ステラの回想
(つい、嘘をついてしまいました)
仕事を終えキャンテラの街に借りた部屋に戻ってきたステラは、部屋に備え付けてあった椅子に座って窓の外を眺めながら、
「私ってば肝心なところは昔からダメなままですね」
そう呟きながら机に置いてある小さなぬいぐるみを指で小突くと、ぬいぐるみがゆっくりと倒れるのを見て、ふと昔のことを思い出す。
◇◇
まだ幼いステラは母親の故郷である村に引っ越してきたのだが、臆病で恥ずかしがり屋なせいか村に友達ができず、お気に入りのぬいぐるみと一緒に一人でいることが多かった。
そんなある日、家にいるのも退屈なのでいつものようにぬいぐるみを抱えて村を散歩していると剣術道場らしい場所から少年の大きな声が響いてきたので、何事だろうと思い道場の入り口の物陰に隠れるようにして中を覗き込んでみると、
「まだまだー!ぜってー勝つ!」
「甘い!」
「いだぁっ!?」
よく通る声で叫んでいる少年が、師範らしき怖い顔をした男に剣を構えて突っ込んで行っては吹っ飛ばされるという一連の動きを何度も繰り返していた。
(うわー、痛そう。なんであんなことしてるんだろう?)
ステラは、その光景を怖がりつつも身体中に傷を作りながらも何度も立ち上がり、自分より一回りも二回りも大きい大人に立ち向かっていく少年から目が離せなかった。
(私なら怖くてあんなことできないな。でも、もし私もあんな風になれたら何か変わるのかな...)
稽古が終わるまで、少年は一度も師範に剣を当てることが出来ずに気が付くと辺りはすっかり夕暮れに包まれていた。
「今日はここまで。また明日だ」
「明日は絶対勝つから覚悟しとけよ!」
師範が終わりを告げると、捨て台詞を吐きながら少年はステラのいる入り口に向かってきた。
(わ、こっち来た!ど、どうしよう!)
「ん?なんだお前?」
ステラがあたふたしていると、少年が入り口から出てきて声をかけてきた。
「え、えっと...あの...私...」
「道場に入りたいのか?だったら師範呼んでやろうか?」
「ち、違います!そうじゃなくて!」
振り返って師範を呼ぼうと肺に息を吸い込み始めた少年を止めようと精一杯の大声で否定する。
「なんだ違うのか。てかよく見たらお前見ない顔だな。...あ、最近引っ越してきたとこの子か?」
「......はい」
そんなに大きな村ではないので誰かが引っ越してきた事ぐらいは知っているらしい少年は、何やら納得がいったように頷いた。
「もうすぐ日が暮れるのに何してんだ?迷ったのか?」
「あ、えっと......はい」
ずっと道場を覗いていたなんて言えるはずもなく、つい頷いてしまった。
「だったら家まで送ってくよ。ほら」
それ言って少年は私に手を差し伸べてくれたので、その手を掴んで彼の横を小さい歩幅でトコトコとついて行く。
「そういえばお前、名前なんて言うんだ?」
「私...ステラっていいます...」
「ステラか、かっこいい名前だな。俺はディアント。よろしくな」
帰り道の途中、優しく笑いかけてくれながらあれやこれやと話しかけてくれるディアントに、引っ越してから初めてまともに村の人と話した私は、恥ずかしがりながらぼそぼそと返事をして会話をしていると、あっという間に家の前着いてしまった。
「じゃあなステラ。もう迷うなよ」
ステラを家まで送り届けると、すぐに踵を返して今来た道を戻っていくディアントは手を振りながら走り去って行き、すぐに見えなくなってしまった。
次の日から、私は毎日道場を見にいくようになった。中に入る勇気はなかったので相変わらず物陰から覗くだけだったが...。
「あ、ディアント君。お疲れ様」
「お、ステラまた来たのか。じゃあ帰るか」
練習が終わって道場から出てくるディアント君は、私がいることについて特に何も聞かずにいつも私を家まで送ってくれた。
とある日の帰り道、私は彼に前から思っていたことを聞いてみた。
「ディアント君」
「なんだ?」
「なんでディアント君はいつもボロボロになるまで剣術の修行頑張ってるの?痛くないの?」
私の質問に、彼はふっと笑って返してくれた。
「痛いに決まってんだろ?でも、俺はなりたいものがあるから頑張ってんだよ」
「何になるの?」
「そりゃもちろん冒険者だよ!」
自分はいつか冒険譚や英雄譚に出てくるような冒険がしたい。そんな人になりたいから頑張ってるんだと彼は教えてくれた。その話を聞いて、そのために道場の誰よりも努力している彼はきっとそうなるのだろうと私は思った。
「ディアント君なら絶対なれるよ!」
「あっはっは。あったりまえだ!俺が有名にすげー冒険者になったらステラの欲しい物なんでも買ってやる!」
「ほんと!?じゃあ、新しいぬいぐるみ買ってね!」
「ああ、任せとけ。約束だ」
小さな子供の他愛ない約束を交わした後、彼は自分が読んだ冒険譚を話してくれた。
彼と話しているうちに、自分も恥ずかしがらずに話せるようになっていることに気付き、いつの間にか彼以外の道場に通う子たちとも、村の同世代の子たちにも友達ができていた。
そんな日々が続くと思っていたある日、ディアント君は突然道場に来なくなった。
道場の子たちに詳しく聞いてみると、なんでも師範がディアント君に才能がないから剣は諦めろと言ったらしく、それ以来顔を見せなくなってしまったらしい。
あんなに毎日、誰よりも真面目に努力していた彼になんて酷いことを言うんだと思った。恥ずかしがり屋でダメな私を友達ができるようにまで変えてくれた優しい彼に......。
私は決心した。私が道場の師範を倒せるようになれば、私よりすごいはずの彼に才能が無いなんて言えないはずだと。
それから、私は道場に通うようになった。今度は物陰から覗くのではなく、一生徒として。
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