか! ここで海を見たいんじゃったら場所代寄越せえや!』

『後払いで頼むわ』

 涼しい顔して鹿の横を通り抜けようとするニャン吉。怒り心頭した鹿は、頭についた三叉に分かれた両の角でいきなりニャン吉の腹を突いた。とっさのことに対応できずに、ニャン吉は遠くにふっ飛ばされて砂に頭から突き刺さった。


 首から下が砂から垂直に伸びて白い噴水みたいになる。そこから、背骨が反対に折れ曲がり、完全なブリッジを決める。鹿も、ニャン吉を殺してしまったと判断して、砂をニャン吉へかけた。そして、砂浜を闊歩する。


 鹿が去ったことを足音で確認したニャン吉は、半端にかけられた砂を振り払い、首をすっぽ抜いた。

『クソ! あいつぁなんや!』

 いくら強いとはいえまだ子猫。圧倒的体格差に手も足も出なかった。完敗した心に潮風が染みる。目に涙をたたえて鹿へ復讐を誓うニャン吉であった。


 涙は数秒で乾ききって、取り敢えず昼飯のことを思い描いて家路についた。


『次回「鹿狩りの特訓」』

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