ステラの回想 2


「ま、まいった」



 道場に通い始めて一年が過ぎた頃、私は師範から一太刀も受けずに圧倒的に勝利するほどの実力をつけていた。

 

 そら見たことか、私なんかに負けているのに人に才能がないなんて言うんじゃない。と言ってやりたかったが口には出さず「ありがとうございました」とだけ言い残して道場はその日で辞めた。


 

 早速ディアント君にこのことを報告しようと村の子たちに彼のことを聞くと、なんでも今は魔術師のところで魔術を学んでいるらしい。


 そう言えば、ディアントの事について聞いた時、周りの女の子達が「ステラちゃんってやっぱりディアントくんのこと...」とか言いながら騒いでいたが、結局あれはなんだったんだろう?


 早速彼の様子を覗きに行くと、すっかり立ち直っているらしいディアントが懸命に魔術の修行に取り組んでいる姿がそこにはあった。教えているのが若い女性という点に少し胸のあたりがもやっとしたが...。


 修行が終わって魔術師の家からディアントは今日の事を復習しているのか、何やらぶつぶつと独り言を呟きながら家路についていた。


 声をかけようと彼の背に手を伸ばしたところで、ふと手が止まる。


(なんて話しかけよう。やっぱり剣術道場のことかな、でもその話は思い出したくないかもだし、でもでもディアント君のお話も聞きたいし、えっと、えーっと...)


「あ...あれ?」


 何を話そうか考えているうちに彼の姿はなくなっていた。



 それから、魔術師の家から帰る彼に何度も話しかけようとは思ったが、本人を前にすると中々声をかけられないで一人でもじもじするだけの日が続いた。まるで、この村に引っ越してきたばかりの自分に戻ったみたいだった。


 そんな悶々とした日々を過ごしていると、ある日を境に彼は魔術師の元に来なくなってしまった。


 またも村の友達に聞いてみると、噂ではあの魔術師もディアントに才能がないから辞めたほうがいいと言ったらしいではないか。


 私はすぐさま魔術師の元に向かい自分にも魔術を教えてくれと頼み込んだ。

 

 魔術師のお姉さんは最初こそ教えることを嫌がっていたものの、持っていた木刀を地面に振り下ろしてもう一度お願いすると快く了承してくれた。





「もう勘弁して下さいぃ〜。私の負けですから〜」


 魔術師の元に通い始めて二年ほど、実践形式の修行で彼女を完膚なきまでに叩きのめすほどになった私は、それ以降彼女の元に通うのをやめた。



 今度こそディアント君に話しかけるべく村の子たちに彼の場所を聞き出すと、今は神聖魔術を学ぶために教会に通っているらしかった。


 そう言えば、この時も周りの子たちが「何が君をそこまで動かすんだ」とか「道場の次は魔術師を潰したのか...」とか言っていたが、そんな騒音は無視して早速彼のいる教会に向かった。



 教会に着いて中を覗くと、女神の像に祈りを捧げているディアント君をすぐに見つけた。


(神様ならディアント君に才能がないなんて言わないよね。何にでも真面目に取り組むディアント君ならきっと立派な神官になれるよ)


 そう確信したが、未だ彼に話しかけられないで教会の周りをウロウロしているだけのまましばらく経ったある日、彼は教会に来なくなってしまった。



 嫌な予感がしながらも村の子たちを問いただしてみると、神父がディアントに神を冒涜しているのかとかなんとか言ったらしい。あんなに真面目に祈りを捧げて一生懸命神聖魔術の練習もしていたのによりによって神父がそんなことを言うのか....。



 その日以来、私は神などこの世には存在しないのだと決めた。


 すぐさま教会に向かい神聖魔術を覚えたいと言うと、優しい笑顔で私を迎え入れたペテン師の神父の元に通う日々を送った。




「素晴らしい!君は神に選ばれた子だ!もう私なんかが教えることはないよ!」


 教会に通うこと一年、ほとんど全ての神聖魔術を習得した私に何故か嬉しそうに話しかけてくる神父に、


「いえ、神は死にました。この世にそんなものいません」


 とだけ言い残して教会に通うのをやめた。神父は私の言葉に言葉を失ったまま固まっていたが、ディアント君の受けた屈辱に比べれば大したことはないだろう。私が神父に対していった「神は死にました」と言う言葉はすぐさま村中に噂として広まり、何がどうなったか私は子供達の間で『神を殺した女』として畏怖の対象となった。



 そんな『神殺し』事件以来、村の子たちにディアント君の現在を聞けばすぐに教えてくれるようになり、「頑張ってね」「応援してるよ」とだけ言ってくれるようになった。何故か顔が引き攣っているように見えたが。



 ディアントを追いかけて話しかけられずにいるまま彼がそこに現れなくなり、村の子たちを問いただして何があったかを聞き、彼に失礼なことを言った人を見返していく日々が続き、私も11歳になったある年、彼は冒険者になるため村を出て行ってしまったと聞いた。


 何度才能がないと言われ続けても諦めなかったディアント君ならきっと立派な、それこそ彼が目指していた冒険譚や英雄譚に出てくるような人になるだろうと確信していた私はふと気付く。


(でも、ディアント君がそんなすごい人になっちゃったら、ますます私なんかが話しかけられなくなっちゃうんじゃ...)


 まだお礼も言えていない。このままもう会えないなんて絶対嫌だ。


 そう考えた私は、彼とまた対等に話せるような人間になるべく、冒険者を目指すことにした。


 彼と同じ16歳になる年、村を出て冒険者になった私はそれまでに身につけた技術を駆使し、普通10年以上かかるという上級冒険者に2年で到達し、<黒の戦乙女>なんて二つ名まで付けられるほどになった。



 しかし、上級冒険者の中をどれだけ探してもディアント君の姿は見当たらなかった。


 (もしや、依頼をこなしている途中で不慮の事故にでもあったんじゃ...)


 考えれば考えるほど嫌なイメージが浮かんできて頭の中を占領する。彼がもし生きているのならどこにいるのか探すべく、持てる情報網を全て使って彼を探した。するとある日、中級冒険者が数多く在籍している冒険者ギルド『キャンテラ支部』で彼が職員として働いている情報が入ってきた。


 彼が生きていたことに安堵しつつ、何故ギルド職員なんかとして働いているのかという謎が残る。もしまた誰かに何かされたのだとしたら許さない。


 情報を聞いたその日に冒険者を引退して『キャンテラ支部』の職員として働かせて欲しいとお願いして今に至る。





「なんで冒険者をやめたのかは分かりませんでしたが、今日は話せただけでも一歩前進...ですよね」


 久しぶりに見たディアントの顔を思い出しながら、ステラ・ジェットはベッドに潜り目を瞑った。


 

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