『切り札』
「ディアントさん。さっきいただいた書類終わりました」
「ありがとう。じゃあそこに置いといてくれるか?」
「クララさん。お茶を淹れたのでよかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます。じゃあいただきますね」
「ディアントさん。他にお手伝いできることありますか?」
「えっと...じゃあこの書類をハイルドの所に持ってってくれるか?」
「はい。分かりました」
にこやかに書類を受け取ったステラが部屋から出ていくのを確認して一息つくと、横からクララがひそひそと話しかけてきた。
「ちょっとディアントさん!あの子優秀すぎませんか?」
「うん。手が掛からなさすぎて、おじさんちょっと悲しいかも...」
「そんなことはどうでもいいんですよ!このままじゃ、このギルドの看板受付嬢の座まで取られるんじゃないかって、あたしは心配してるんです」
「そっちの方がどうでもいいだろ...」
「あ、ひどい!こっちは本気で悩んでるのに!ディアントさんの薄情者!」
大袈裟に騒ぐクララは一旦置いといて、現状を見つめ直してみる。
ディアントが所属する総務部の仕事をステラに教え始めてから、もう一週間が経つが、想像以上のステラの仕事ぶりに彼は頭を抱えていた。
(もう...教えることが無い......)
ハイルドからは研修期間として一ヶ月様子を見てくれと言われたが、すでにステラは総務部の仕事に関して、ディアントやクララとなんら遜色なく働けるほどである。
「お二人ともどうかしましたか?」
身を寄せるように話していた俺とクララは、不意に後ろからかけられた声に肩をビクリと震わせた。振り返ると、そこには笑顔で佇むステラがこちらを見つめていた。
気配遮断のスキルでも使ったのかというほど話しかけるまで彼女の存在に気付けなかった。
「いや、なんでもないよ。ステラが優秀すぎて教えること無くなっちゃったなって話してただけだから」
「そうでしたか。てっきり私が何かご迷惑でもおかけしてしまったかと...」
「いやいやまさか、迷惑どころかむしろ感謝しか…」
「ステラさんはあたしから看板受付嬢を奪ったりしませんよね!?」
ディアントが話すのを遮るように、クララが大きな声で前のめりに話し始めた。
「え?看板受付嬢...ですか?」
「そうです!このギルドで長年あたしが守り続けてきた...もごっ!?」
長年も何も、お前がここに就職してからまだ数年しか経ってないだろと思いつつ、ステラが若干引くほど息巻いて彼女に迫るクララの口を押さえて椅子に座らせる。
「お二人とも、仲がいいんですね」
そんな俺達を見ながら微笑ましそうに呟いたステラだったが、何故か背中に悪寒が走った。
「いや、普通だよ普通。そんなことよりステラの優秀さには驚いたよ。確かに今は比較的忙しくない時期だけど、この調子だともう他の部署の仕事も教えていいかもな」
「他の部署...ですか?ここって総務部ですよね?」
何故か怖くなって咄嗟に出した言葉にステラは食いついてくれた。
「そこから先はあたしが教えて上げますよ!」
俺の拘束から抜け出したクララが声を上げる。看板受付嬢だなんだと言ってはいるが、クララはクララで初めて後輩ができたことを喜んでいたので、先輩風でも吹かせたいのだろう。
そんな意図を汲んで、多分威厳のある先輩のつもりだと思われる、むふーと鼻を鳴らしながら胸を張るクララを押さえつけるのをやめる。
「いいですかステラさん。あたし達総務部は、またの名を『切り札』と言います!」
「『切り札』、ですか?」
「そうです。このキャンテラ支部は万年人手不足に悩まされる冒険者ギルドなんです。そこで発案されたのが、全ての部署とある程度関わりを持ち、比較的暇と思われているあたし達総務部が他部署の忙しい時にお手伝いをしに行くシステム『切り札』です!」
「えぇと、つまりそれって...ざつよ...」
「ステラ!」
「は、はい!」
危うく総務部内での禁句を口走りそうになったステラを止めて、そっと彼女の肩に手を置く。
「え、えぇ!?あ、あの...!」
何やら取り乱している様子のステラは無視して、彼女を真っ直ぐに見つめて、もう一度今言ったことを伝える。
「俺達は...『切り札』だ。決して雑用係なんかじゃないし、そんな名前で呼ぶんじゃない」
「え、あぅ、......はい」
「分かってくれたなら、それでいい」
何故かくらくらしながら力なく返事するステラにディアントはにっこりと笑いかけ天を仰ぐ。
そう、俺達はこのギルドの『切り札』なんだ。決して雑用係なんてぞんざいな言い方で呼ばれるべきじゃないし、初めはそう命名しようとしたハイルドに、俺とクララで猛抗議したことなんてない。
「おーい。雑用係どもー」
「「誰が雑用係だ!ぶっ殺すぞ!!」」
失礼な呼び方と共に総務部の部屋に入ってきた男に対し、反射的に声を荒げたディアントとクララに、男とステラがビクッと肩を震わせた。
「ロンドール君ー?何度言えば分かるのかなー?」
「ほんとですよねぇ?こっちは別にやらなくてもいいんですよ?」
「す、すまんすまん。ちょっと『切り札』の方々にお願いがあるんですけど...」
殺気を放つディアントとクララを宥めるように両手を前に出して敵意が無いことを示すロンドールと呼ばれた男は、真っ白なコック帽にコックコートを着ている、いかにも料理人な姿である。
「まぁ、ちょうど話してたとこだし、行くとするか」
「ですね。行きましょうか」
「あの、お二人とも行くって、どこに行くんですか?」
ステラは、特に何も言わず準備を始めたディアントとクララに困惑した様子で尋ねると、
「どこって、もちろんギルドに併設されてる酒場だよ」
どこから出してきたのか、コック帽とコックコートに着替えたディアントと、かっちりしたギルド職員の服から動きやすそうな酒場のウェイトレス姿になったクララが返事をする。
「はい。これはステラさんの分ですよ」
クララがそう言ってステラに渡したのは、彼女と同じウェイトレスの制服だった。
「え、えぇーー!?」
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