第26話君は、あいつらとは違う




 魔石の選別作業は、昼になっても終わる気配がなかった。選別が終わった石は奴隷が店に運び込んでいるので、目に見える量は減ってはいるのだ。


 それでも、元の量が量だけに終わる気配がない。奴隷もちょっと暇そうだったが、俺はそれを上回っていた。自分は何のためにここにいるのだろうか、と俺は考え始める。


 虚しい時間だった。


「……昼休憩を取るぞ。リピも目を休めていろよ。いつもとは違った眼精疲労が酷いだろ」


 集中して石の選別をしていたユーザリとリピは、二人はそろって眉間の辺りを揉みほぐす。リピなど普段からもっと細かい作業をしているのに、目の疲れが酷そうだ。ユーザリの言う通り、慣れない作業は辛いものがあるのだろう。


 俺の考えが読めたらしいユーザリは、疲れ切った顔をしてため息をつく。


「この作業は神経を使うんだぞ。この石の仕分けで、アクセサリーの格が決まるようなものだ。安い宝飾品に良い石を使ったり、高い商品に質が落ちる石を使いわけにはいかないだろ」


 言われてみれば、そうである。


 俺の店では眼鏡が主力商品だが、それ以外の物も扱う。そのため、職人は置かずに商品を買い付ける方式を取っている。材料の質に関することは計算外だった。


「そう言えば、もう少し詳しいテオルデの話を聞いているか?」


 商品の買い付けの話を思い出して、ついでに噂で聞いた名前が脳裏に浮かんだ。テオルデの名前を聞いたユーザリの顔が、一気に不機嫌になった。


 さっきとは少し違う反応なのは、休憩時間だから気が抜けているせいなのかもしれない。同情の気持ちがあること確かだが、話を聞きたくはないというのが本音だろう。


「スミル様にアンティークだと言って、粗悪な髪飾りを押し付けようとしたって噂が広がって……あいつから買った商品を鑑定してくれって客が増えている。俺の店でもテオルデから買ったカフスなんかを鑑定してくれって客が来ていた」


 テオルデは伯爵やら公爵が使っていたと言って、上流社会に憧れる人間に売っていた。鑑定と言っても前の持ち主が誰だったかなんて分からないので、俺の店では使われている材質だけを伝えている。


 見る目のない人間など王族が使っていた物と騙されて、粗悪品を掴まされていた。テオルデは様々な品物を売っていたらしいから、様々な店が鑑定に駆り出されることだろう。


「……お前って、鑑定なんて出来たんだな」


 ユーザリが、失礼な事を言っている。


 俺だって、高級品を扱う店の跡取りなのだ。魔石の原石のような素材はともかく、完成した物を見る目は確かだ。


「なんにせよ。テオルデは信用を失うだろうな。……お前は、身の回りに気をつけろよ。お前の指摘が、テオルデの信用を失うきっかけになったようなものなんだからな」


 これだけ悪評が広まれば、街での商売は難しくなる。高級品を扱っていただけに客の怒りは凄まじく、テオルデの元には返金を求める声が何十件も集まっているはずだ。


 いや、少額のものを合わせたら数百件は下らないかもしれない。テオルデは手広く商売をやっていたから、その分だけ返金による負担は大きくなるだろう。


 しかも、今回の件で信用は大きく失墜している。銀行で金を借りるという手が使えず、いざとなったらだいぶ苦しくなるだろう。


 廃業なんてしないで欲しい。


 あの手の人間は、逆恨みをするものだ。廃業なんてされたら、ユーザリにひどい嫌がらせをするかもしれない。


 テオルデは、潔くは去ってはくれないだろう。店の窓を割るぐらいの嫌がらせはするかもしれない。いや、廃業なんてしたら、もっと酷いことをされるだろう。


「……普通だったら、今のうちに財産を持って逃げるだろうよ。だいぶ儲けていたようだし、田舎でなら再出発もできるかもしれない」


 ユーザリの言葉にも一理ある。


 しかし、テオルデの家は元は男爵だったという話だ。逃げて悪い噂を後世まで残すよりは、金を払ってイザコザを綺麗にすることを選ぶかもしれない。


 諸々を踏み倒して逃走した元男爵家なんて面白そうな噂の寿命は長そうだし、プライドの高い人間ならば耐えきれないだろう。


「それに、一番大切なものからは目を離してない。なぁ……リピ」


 ユーザリの視線を向けた方向に、リピはいなかった。俺とユーザリは、しばし無言になる。


「……思いっきり、目を離しているぞ!」


 俺は、思わず叫んだ。


 このタイミングで、リピもいなくならなくても良いだろうに。


 目を話したのは一瞬だから、遠くには行っていないはずだ。人が来た気配もないから拐かしでもないであろう。俺たちがきょろきょろとしていれば、リピの声が聞こえてきた。


「サンドイッチとお茶は如何ですか?簡単なもので申し訳ないのですが」


 リピは、ゴブリンの血を引く奴隷に昼食を勧めていた。奴隷の視線は、リピの奴隷紋に注がれている。気をつけていたのに、リピの正体がゴブリンの血を引く奴隷に知られてしまった。


