第20話美しい蝶の首飾り



「リピは、ポニーテールにすると印象が変わるな。きりっとした印象になる」


 俺は、ダークグレーの正装に身を包んだリピを眺めて感心した。奴隷らしからぬ格好は、ユーザリが仕立て屋に頼み込んで急ぎで作らせたものである。


 男装の麗人のようにすら思えてしまう格好のリピは、招かれたスミル様の館の壁にもたれかかっていた。その表情は死んでいる。


 そのせいもあって、リピに話しかけようとする人間はいなかった。リピの美しさは人を惹きつけるが、今日ばかりは違う。


 青白い顔色と虚ろな目が、死神のような不吉な印象を抱かせる。整った顔故に、リピは不気味さも簡単に演出できてしまっていた。今のリピは、人知の及ばない恐ろしいものを連想させる。


 リピは絶不調であったが、パーティーは賑わっていた。華やかなパーティー会場ではあらゆるものが、輝いて見える。


 集まった人々の装いは、色とりどりのドレスや洒落たスーツ。


 立食パーティーでも食べやすいように一口サイズに作られた料理の数々。


 少人数だが楽団まで雇われて、まるで貴族のパーティーのような様相だった。


 スミル様のご実家の商売が好調だという証だ。


 今回のパーティーで特に目を惹いたのが、宝石や玩具のような愛らしいスイーツたちだった。スミル様の妹の友人たちも招かれているから、彼女たちのもてなしの為のものだろう。ご婦人たちだけではなくて、紳士までもがケーキやゼリーの飾り付けの美しさを話題にしている。


 パーティーは大盛況だ。


 リピには、その喧騒すらも子守唄に聞こえているようであった。三日三晩の寝ることもせずに、蝶の首飾りを作り続けたので当然である。


 俺の仕事は、実家の新作の売り込み兼リピが倒れたときの支えである。いっそのこと体調不良だと言って、リピは置いてきた方が本人のためになったのではないだろうか。リピは、それぐらいに憔悴していた。


 しかし、ユーザリ側にだって考えがある。少し無理をしてでもリピという目立つ看板に着いてきてほしかったのである。


 実業家の家で、若い姉妹がいる。アクセサリーがこれから入用になることは多いであろう。ユーザリからしてみれば、是非とも捕まえておきたい客なのだ。裏では、思いっきり毒を吐いたとしても。


「本当に大丈夫なのか?今にも倒れそうだけど……」


 リピからの返事はない。


 代わりに首だけが、かっくんかっくんと上下している。背筋だけはしっかり伸びているので、見た目がシュールだ。


 周囲の人々は、リピに近づこうともしなくなった。彼の美貌でパーティーの主役を食うことにならなくてすんだと考えるがことにする。主賓に恥をかかせるなど言語道断だ。


 最低限の食事と睡眠で奴隷をこき使う悪どい人間の話は聞いたことがあるが、友人が噂を上回るようなことをするとは思わなかった。今回に限っては、主であるユーザリもリピと似たりよったりの状況なので誰も彼も責めたりはしないだろう。


 なお、ユーザリは笑顔でスミル様と妹のユカ様の接客をしている。


 ユーザリの腹の中では、無茶苦茶な期限を言いつけて来たスミル様への罵詈雑言で溢れているだろう。それをおくびにも出さないのだから立派なものである。


「こちらが、当店の最高の職人が三日三晩かけて作った作品です。どうぞ、御手にとってください」


 十五歳になったばかりのユカ様は、ジュエリーボックスに入れられた首飾りに目を輝かせていた。


「キレイ……。お姉様、こんなキレイなものを頂いて本当によろしいのですか?」


 大喜びのユカ様の姿に、スミル様もとびきりの笑顔を浮かべていた。これは職人冥利に尽きるだろうとリピを伺えば、相変わらずかっくんかっくんとしている。


 もはや、病欠扱いにした方が良かったのではないかという有り様だった。


「紹介いたします。我が『霧の花』の最高の職人である、リピです」


 ユーザリに名前を呼ばれたリピは、かっと目を見開いた。奴隷だけあって主人の命令には敏感である。しかし、頭は全く働いていないらしい。目は見開いたままで、何も言葉を発しなかった。


 何かがあったら、俺が助けに入らなければならないだろう。今のリピには考えるだなんて高尚なことは出来ない。立っているだけでやっとの状態だ。


「今後は彼と二人三脚で店を守り立てていきますので、どうかご贔屓に」


 ユーザリの紹介で、パーティー会場にいる人々の視線と興味がリピに向かった。


 若すぎる職人のリピと作り出した蝶の首飾りの釣り合わなさに、人々の興味と好奇心はくすぐられていることだろう。それは、今後の注文に繋がるはずだ。


 ユーザリの目的は、これかと俺は苦笑いをした。


 職人としてリピを紹介し、新たな顧客候補を作る。ただでさえ、リピは目立つのだ。広告塔代わりにはぴったりであった。


「素晴らしい品物を用意してくれて、ありがとう。妹も喜んでいるし、今度から贔屓にさせてもらうわ」


 スミル様が、リピに手を差し出していた。


 普通ならば、奴隷との握手などあり得ない。握手というのは『相手を認める』という意味合いもあるからだ。奴隷を認めて、親交を深めたいと思うような人間はいないのだ。


 正装に身を包んだリピは奴隷とは思えないので、俺は何も言わないでいようと思った。リピの手の甲に奴隷紋があったことを思い出すまでは。


 今この状況下で、リピが奴隷とは分かってしまうのは都合が悪いのではない。都会では奴隷の差別は控えめではあるが、彼らを毛嫌いする人間だっている。


 スミル様はどんな考えを持っているかは分からないが、リピが作ったアクセサリーの価値が下がってしまうことだけは避けたかった。あれだけリピが心血を注いで作った作品が、正当な評価がなされないのは悲しいのだ。


 俺はユーザリの方を見て助けを求めたが、それより先にリピの手を握った人間がいた。



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