第2話 名付けて中村ニャン吉

 白猫を拾った巴御前は、大柄で筋肉質。色白で小顔の女性で、どことなく木曽義仲の妻の巴御前を彷彿とさせる。巴御前は白猫を抱き上げると、嫌がる猫を喜んでいると勘違いして連れ帰ることにした。その力の強いこと、白猫は抵抗するのを諦めた。


 パーカーのフードに入れて宮島線の電車に乗る。窓からは様々な景色が見られた。宮島口駅に着くと、そこからフェリーに乗り込む。フードから顔を覗かせた白猫は、初めての海に感動と衝撃を一瞬だけ受けた。緑色の海は、瀬戸内海の特色である。


 その昔、大河ドラマで平清盛があった。広島の海が出た時に「海が緑色になっている。海は青いということも知らんのか」などと言った方がいた。だが、『翡翠色の海で有名な瀬戸の海なんじゃ』と広島県に諭されたのも昔の話。


 それだけ、瀬戸の海は深い緑色をしているのである。季節や条件によって濃さは変わるが。


 白猫は、海に浮かぶ真っ赤な社殿を目の当たりにする。誰もが翡翠色の海に浮かぶ朱い社殿の美しさに息を呑む。緑色の海に朱い社殿が映って何とも美しい。ここへ来た人は瀬戸内海の緑色と朱い社殿とのコントラストを目に焼き付けることになる。


 緑色の海を越えてフェリーが船着き場に着いた。浜辺に緑の内海から緑色の海が緑色のさざなみを立てる。美しい翡翠色したその海は非常に美しい。広島名産の牡蠣も、この穏やかな緑色の海で取れるのである。


 桟橋に着いた。地面には無数の鹿の糞。周囲には、鹿がウロウロしている。船着き場から出てすぐの所に鹿の糞アイスクリームが売っている。鹿の糞とはいっても、チョコチップであり怪しい食べ物ではない。宮島を訪れる時は是非ご賞味あれ。


 巴御前は白猫を我が家へ連れて帰る。巴御前の住宅は一般的な住居で、石塀に囲まれ、黒い屋根の2階建ての住まいである。


 白猫は、巴御前に風呂で全身を洗ってもらった。白猫はなぜ大人しくついて行ったか。それは、自分の主人になりそうな雰囲気だったからだ。餌の確保と寝床の確保のため合理的判断をしたのである。


 巴御前は白猫をバスタオルで吹いてやる。怪力で頭を拭くため白猫の顔は上に引っ張られて間抜な顔になる。自分をタオルで拭く怪力女の方を横目で見る。

「名前をつけてあげんとね」と巴御前が笑顔で白猫の頭を撫でる。

『よけいなお世話じゃ』と白猫は言ったが、人にはその言葉を理解することはできない。ミャーと鳴いたようにした聞こえない。


 白塗粉しろぬりこ白紅葉しろもみじ白白椎しらじらしいなど独特な名前が候補に上がる。白猫は、明らかに嫌がっていた。

「ほうじゃ、ニャン吉でどうよ」

『もっと他の名前にせえや!』

「嬉しいねえ、ニャン吉」

『適当過ぎるじゃろうが』

 結局、白猫の名前はニャン吉となった。巴御前に頬ずりされるニャン吉は、シャーシャーと息を吐いていた。

 中村ニャン吉と御主人の中村巴の日常がここから始まる。


『次回「お隣さんへ贈るレクイエム」』

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