第3話 お隣さんへ贈るレクイエム
ニャン吉が中村家に住み着いてから最初のお正月。厳島神社に詣でるために、巴御前は灰色のダウンのフードにニャン吉を入れて共に初詣。
いつものように、巴御前は444円ほど賽銭を投げ入れた。それも、全てが1円玉である。奇異な目でこちらを見てくる巫女さんに会釈すると、「アルバイトの方ですか?」と優しく透き通った声で声をかけた。
それから、須弥山に登り、巴御前は「祇園精舎の鐘の声」と太陽へ向かって歌い出した。さらに、花の義経を2番から歌い出した。その出だしは「おごる平家の赤旗に、立つは源氏の白い旗」である。それから、「藻屑と砕く壇ノ浦」の『壇ノ浦』を一際強く歌った。
平家の氏寺のある島で、高らかと平家の滅亡の歌を歌うあたり、巴御前も中々の変わり者である。
家に帰宅すると、コーンロウの髪を決めた目つきの悪い爺さんが玄関の前に立っていた。爺さんは石塀に肩肘を付いて、巴御前の方を横目でジロリと見てきた。
「どうも、お隣のお爺さん」
「ペッ。どうもね」
爺さんは中村家の玄関前の石畳に痰を吐いた。
「あんたは、いつ出ていくんかの?」
「はい?」
爺さんは再び痰を吐いた。
「いっつもあんたがワシの家に埴輪を置くけぇ困っとんじゃ」
「置いてません」
すると、爺さんを迎えにお婆さんが現れた。お婆さんは金色に輝く割烹着を纏い、これ見よがしに首から黒真珠のネックレスを下品に垂らしていた。
「お爺さん、埴輪なんかおいとらんよ。この小娘にそがーな高いもん用意できんわいね」
「ああ? おお、そうじゃそうじゃ。悪かったの、小娘」
老夫婦は高笑いしながら帰って行った。
「ムカつくね、ニャン吉」
『ホンマじゃのう』
その日は、こたつに入ってのんびりテレビ。みかんを食べるニャン吉。猫は柑橘の匂いが苦手なはずであるが……。
その夜、真っ暗な部屋でキラリと光るニャン吉の目。彼は窓を開けて外へ飛び出した。
昼間にやっていたテレビで、土には大量のばい菌が存在していることを知った。そこで、土を丹念に掘って爪にしっかりとつけた。そして、隣の老夫婦の家に風呂の窓からこっそりと侵入。
せんべい布団で眠る爺さんと婆さんを確認すると、ニャン吉は爪を出した。
『くらえ! 細菌が奏でるレクイエム』
爺さんと婆さんを暗闇で思い切り引っ掻いた。老夫婦の悲鳴が暗闇に響く。老夫婦が電気をつけた時は、ニャン吉の姿はすでに無かった。足跡や足がつくであろう痕跡も全て消し去っていた。
ニャン吉の早業は、犯行時間数秒という速さ。
老夫婦は、しばらくしてパンパンに腫れた脚をさすりながら病院へ向かった。土中に存在するという破傷風菌では無かったが、老夫婦はしばらく入院した。
破傷風菌は、とてつもなく強力な菌。決して侮るべからず。傷付いた手などで土を触るべからず。傷口が腫れた時は、すぐに病院へ行きましょう。
これが、地獄へ落ちるための初めの一歩となった。
『次回「宮島の動物」』
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