「……リピ。サンドイッチはいいから、こっちに来い」


 ユーザリが、リピを呼んだ。


 リピが奴隷と分かった瞬間から何かが起こるとは考えにくいが、余計なトラブルは遠慮したい。なにせ、ゴブリンの血を引いている奴隷が暴れたら俺やユーザリでは抑えきれないからだ。


「すみません。お客様から昼食は出そうと思いまして……」


 俺たちに先に配膳しなかったことを怒られると思ったらしいリピだが、そこは問題ではない。


「あの奴隷は客扱いするな。それと昼食は家のなかで食べるぞ」


 魔石を外に放置することになるが、あれだけ厳しい奴隷が見張りについていれば大丈夫だろう。今は、リピと奴隷を引き離したい。


「あの奴隷には、出来るだけ近づくなよ。お前とは境遇が違い過ぎるから、何か嫌がらせされるかもしれないからな」


 ユーザリは、子供にするような注意を口にする。リピには、自分と田舎の奴隷が違うことに自覚がないらしい。


「でも……同じ奴隷ですし」


 リピは戸惑っているが、奴隷を客扱いしている時点で彼の認識は生温いのだ。


 都会では、奴隷は無給の使用人程度の認識だ。主人に伴われて来たならば、場や個人の考えによっては客人に一人として扱うこともある。だが、田舎では違うのだ。


「リピは田舎に行ったことはないだろ」


 俺が尋ねれば、リピはおずおずと頷く。


 奴隷は学問を学ぶ機会がなく、一生を主人のための労働で終える。故に、交流関係は狭くなりがちだ。


 性奴隷だが店に出ていたリピは、まだ様々なことを見聞きしてきた方だろう。


 俺が想いを告げてもベッドのなかのピロートークとしか理解できていなかった。それは、主人以外との人間関係が肉体を介していなければ成立していなかったからだろう。


 リピにとっての世界は、魔石の加工とベッドの上だけ。それに対して、疑問も不満も持っていない。この無知さと従順さが、奴隷の特徴とも言える。


 ユーザリはリピを平民にするようだが、教育もしなければならないような気がする。奴隷としてはリピの無知は利点だが、平民になってしまえば本人も周囲も困るであろう。


 俺は教師になった気分で、リピに説明を始める。これは、リピの将来のために俺が出来る最初のことだ。


「あれは、田舎暮らしで酷い差別のなかで生活しているんだ。都会の奴隷とは、比べ物にならないぐらいのな。田舎だと奴隷なんて家畜扱いが良いところだ」


 俺の説明に、リピが驚いている。やがて、見たこともないぐらいに真っ青になった。


「家畜って……肉になったりするんですか?」


 変な方向に勘違いしている。


 いくら家畜扱いでも、さすがに出荷はされない。そして、奴隷の肉など食べたくない。


「家畜扱いっていうのは、酷い扱いをされているってことだ。気持ち悪い想像をするな……」


 リピは、見るからにほっとしていた。


 ユーザリは笑いをこらえていた。同じ立場なら、俺だってユーザリと同じことをしていただろう。


「恵まれたお前の現状に変な嫉妬をして、お前を殴ったりするかもしれないだろ。自分の身をまもるためにも、ちゃんと距離を取るんだ」


 危険を説明するが、その間にもリピはちらりらとゴブリンの血を引く奴隷を見ている。俺とユーザリの説明に納得できていない様子だ。


 俺は、改めてゴブリンの血を引く奴隷を見る。質素な服は何日も同じものを着ているせいで、臭ってきそうなほどの不潔だ。顔や頭も汚れていて、見ているだけで嫌悪感を抱くほどである。


 この状態のモノと自分のが同じだと思えることだと思えることが、俺としては不思議である。普通ならば、こんなモノと自分は違うと思いたいだろうに


「ともかく、同じ奴隷の身分だからと言って変な仲間意識を持つな」


 最後に無理やりにでも話を終らせて、店のなかにはいる。その後にリピも続いたが、裏口から店に入る前に奴隷に向かって頭を下げた。やはり、根本的に分かっていない。


「……おい、リピには手を出すなよ。あいつは、お前とは違うんだからな」


 念のためにゴブリンの血を引く奴隷には釘を刺しておいた。奴隷は何も言わないし、厳しい表情を変えようともしない。何を考えているのかも分からない相手は、気味が悪かった。



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