第24話友人の進む道を祝福したいから
あの夕方の告白から、劇的な変化はなかった。
ユーザリは、相変わらずリピのことを職人としてしか見ていないふうを装っていた。そして、俺も習慣のようにリピと肉体関係を結んでいる。
俺とユーザリは前のように会話をするし、リピとの関わり方も変えない。
俺たち二人はかつての歪な均衡を保つために、氷の上をそろりと歩くような緊張感を持って過ごしていた。リピが奴隷の身分から解放されて、ようやく全てが始まる。それまでは、日常を続けることをユーザリと俺は選んでいたのだ
「アザリ、明日は朝からこっちに来れないか?ちょっとリピの側にいて欲しいんだ」
ユーザリは、そんなことを言い出した。リピが好きだと俺に決意表明をしたユーザリだが、意中の相手に対して過保護になったり甘くなったりはしていない。ファナの失敗を繰り返したくないのだろう。
そんな様子なので、リピの側にいて欲しいだなんて過保護な願い事をされるとは思わなかったのだ。
言いづらいことなのだろう。ユーザリは難しい顔をして、自らの頭をかいていた。
「明日は魔石を運んでくれる業者が来るんだが、田舎の奴隷を使っているんだ」
ユーザリの言いたいことは、何となく分かった。
「リピは、作業が遣りづらいと思うんだ。だからと言って、俺一人では仕入れる魔石の確認作業を出来ないからな」
なるほど、と俺は思った。
都市の奴隷は人間との混血が進んでおり、見た目などに祖先の亜人の面影がなくなっている。そのせいもあってスミル様のように奴隷に寛大な人間は多いし、国に金を払って奴隷の身分を脱する者の比率も高い。
しかし、田舎は逆である。
都市ほど人間との混血は進んでいないので、亜人の特徴が強い者が多い。見た目が違えば、その分の差別も酷くなる。
都市部の奴隷は働かされるといって無給の従業員といったふうな扱いをされることが多いが、田舎の奴隷はまさに動物扱いである。
土地が有り余っていることも理由だろうが主人と奴隷の住居は明確に別けられていて、馬小屋のような家に集団で押し込められる。食事も粗悪で、パンとスープが提供されたら良い待遇と言えるらしい。
奴隷の中には主人の家族の残飯のみを食べさせられて、意味もなく暴力を振るわれる者もいる。そんな奴隷が、都市部にいる恵まれた奴隷を目の前にしたときにわき起こるのは激しい嫉妬だ。
田舎からやってきた奴隷が、主人の目を盗んで身綺麗にしている奴隷に暴行を加えるという事件は珍しくない。殺しに発展した事件だってある。
ユーザリは、本当ならばリピを遠ざけて起きたいのだろう。だが、それでは仕事にならない。そういうわけで、俺に見張りを頼みたいのだろう。
「別にかまわないぞ」
俺が二つ返事で了承すれば、近くにいたリピが恐縮した。
「アザリ様にもお仕事がありますので、迷惑はおかけできませんよ。僕だって、自分の身は守れますから」
リピの言葉に、俺は彼の前の主人であった女店主の言葉を思い出していた。
エルフの血統のリピは、魔力が強いという話だ。接客業には進んで使いたくはないと言っていたが、その一面を今までリピは見せたことがない。
三日三晩の徹夜でも激しく感情が揺れ動かなった。リピが穏やかな気質であることは知っていたが、そもそもストレスにも強いのかもしれない。
そうであったとしたら、一発殴られたぐらいでは怒りで魔力を暴走させたりはしないだろう。相手がエスカレートしていって、リピをうっかり殺してしまったという事件だけは避けたい。
世間一般では奴隷の一人が死んだだけの事件だろうが、リピが傷つく姿は絶対に見たくなかった。たとえ、リピに選ばれなくとも気持ちは変わらない。
「俺のことは心配するな。俺の店の主人は親父だし、従業員もいるから勤務の融通だって効く。……なにより、リピが殴られたりする方が嫌だ」
俺は、リピの髪に触れた。
さらさらとした感触に、俺は目を細める。
「俺は、尊い御方なんだろ。なら、願いを叶えてくれよ。リピが痛い思いをしないのが、俺の望みなんだから」
戸惑うリピの顔を見て、俺は微妙な均衡の事を忘れた。彼の細い身体に腕をまわして、甘やかすように頬に触れる。
リピの心を手に入れたい。
それが、俺の本心だ。
「分かりました。けど、御自分の予定を優先させてください」
納得してくれたリピだったが、俺は未だに彼を離せないでいた。リピは抵抗の一つもしないが、不思議そうに俺を見ている。
それが、可愛く思えてしかたがない。
俺がリピと婚約して一方的に裏切られたら、立ち直れないほどの痛みを知るだろう。その痛みを回避するためだったら、なんだってするに違いない。
心を惹かれる者が出来ても、触れられる理由があっても、将来の裏切りが恐ろし過ぎて動けなくなるのは当然のことだ。
しかし、ユーザリはファナとの愛に決着を付けた。リピの職人としての姿を見て、自分の間違いを知ったから先に進もうとしているのだ。
友人が、一つのトラウマを乗り越えた。
なんて、喜ばしいことだろうか。
だからこそ、リピを奪い合いたくはない。
俺は、ユーザリが新しい道を進み始めた事だけを祝いたかった。
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