第29話見方が変わってしまった
誰かが呼んできた警官がやってきて、テオルデは捕まった。いや、捕まったというよりは保護されたと表現された方が正しい。
筋肉主従コンビは見た目通りの腕っぷしの強さだったので、テオルデは肌が見えるところは痣だらけになっていた。骨までは折れていないらしく、歩くことは出来ている。
一応は、加減をしていたということなのだろか。
ちなみに、筋肉主従はそろって警官に厳重注意を受けた。テオルデが窃盗をしていたからこそ注意ですんだのだろう。もしもではあるが、テオルデが無実だったら逮捕されていたのは筋肉主従の方である。
逮捕されたテオルデは、とても情けない姿だ。二人の警官に脇を抱えられて、引きずられるように連れていかれる。
家は没落し、自身は犯罪者として捕まる。絵に描いたような転落人生だ。いっそのこと素人作家が書いた小説の方が面白い。
「私は悪くない。全てはユーザリの陰謀だ!あの悪徳商人が俺を落としいれるための罠なんだ!!」
この後に及んで、まだユーザリに罪をなすりつけようとしている。魔石を盗んだことに関しても悪いとは思っていないようだ。
テオルデの衣服はそれなりのもので、金銭目的で盗みを働くほどは困窮していないように見えた。浮浪者のような恰好はしていないし、食事を抜いているような痩せ方もしていない。
だが、依然見かけたときよりは服の質はあきらかに落ちている。以前は貴族を模倣した高そうな服であったのに、今は庶民的な服装だ。
生活費まで切り詰めているということは、予想以上に金銭的に困っているということだろう。今までの商売の規模を考えれば、魔石一つ分など焼石に水のはずだ。ということは、魔石の窃盗は嫌がらせえと考えるのが自然だ。
ユーザリの店の業績が大量の魔石を買えるほどに好調なので、怨み辛みで犯行に及んだというところだろうか。だとしたら、魔石の撒き散らしのも嫌がらせの一部だったのかもしれない。
「おい、ユーザリ!」
警察の説教を終えた奴隷の主は、ユーザリを見つけた。ユーザリの体は震えていたが、顔だけは笑顔だ。泥棒を捕まえた恩人の方が恐ろしく感じるなんて、なかなかない体験であろう。相手は恩人なので、恐れを悟られないようにするために得意の笑顔を浮かべている訳だが。
「盗人野郎を捕まえたんだが、何故か警官に説教されてな。あんなのは、子供を叱るようなものだろう」
奴隷の主は文句を言うが、彼の子供が心配になってくる。
俺は遠い目をしていた。奴隷の主に子供がいるかどうかはしらないが、無事に成人まで生き延びられているのだろうか。
「その……泥棒を捕まえてくれて、ありがとうございます」
ユーザリは、恐怖のあまり敬語になっている。そんな微妙な変化に気が付かない奴隷の主は、豪快に笑っていた。
「うちの奴隷が犯人を追いかけているのを見たから、一緒になって追いかけただけだって。俺のところの奴隷も捨てたもんじゃないだろ」
主は得意げに、自分の奴隷を自慢した。
彼は自分のところの奴隷は何世代にも渡って血統を管理して、ゴブリンの特徴を出来るだけ残しているのだと語る。都会の奴隷とは力強いだろうと自慢されて、俺は苦笑いをしていた。
その奴隷を犯人扱いしてしまったので、非常に罰が悪い。
「……今日は、家で夜飯を食べていかないか?今日の礼だと思って。うちのリピの料理は美味いから」
ユーザリの提案に、奴隷の主は喜んだ。
あまりの喜びように、俺は面食らってしまう。
「長い付き合いになるが、食事に誘われたのは初めてだな。どういう心境の変化だ?」
奴隷の主が喜んだのは、長い付き合いとの客に食事を誘われたからのようだ。
気持ちは分からなくもない。
常連と特別な関係を築けたと思えば、商人としては少し舞い上がってしまう。田舎の出身の商人というのは、その傾向が強いと聞いている。良くも悪くも普段から人付き合いが濃いから、客の身内になれたという喜びが強いのだろう。ユーザリに食事の誘いを受けた奴隷の主の喜びは、一入のはずだ。
「……テオルデの言葉に、ちょっと感じるものがあったんだよ」
人を食事に誘ったというのに、ユーザリの表情は優れない。深く考え込んでいるような真剣な顔をしている。
ユーザリの言葉の意味が分からなくて、俺と奴隷の主は顔を見合わせた。テオルデはユーザリへの恨み言を叫んでいたが、それに思うような事があったとは思えない。あれらは、テオルデの妄言である。
「テオルデが、貴族から見たら平民も貴族も変わりがないって……。その言葉が妙にしっくりきたというか。視点が変わったと言うか……」
自分の持ちを言葉に表せないユーザリは、もどかしそうであった。難しいことを考えている顔で唸って、口を開こうとして止める。それを何度も繰り返して、結局は何かをあきらめた。
「まぁ、その……お前のところの奴隷に悪い態度をとっていたし」
つまりは、奴隷に対して罪滅ぼしがしたいということだ。贖罪の方法が食事に誘うというのは古風だが、奴隷相手ということを除けば妥当であるのだろう。相手に喧嘩を売ったというわけでもなく、素っ気ない態度を取っていたというだけの話であるし。
一方で、奴隷の主は啞然とする。
そんなことを理由にして食事を誘うなんて信じられない、という顔をしている。
俺は、奴隷の主とユーザリの両方の気持ちが分かった。
田舎では、奴隷への差別意識が根深い。そこで育った奴隷の主は、テオルデの気持ちなど分からないだろう。奴隷の主にとって、自分たちと奴隷の間には深い溝があるのだ。それこそ埋められないほどの深い溝だ。別の生き物だとすら考えているのかもしれない。
都会育ちのユーザリは、田舎ほど奴隷に対して差別意識は強くない。
ゴブリンの血を引く奴隷に対して過剰な警戒心を持っていたのは、リピを守らなければならないという想いの暴走もあっただろう。そして、人間とは違いすぎる外見から何をやるか分からないと思ってしまっていたからだ。
これに関しては、俺も同じであろう。
だが、実際には奴隷はテオルデを捕まえてくれた。見た目に反して善良な奴隷の行いに罪悪感を抱いたし、テオルデの言葉が新たな価値観を与えたのだろう。
ユーザリの考えが少しだけ変わったのはそのせいだ。
「都会のヤツは変なことを考えるな。まぁ、何を思うかなんては人の自由だ」
なぁ、と奴隷の主は俺に同意を求める。
俺は笑うことで、その場を濁した。
どちらの気持ちも分かるが、俺は自分の意見が分からなくなっていた。ここは自分の意見を発表する場所ではないので、別に深く考える必要はないのかもしれない。
しかし、奴隷には酷いことを言ってしまったとは思う。そして、そのせいで魔石の窃盗を疑ったことを悪いとも思った。このように考えるあたり、俺も奴隷のことを動物扱いはしていないのだろう。しかし、テオルデのように視点を変えて考えるようなことは出来ない。
奴隷と平民の俺たちの間には、一本の線がある。
法律や価値観あるいは育ち方。そういうもので隔たれた壁は、テオルデの言葉よりも高いように俺は思うのだ。そんなことをぼんやりと考えていたら、ユーザリに声をかけられた。
「俺は、テオルデの件で警察に行かないと行けないらしい。色々と話を聞きたいと聞かれた。悪いけど、先に帰ってリピに夕食の人数が増えるって言っておいてくれ。あと、魔石の判別は明日にまわすから」
気がつけば、ユーザリの隣には警官がいた。
考えてみれば、ユーザリの魔石が盗まれたのだから事情聴取には付き合わないといけない。そして、それは筋肉主従も同じだった。説教まで受けたのにまだ付き合わされるのか、と奴隷の主は不満げだ。
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