第31話美味しい食事


 


 警察帰ってきた奴隷たちとその主は、ユーザリの家でリピが作った夕飯を食べた。


 ただし、ユーザリの家のスペースは有限だ。


 とどのつまり、全員が食卓に着くことは出来なかった。ユーザリとしては奴隷たちと共に食事をしたかったのかもしれないが、最終的に食卓に着いたのは俺とユーザリと奴隷の主だけだ。


 ユーザリの家というか生活スペースは広くない。店の在庫などに圧迫されているのもあるが、設計段階で最低限の広さしか確保されてないのだ。この店兼住宅はユーザリの父が移転させたものなのだが、先代からして商売好きなのが伺える設計だ。


 主人と同じ食事を自分たちも食べるのだと知った瞬間に、田舎の奴隷たちは一様に驚いた顔をしていた。普段の奴隷たちは何を食べているのか気になって主に聞いてみたら、スープとパンという答えが返ってくる。


 田舎では珍しいことではない。虐待されていたり、残飯を食べさせられないだけ良い扱いだとも言える。


「俺に言わせれば、都会の奴らは奴隷を甘やかしすぎなんだよ。そりゃあ、お前のところの奴隷みたいに特殊技能があれば別だけどな」


 奴隷の主は、そのように語った。


 俺とユーザリは、何を言って良いのか分からずに口を噤む。その場にリピが同席して、俺たちのために食事を準備してくれている最中だったからだ。リピが奴隷だからいないものとして思っているのだろう。


 さすがの俺だって、田舎の奴隷たちと同族意識を持っているリピを前にしては言葉を選びたい。


「いきなりお客さんを連れて来て悪かったな。材料とか大変だったろ」


 機転をきたせたユーザリは、とっさに話題を変えた。リピは微笑むばかりだが、それなりに苦労したであろう。


 なにせ、今日の夕飯は人数と予算の都合上で豪華とは言い難い。客人を迎えるならば多少なりとも豪華な食事を用意されるものだが、今回は節約料理のような見た目だ。


 メインはトマトソースのパスタだが、ひき肉は一人当たりの量が少なめ。スープのベーコンが少なめ。サラダも野菜少なめ目。パスタがあるのに、さらにパンまで食卓に並んでいた。


 在り合わせの食料で、大人数の胃袋を満たすことを考えたメニューである。つまり、足りなかったらパンを食べてくださいというリピの無言の伝言だ。


 文句は言うまい。


 急に人数が増えて大変だったのは、夕飯を作ったリピである。


 それに、いつもの通りに味は良かった。リピの料理は素朴で、家庭の味とも言い換えられる。最初の主であるモーゼルの娘に教わったと言っていたから、その人の味を引き継いでいるのだろう。


 すでにリピは奴隷たちと共に別室に移っていたが、食事を共にしていたら今日も彼を褒めたかった。人の胃袋を満たそうとする気遣いも、目の前で感謝したい。この考えは、奴隷の主に言わせれば受け入れがたいものなのだろう。


 奴隷の主は良く食べて良く喋り、三時間も滞在していた。普通だったら、ワインでも振舞って客を歓迎するところなのだろうがユーザリの家に調理用以外の酒類はない。酔っぱらった勢いでリピを買ってきた男の家なので、理由は察するもがなだ。


 食事と歓談の時間の間、奴隷たちとリピはずっと別室にいた。食事の時間含めてとはいえ、三時間も一部屋に籠っているのは苦痛だろうと俺はリピに同情する。俺だったら見知らぬ人間と三時間も一緒というのは気まずい。


 しかし、俺の予想に反して別室からはたまに笑い声が漏れ響いていた。


 案外、あっちはあっちで楽しくやっているらしい。田舎の奴隷たちからリピを守ろうとしていた自分が、段々と滑稽に思えてきていた。


「婚約破棄だなんて、お前も苦労したんだな……」


 話題は、いつの間にかユーザリの近況に代わっていた。奴隷の主はファナの事を知っていたので、彼女が店を辞めた理由を話さなければならなかったのだ。


「まぁ、しばらくは気楽な独身生活を楽しめ。結婚より一人の方が色々と楽だぞ。お前は優秀な奴隷もいるんだから、一人暮らしも苦じゃないだろ」


 奴隷の主が、そんなことを言ったからなのだろうか。噂をすれば何とやらで、俺たちの所にリピがやってきた。


「ご主人様、お水を頂戴しますね。皆さん、とても良い人たちですっかり話が弾んでしまって」


 上機嫌のリピだったが、そんな彼をユーザリは呼び止める。


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