第19話偽物のアンティークと屈辱


「今回の詫びとしては、こんなもので良いだろう」


 テオルデは、ファナの工房に突然やってきた。彼が突きつけたのは、露出が少ないドレスだ。良質なものではないし、デザインも時代遅れだった。


 大方、それらしいものを古着屋で購入したのであろう。質の悪さからいって、貧しい寡婦のタンスにでもしまわれていたものだとう。


 ドレスを届けるためだけにやってきたのかと思ったが、テオルデは髪飾りを今度は取り出す。蝶がモチーフの髪飾りは不格好ではあったが、古びた雰囲気がある。


 アンティークなのだろう。今までは野暮ったいと思えるデザインも、作られた時代では人気を博していたりする。


 しかし、ファナは髪飾りに言いようもない違和感を覚えた。職人としての知識が、眼の前のアクセサリーを異質に見せているのだ。


「これは……粗悪な材質をアンティーク調にしてごまかしている」


 ファナは、そう呟いた。


 入れられていた箱が立派過ぎて、一瞬だけ戸惑ったが間違いない。それに粗悪な材質をごまかす手段としては、そこまで珍しい手法ではない。


 良質な材料を手に入れられない職人や装飾品に金をかけられない庶民には、むしろ人気の加工法だ。アクセサリーが劣化して黒ずんだとしても、時を重ねた趣を感じることが出来る。


 このアクセサリーを作った職人の腕は、まだ拙い。


 魔石の削り方が粗く、一部に歪みがある。それが年月を経たアンティークらしさを余計に強調させており、職人であるファナですら混乱させた一因になっていた。このアクセサリー自体は、最近になって作られたものであろう。


「君が怒らせた客の家族が主催するパーティーが開かれる。あの女の妹の誕生日パーティーだそうだ。若い女相手なら、貴重なアンティークの品だとでも言えば喜んで騙されるだろう」


 テオルデの言葉を聞いて、ファナは唖然とした。


「お詫びの品の由来を偽るのですか!私にはなにも知らせないで……こんな物まで購入して」


 ファナの握りしめた拳が震える。


 宝飾品が入り用ならば、自分に声がかかると思っていた。それがなかったということは、職人としてファナは役立たずと判断されたということだ。


 それが、言葉では言い表せないほどに悔しかった。


「怒らせた相手に、原因の職人の作品なんて持っていけるか。君の仕事は、それを着て粛々と謝罪をするだけだ」


 ファナは力が足りず、客の望みに答えることが出来なかった。そのことを公衆の面前に謝罪しろ、とテオルデは言う。


 己の力不足を認めて、ファナは頷いた。


「分かりました。……準備をします」


 ファナは、テオルデから受け取ったドレスを広げる。やはり、野暮ったいデザインだ。今のテオルデにとっては、このドレスのような存在が今のファナだと言いたいのであろう。大した価値もないお古なのだよ。


「職人としても役に立つと思っていたが、女としての価値しかなかったなんてな。こんなことなら、性奴隷でも買えば良かった。彼らに接待させた方が、ずっと客との良い関係を築けたのに……」


 性奴隷に比べられたことに対して、ファナは唇を噛む。自らの身体を明け渡して、媚びる事しか出来ない奴隷と比べられるのは屈辱的だった。


 ファナは、自分の力で職人になったのだ。


 父親に女の身でありながらも男社会で生きていくことの難しさは、何度も説かれた。それでも、負けることは嫌だったのだ。


 やりたい事を他人や環境のせいにして諦める。


 そんなことは嫌でたまらない。女だてらに店を切り盛りする人間だっているのだから、自分でも男社会で生きていけると信じた。なのに、このザマはなんだ。


 自らの未熟さを路程させて、女としての価値しかないと言われた。


「どうした?早く着替えろ」


 部屋を出ていく気配もないテオルデが、憎ましくてたまらない。彼はパトロンとして、ファナを評価したのだ。


 心底、使えない職人だと。



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