第21話女性と奴隷の成り上がり
「どうして、こんなところに奴隷が混ざっているんだ!」
テオルデであった。
彼の視線はリピの手の甲に注がれており、表情は忌々しそうに歪んでいる。
そして、同時にスミル様の視線がリピの手の甲に向かっていた。パーティー会場にいた全員の視線も、リピに注がれている。
「そのアクセサリーが奴隷が作ったものだとしたら、誕生日の贈り物として相応しくはない。そんなことは分かりきっているはず」
テオルデは、そう言うとスミル様の前で跪いた。
こいつと直接顔を合わせるのは二回目だが、芝居かかった言動が鼻につく。彼の書いた脚本に付き合わされているような気がするのだ。
「騒ぎ立ててしまって、申し訳ありません。あなたの大切な家族のプレゼントに、奴隷が作ったものなどとんでもない。これを持ってきて良かった」
そう言ってテオルデが取り出したのは、蝶をモチーフにした髪飾りだった。
仰々しいジュエリーボックスに入れられているが、髪飾り自体は古ぼけた印象を受ける。アンティークのようにも思えるが、どこか安っぽい
「こちらは、取引の過程で手に入れたアンティークの髪飾りです。妹様が蝶がお好きだと聞いてお持ちしました。先日の不手際のお詫びとしてもお納めください」
テオルデは視線だけで、ファナを呼んだ。その名前に、反応した俺はユーザリを見る。
客を前にしているせいなのだろうか。ユーザリの表情には、さしたる変化はなかった。
呼び出されたファナは、少しばかり痩せたように見えた。
友人を捨てた女で憎いとも思っていた相手だが、具合が良くなさそうな顔を見ると心配になってしまう。なにせ、知らない仲ではないのだ。
ファナはテオルデの隣で、ユカ様とスミル様の前で跪く。
「先日は、ご希望に添えず申し訳ございませんでした。今後は自己研鑽に励みますので、どうかお許しください」
ファナの突然の謝罪に、俺は息を呑む。
きっと彼女は、心を殺しているのだろう。
出来ない事を断ることは、職人としては普通のことである。なのに、この場での彼女はまるでおごった故に失敗した半人前のような扱いだ。
ファナの頭上では、人々の様々な言葉が飛びかった。
その多くが、未熟な彼女を笑うものだ。そして、そんな職人を雇ってしまったことをテオルデに同情の声が聞こえた。
テオルデは、全ての失敗をファナに押し付ける気である。普通ならば、雇った職人を守るべき立場だというのに。
これから先のことは、分かっていた。
「スミル様、ご心配なく。すぐに新たな職人を雇いますので、今後ともご贔屓ください」
ファナを――雇い入れた職人を必要ない場合は解雇する。
それは、店を守る人間としては正しい。ユーザリだって、ファナが抜けた時には店の運営が予測できずに従業員を解雇している。
しかし、これは違う。
解雇する人間の将来を邪魔するようなやり方だ。そんなことは、経営者はしてはいけない。
「ファナ、久しぶりだな。お前もスミル様に打診されていたのか!」
ユーザリの場違いに明るい声が響き渡り、俺はぎょっとした。彼が、一体何をするのか。俺には、まったく予想がつかない。
「うちの職人のリピだって、三日三晩もかけた仕事だったんだ。おかげで、あの状態だ。エルフの血統で、普通よりも丈夫なのに、だぞ」
いや、普通よりも丈夫ではないだろう。リピの丈夫さは、並ぐらいだ。今だって睡魔に負けそうになって、かっくんかっくんしている。
「俺の店にいたお前でも、今回は難しいよな。惜しかったぞ。うちの職人は楽しそうだったし、一人前の職人だったらじっくりと腰を据えて挑戦したかっただろう。俺だって、お前の蝶を見たかったぐらいだ」
呆気に取られるほど軽々しい様子で、ユーザリは笑っていた。この姿を見て、誰が二人の間に男女の確執があったと思うだろうか。
