第34話これからの人生と続く未来
リピの手の甲にあった奴隷紋は、綺麗さっぱりと消えていた。これに一番不思議そうな顔をしているのはリピで、さっぱりとした自分の手の甲をしげしげと見つめている。
「奴隷紋は、奴隷たちの魔力と結びついています。だからこそ、淡く光っているんです。そのため、奴隷紋を消し去るには体内の魔力を全て出し切る必要がありました。普通は……あのように大量の魔力が貯蔵されていることはないので、安全で無害な方法なのですが」
受付嬢は、心底疲れていた。
あっという間に終わると思っていた仕事だったのに、思わぬ手間がかかったからであろう。
「リピさんがエルフの末裔で魔力量が多いと分かっているならば、前もって教えてください。危なかったでしょう」
受付嬢は恨みがましく俺たちを見たが、そもそも魔力云々の説明をしなかったことが発端だ。どうして、俺たちが怒られるのか。理由は分からなかったが、ここで喧嘩をしても始まらない。それどころか面倒なだけなので、俺は何も言わなかった。
「あの……色々とすみませんした」
何も悪くないリピが、俺や受付嬢に頭を下げている。
リピには、本当に悪いことをしてしまった。
他に思いつかなかったとはいえ、トラウマを掘り返すような事を言ったのだ。今は平気そうに振舞っているが、手が少し震えている。
本当に酷いことをしてしまった。
「ところで、リピさんの苗字はどうしますか?」
受付嬢の言葉に、俺たちは目を瞬かせた。
「奴隷は苗字がありませんが、平民には苗字が必要なんですよ。ほとんどの人が元主人に感謝するという意味合いを込めて、同じ苗字を選択したりしますけど」
どうしますか、と受付嬢は再度訪ねてきた。
苗字の事などすっかり失念した俺たちは、今更ながらにどうするべきかと思い悩んだ。これは一生ものどころか事によっては祖先にも伝わる問題だ。慎重に考える必要がある。
「ごしゅじ……ユーザリさんと一緒の苗字にしたら、家族ということになるんですか?」
リピは、受付嬢に尋ねた。
ユーザリをご主人様とは呼ばずに「さん」付けで呼ぶのは、俺たちとリピの約束である。同じように、俺の呼び方も「様」ではなく「さん」になる予定だ。俺たちの身分に上下がなくなったのならば、様を付けられる所以もなくなる。
雇い主のユーザリはともかく、俺は呼び捨てで良かったがリピが「恐れ多いです」と言って恐縮したので妥協案が採用されたのだ。
「家族とかにはなりませんよ。あくまで同じ苗字の人が出来るだけです。もし、片親が同じならば要相談ということになるのですが」
リピは、首を横に振った。
ユーザリとリピは、そのような面倒くさい関係ではない。
「なら、僕はユーザリさんと同じ『フォレスト』の姓を名乗らせていただきます。働く場所も霧の華ですし」
元主のユーザリだけではなく、今後とも世話になる店にもあやかった苗字ということでリピは自分の苗字を選んだ。妥当なところであろう。他の苗字も考え付かないし。
ちょっとばかり、俺の苗字である『デル』を選んで欲しかったような気もする。そこは、いたしかたないであろう。
なにより、リピの選択である。
俺とユーザリは、口を出せない。
「それでは、こちらをどうぞ」
受付嬢が渡してきたのは、一枚の紙だった。真ん中にはリピの本名となった『リピ・フォレスト』という文字が書かれている。
「こちらは、戸籍の写しになります。いわば、記念品ですね。親も兄弟も登録されていないので本人以外の名前は記載されていませんが、これから家族が増えることを願ってお渡しをしています」
リピは、目を細めて自分の名前をなぞる。
それは幼げ仕草であり、神話のような神々しさもあった。新たな人生が始まった瞬間を目の当たりにしているからであろうか。
「僕は、本当に奴隷ではなくなったんだ……」
とても小さなリピの声が聞こえてきた。
リピは、自分の名前しか書いていない戸籍の写しを大切そうに持つ。それは宝物のように扱うというよりは、訳の分からない物体を粗雑には扱えないというふうにも見えた。リピは自由を実感できずに、戸惑っているのだ。
「すぐに慣れる」
ユーザリは、リピの心情に気がついたらしい。さりげなく声をかけて、リピの不安を取り去ろうとする。その言葉に、ほっとするような表情をリピは見せた
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