第25話過酷で単調な仕事と田舎の奴隷
翌日、俺は朝からユーザリの店に来ていた。今日は店を閉めて、とある作業に没頭するらしい。
ちなみに、ユーザリとリピは古着を着ていた。俗に言う、汚れても良い格好だ。
今日の作業の過酷さを予言しているようであり、自分は労働力として期待されているのではないかと不安になる。ユーザリは人を騙すような事はないが、自分に不利益がないなら黙っていようと考える程度には大人だ。
しばらくすると、店の裏には巨大な馬車が到着した。
積み荷は木箱にたっぷりと詰められた魔石で、とてもではないが普通の人間では持ち上げられない重さだ。しかも、量が多い。
箱は、全部で十二個もあったのだ。
ユーザリによれば。半年分を一気に仕入れているらしい。小まめに仕入れを行ったらどうなのかと言いたくなったが、ユーザリにも事情があるのだろうと寸前の所で押し黙った。他人の商売に口をだして良いことなんてない。
「それにしても、この量は……」
作り出されるアクセサリーの量と比例していないような気がする。アクセサリーの原料というよりは、汽車を動かすための石炭が運ばれてきたかのような光景だったからだ。
三頭もの馬で魔石は運ばれて来たのだが、その馬たちの重い荷物のせいで汗をかいている。鉱山でも働けるような筋肉質な馬たちだったが、中々に過酷な旅だったに違いない。
「元の魔石が大きくても、物によっては使える部分が少なかったりするからな。質が良くても研磨なんかで小さくはなるし」
ユーザリによれば、大量に買い付けても使える部分は意外と少ないらしい。魔石が取れる場所で判別作業が出来れば過酷な運搬はなくなると思うのだが、これでも判別作業は終わっているのだというのだ。
「魔石の質を見極めるのは、かなり難しいんだ。だから、魔石の判別をできる人間が現場では少ないらしい……」
魔石を掘っている現場では、ユーザリの元に届くより多くの原石を扱う。それに対して、常に人手不足の判別作業。
想像してみたら、過酷な労働環境だった。大雑把であっても仕分けしてくれているだけありがたいのかもしれない。
「あと、たまに魔石以外の石も混入していることもある。今日の俺とリピの仕事は魔石を品質ごとに分けて、魔石以外の石をはじくことだ……。これ全部の」
どこか遠い目をしたユーザリは、乾いた笑いをもらす。いくつもの木箱にたっぷりと入った魔石の選別作業は、たしかに骨が折れる作業だろう。
「お前ら、荷を降ろせ!高いものなんだから丁寧に扱えよ!!」
馬車の主である大柄な男が叫ぶ。筋肉質な男は、過酷な長旅やこの仕事に慣れているようだ。
荷台から荷物を降ろすのは、緑色の肌の男たちである。馬車の主よりも筋肉質で、背丈は平均男性の胸ほどしかなかった。頭は一様につるりとしていて、厳しい顔が恐ろしげだ。
手の甲の奴隷紋を確認せずとも、彼らがゴブリンの血を引いた奴隷だということは一目瞭然だった。田舎では珍しくもないが、都市部まで来てしまえば彼らの姿は浮いている。
奴隷たちは、黙々と荷台から木箱を降ろす。
鋭い眼付のせいもあって思わず身構えてしまうが、重そうな足かせを見つけて俺は少し安心する。動きを制限されていれば滅多なことはされないだろう。
「さーて、やるか……」
虚ろな目で天を仰いだユーザリだったが、すぐさま作業にとりかかった。
ユーザリと同じように、リピも黙々と魔石の選別作業をおこなう。
今回が初めての作業だというのに、魔石を見る目が確かなせいなのか戸惑っている様子はない。手慣れたユーザリに負けない手際の良さに、俺は感心してしまう。それは、馬車の主も同じだった。
「手際が良いな。新しい職人が入ったとは聞いていたが、良い拾い物をしたな」
馬車の主は豪快に笑いながら、ユーザリの背中を叩いた。大きな音が響き渡り、ユーザリ以上にリピが驚いていた。ユーザリが文句の一つも言わないので、馬車の主とは付き合いが長いのかもしれない。
馬車の主は、馬を休ませている間は暇らしい。忙しくて返答できないユーザリ相手に、一方的に喋り続けている。あきらかに邪魔だ。
ユーザリの方はなにも言わないから、俺とリピは口出しすることもできない。ここまでユーザリが人を粗雑に扱うことはないので、ものすごく仕事に集中しているのだろう。
「ところで、テオルデっていう奴の噂を聞きたいか?」
リピの手が止まった。
不服そうな顔をしながら、馬車の主の方を見る。
「ようやく興味を見せたか。今日は良いことがありそうだな」
ユーザリの気をひけて、馬車の主は嬉しそうだ。もしかしたら、これは彼らなりのゲームだったのかもしれない。
「とあるパーティーで大恥をかかされるし、商品が偽物とバレたりと大惨事だったらしいぞ。最近まで金にものを言わせて、高品質の魔石を集めていたのに最近ではすっかりお呼びがない。こっちの商売から手を引いたのか?」
パーティーの一件は、一部の界隈では有名な事件になっているようだ。業界にとってテオルデは新参者だったが偽物のアンティークを掴ませようとした事件は、すでに本人だけの問題ではなくなっている。
過去に買った商品の品質に、疑問を持つ客が増えたのだ。おかげで、俺の店にもカフスなどの鑑定の依頼が来たほどだ。
業界全体に不信感を抱かせたテオルデの噂は広まって、彼と取引したがる業者はいないらしい。悪い噂に巻き込まれることを恐れているのだ。
「色々と経営が大変になったことしか聞いてない……」
ユーザリは、言葉を濁した。
テオルデが悪かったとはいえ、事の発端はユーザリにある。少しばかり思うところがあるのだろう。
「まぁ、お前のところは順調だしな。こっちは話題の職人の顔を拝めて、得した気分だ」
リピのことも噂になっているようだ。テオルデの事件が衝撃的すぎて、あまり噂は広まっていないと思っていたのに。
「奴隷の仕事を周囲に認めさせるなんて、なかなか出来ることじゃない。魔石に関わる端くれとして、お前の職人が作った奇跡の蝶を見たかったぞ」
馬車の主の話を聞いていたリピの頬が、薄っすら赤く染まる。リピの作品は、業界内では『奇跡の蝶』と呼ばれるようになってしまっていた。
おかげでスミル様も鼻高々だ。妹のプレゼントが美しいだけではなく、付加価値まで付いたからである。作ったリピとしては、恥ずかしいようだが。
それにしても、都会と田舎では奴隷の扱いが雲泥の差だ。リピは認められたが、ゴブリンの血を引く奴隷たちは休むまもなく次の仕事に取り掛かっている。
ゴブリンの血を引く奴隷たちは、話の間は馬の世話に明け暮れていた。飲水を運んでいたり、馬の多量の汗を専用の道具で拭ったりしている。至れり尽くせりで、馬たちは幸せそうだ。過酷な旅の後なので、是非ともゆっくりと休んで欲しい。
「この作選別業はしばらくかかるだろ。俺は別の店に奴隷たちを貸し出してくる。一匹は置いておくから、力仕事が出てきたら遠慮なく使ってくれ」
馬車の主は選別作業には時間がかかると知っており、他の店に奴隷を貸し出しに行ってしまった。時間を無駄にせずにビジネスをしたいタイプなのだろう。長旅をしてきたのだから休んでいけばいいのにと思ってしまう。
「馬が可愛そうだろ……」
せめて、次の場所ではゆっくり休んで欲しかった。
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