「だから、次は作ってくれよ。俺の職人の上を軽々と超えるような作品を、な」
膝を折ったファナに向かって、ユーザリは手を伸ばす。だが、ファナはその手を払った。
助けを拒否するファナの姿は、職人の道以外の全てを切り取った人間に思えた。
孤高の姿だ。
俺でさえ、その姿に感銘を受けてしまった。職人としての生き方しか選ばない決意は、不器用すぎるが潔い。
それと同時に、ファナがユーザリの元を離れた理由を察してしまった。
「女としての幸せを選んだら、お前は職人としては停滞する。女としてのお前を愛していた俺は、停滞を許すことしかしない。そうやって職人としての腕は鈍っていくから、いつかは俺と共に沈む。……だから、俺と別れたんだろ。上を目指そうとする職人として、あっぱれだよ」
この場でのユーザリは、女に捨てられた憐れな男だった。そして、ファナは職人になるために女を捨てたプライドの高い人間だ。
「俺は、お前を尊敬する。客に商品を偽っているような店に、お前は似合わない」
ユーザリは、テオルデの手の中にある蝶の髪飾りをちらりと見た。それだけで、テオルデの持ってきた品物が怪しいと匂わせる。
テオルデは唖然として、周囲を見渡した。
今やテオルデは悪役だ。
女を捨ててまで腕を磨く気高い職人を侮蔑して、切り捨て、客に粗悪品を押し付ける悪徳商人だ。
ユーザリは、テオルデを悪人に貶めてでもファナを守ったのだ。一人の職人の未来を守り、これからは愛した女を職人としか扱わないことを決心した。
一つの愛との永遠の決別が、そこにはあったのだ。
「もう……限界。ねっ、ねむすぎて……」
ユーザリのこともあって、存在を若干忘れられていたリピの身体が大きく揺らぐ。けれども、俺はそれに反応しきれなかった。
「リピ!」
俺の代わりに、リピの腕を掴んだのはスミル様だった。
いくら痩身といっても男性の身体を支えきれるはずもなく、リピの身体は床に沈んだ。スミル様が掴んだ腕だけが宙に浮いている。
リピは、間抜けとしか言いようのない姿だった。そのせいもあって、スミル様は大笑いした。御令嬢あるまじき豪快な笑い方だが、スミル様の気質が反映されている笑い方だ。
「こんなところで眠れるなんて、本当に三日三晩も寝ずに作っていたのね」
スミル様が優しい目で、リピのことを見つめていた。
「やりたいことのために寝食を忘れる。言えば容易いけど……行うのは辛いわ。好きだからといってやれることじゃない」
スミル様は、顔を上げる。
「彼は、素晴らしい腕を持った職人よ。命を削って、誇りを持って仕事をしているわ。彼の作り出すものは、身分を軽々と超越する。この職人の作品は、全てが買いよ」
その発言に、会場の全員が言葉を失っていた。
だが、スミル様の発言を理解した者から拍手が起こる。
スミル様がリピのことを認めて、他者に奨めるほどの評価をした。
商売をする者によって、その評価は最上級だ。
金を生み出す価値のある評価だった。商人たちにとって、金を生み出す技術を持つ人間は尊敬される。彼らも俺も『物』を売買することはあっても、『物』を生み出すことは出来ないからだ。
リピは奴隷の身分でありながら、この場に商人に職人として認められたのだ。
リピの噂は、すぐに広がるだろう。場合によっては、リピは公式な手段をとらずに腕を一本で奴隷の身分から脱する存在になるかもしれない。
これは、さすがのユーザリも予想外だったようだ。言葉を失って、右往左往している。
「客間を用意して、寝かせてあげてちょうだい。妹の首飾りを作った凄腕の職人よ。これからも贔屓にするんだから、丁寧に扱ってね」
スミル様は、そのように使用人に命じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます