第28話平民と奴隷。それを見ていた貴族



「やっ、止めてくれ!」


 奴隷を探していた俺たちは、聞き覚えの声をきいた。


「これって、テオルデの声だ!」


 ユーザリは、目を見開く。


 ユーザリの言葉で、俺は声の主がテオルデだと気がついた。返済に困ったテオルデが、客に追いかけられているのだろうか。


 声がした方を探して見れば、予想通りテオルデがいた。だが、追いかけているのは客ではない。


 ゴブリンの血を引く奴隷と主。


 テオルデは筋肉主従に追いかけられて、必至に逃げ回っていた。その姿というより、筋肉主従の形相が恐ろしくて誰も近寄れないようだ。


 なお、主の方が奴隷より顔が恐い。彼にはモンスターの血など入っていないはずなのに、怒りの形相が非人間じみていた。


 俺とユーザリは、通行人たちと同じように震えるしかなかった。逃げ出した人間たちは警官を呼びに行ったのだろうか。


 だとしたら、筋肉主従の方が捕まりそうだった。それほどに、犯罪者っぽい見た目だったのだ。


「うちの取り引き先から魔石を盗むなんて、なんて奴だ。血尿が出るまで折檻してやる!!」


 主人が、恐ろしいことを言っている。追いかけられているテオルデは涙目だ。


 そして、その光景を見ている通行人は怖気ついて近づこうともしない。人の目がなければ、俺も震えてユーザリに抱きついていたかもしれない。ユーザリだって、俺と同じ考えだろう。


 ユーザリは、泣きそうになっている。


 まるで、自分が筋肉主従に追いかけられているのようだ。


 体力の尽きたテオルデは、ついに筋肉主従に捕まってしまった。


「にっ、逃げろ。殺されるぞ!」


 遺恨があるはずのユーザリが、テオルデの方に肩入れしている。


 俺のことを義理堅いとか言っていたが、ユーザリは極度のお人好しなのではないだろうか。自分の女を取った相手なのだから「ざまぁ」と思う方が普通だろう。


「ようやく捕まえた。窃盗の罪を思い知れ!」


 主の拳が、テオルデの顔面を殴る。窃盗は犯罪だが、個人が裁いていいわけではない。だが、そんなことを言える雰囲気ではなかった。


 重い一撃だったので、これで暴力は終わりかと思った。次の瞬間で、二発目に続いていたので俺の考えは甘かったことを知る。


 テオルデは最初こそ「ギャァァァ!」とか叫んでいたが、徐々に


「アイツのせいで商売が出来なくなったんだ!」「悪い噂ばっかりひろがって、こっちこそ被害者だ!」

「魔石を少し持ってきただけだろうが」


 と罪の告白と理由を頼んでもいないのに叫びだした。前半はユーザリの事に触れていたので、主人と奴隷が同情して手心を加えてくれる思ったのだろうか。


 それとも、何を口走っているのかも分からなくなっているのだろうか。後者のような気がした。


 俺は筋肉に殴られ続けて、正気を保っている自信がない。もはや、拷問を受けているかのような光景なのだ。整っていた方であるテオルデの顔は、面影すらないほどに血みどろになっていた。


 勇気を振り絞って助けに入ろうかと迷っていたら、テオルデはユーザリとは関係ないことを口にした。


「僕の家は、元々は貴族だったんだ!お前ら平民なんて、所詮は奴隷と同じだ。僕に奉仕するのが正しい姿なんだ!!」


 元は貴族だったというプライドからテオルデは、顧客のことすら下に見ていたようだ。


 見下していたからこそ、客を騙しても罪悪感は沸かなかったのだ。むしろ、騙された相手を影で笑っていたかもしれない。


 テオルデの商売相手は金持ちだが、あくまでも商人だった。つまりは、平民だ。テオルデの持論を借りるならば、貴族に奉仕するだけの奴隷と変わらない立場ということになる。


「あのユーザリという奴は、もっと馬鹿だ!恥知らずだ!奴隷を作ったものを売りつけやがって。貴族に働かされる同じような立場だからって、あの奴隷に同情でもしているんだろ!!」


 自分勝手な言い分に、怒りが沸々とわいてくる。周囲にいる人間だって、俺と同じだろう。もはや、テオルデに同情するような人間はいなかった。


「所詮は、あいつは平民だ。奴隷と同じだ!!」



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