第16話人手不足がなかなかに苦しい



 夕方になれば、俺の店とユーザリの店は営業を終える。


 俺は自分の店では修行中の身だったので、他の従業員一緒に閉店後の掃除もやらなければならなかった。


 それでも、俺の店の従業員がいるだけ楽だ。人手があれば、その分だけ晴天作業や掃除も早く終わる。


 一日の仕事を終えた俺は、暇をみてはユーザリの店に顔を出すようになっていた。従業員や父親はまたかという顔をされるが、ユーザリは前からの友人であったから煩いことは言われない。仕事はちゃんとやっているし、成年男子の夜の余暇時間に文句を言う人間などいなかった。


 俺の店とは違って、ユーザリの店の閉店作業が大変なことは知っている。だからこそ、手伝うためにも少しばかり屋は足で店に向かった。


「お疲れさま。今日も閉店の手伝いにしてやるぞ」


 そう言って、ユーザリの店に入る。


 俺の来訪にすっかり慣れたユーザリは、ちらりと一瞥するだけで閉店作業に戻った。忙しいのだから、客ではない俺の扱いが雑になるのは仕方がない。


 客は知らないであろうが、閉店作業と言うのは仕事で一位二位を争うぐらいに面倒くさくて忙しい。今日一日の売り上げと確認から掃除。高級品を金庫に集めてカギをかける。


 ユーザリは真剣な顔で売り上げを数えていたので、俺は何もせずに待っているのが申し訳なくなった俺は勝手に掃除を始める。


 ユーザリの店はショーケースに硝子を使っているので、付着した指紋は特に丁寧に拭き取られなければならない。そして、ショーケースのなかで場所が少しずれてしまったアクサセリーの場所もついでに直す。


 細かい作業は骨が折れる上に、この店にはユーザリとリピしか店員がいないので協力して作業するというというのは不可能だ。


 本来ならばユーザリの店にも従業員がいたが、すでに全員が解雇されている。一時的に店を閉めていた影響である。


 店をかけた裁判では、ユーザリは勝つ自信があった。だが、職人のファナが抜ける事は決定しており、店の存続が危うい状態なのは代わりがなかったのだ。いつ新しい職人を確保できるのかも分からない状態で、従業員に給料を払い続けるのは苦しいとユーザリは判断したのであろう。最初に人員を整理した。


 人件費を削るのは、店の延命のために一番最初に行うことである。店の都合で辞めてもらうのはユーザリも心苦しかったであろうが、これも経営者の仕事だ。


 そんな事情もあって、今のユーザリの店は人手不足である。職人であるリピは接客には出来ないし、彼は家事も請け負っている。よって、接客と店の雑務は全てユーザリの仕事になっていた。


「本当は、もう二人ぐらいは従業員を雇いたいぐらいなんだよな……」


 ユーザリは売上を計算しながら、大きなため息をついた。経営者として、人手不足は痛感しているのだろう。リピを職人に据えた営業は始まったばかりで、店は軌道に乗ったとは言い難い。ユーザリは、今の状態で従業員を雇うことを躊躇している。


 店の経営状態が悪くなった時に、雇って早々に首を切ることになるのを懸念しているのだろう。雇われる側も生活を考えれば、ユーザリの気遣いはありがたい。雇われた直後に突然解雇されたら、人によっては生活に困ってしまう。


 俺としては、早々に従業員を確保するべきだと思う。二人だけで店を回していたのでは、どちらかが倒れたときに店が立ち行かなくなる。


 理想的なのは、リピの代わりに家事炊事を受け持ってくれるメイドを一人。ユーザリのサポートをしてくれる従業員が一人、というところだろうか。余裕があるならば、店員をもう一人置いてもいい。


 俺は自分では言えない経営スタイルを考えるが、口には出さなかった。この店は、ユーザリのものだからだ。相談でもされなければ第三者が、首を突っ込むことではない。


 有り難いことに女性経営者の仲間内では、リピのアクセサリーは評判になりつつあるようだ。子供用のアクセサリーは、いくつかの小さな魔石の中から気に入った物を三つほど繋げられるようにした。自分で好きな魔石を選べる遊び心あるアクセサリーである。


 チェーンを使った子供用のブレスレットや首飾りは華奢で壊れやすいが、難しい作りではないので家庭でも修理は可能だ。店では、無料で修理をするサービスも行っている


 石の付替えも可能なので、アクセサリーを購入した子供たちは新たな魔石を親にねだっているらしい。


 子供用のアクセサリーは、大きな利益は出ないが本来ならば捨てるしかない小さな魔石で商品が出来ている。経営者としては、嬉しいことに違いがない。


 ユーザリが宝飾店の主人としての辣腕をしっかりと発揮していて、友人として喜ばしい。少し前までは、閑古鳥が鳴いていたというのに。


「なぁ、ユーザリ……。お前は、リピのことをまだ抱く気にはならないのか?」


 忙しそうに歩き回っているユーザリに、俺は声をかけた。さりげなさを気取ったつもりだったが、話題が話題だけに気恥ずかしさを感じる。


「まぁな。……別にいいだろう。リピの抱き心地は良いみたいだし、俺のことは気にせずにご相伴に預かっていろ」


 ユーザリの言葉に、俺は視線をさまよわせる。ユーザリの言う通り、元性奴隷のリピのテクニックは素晴らしいものがあった。素晴らしすぎて、言葉が見つからないぐらいだ。俺の少ない語彙に頼るのならば「第二の初体験をすませた感じ」というだろうか。


 ショーケースを柔らかい布で丁寧に拭きながら、俺は邪なことばかりを考えていた。おれは、リピのせいだ。


 ユーザリの進められるままに、俺はリピを抱き続けている。決まった頻度というのはないが、五日は開いたことはないであろう。そのつもりで、今夜も来た。


 性奴隷だったリピの夜の働きは、言い表せることが出来ないほど素晴らしいものだった。リピが初体験の相手ではないが、今までの体験が児戯であったのだと思うぐらいの衝撃なのだ。


 リピは美しい肉体でもって、全身を使って奉仕してくれる。噂ですら知らない正義の数々を探検し、世界の広さを感じてしまった。


 そして、リピの反応にも試みだされた。滑らかな肌に触れただけでリピは乱れて、乳首のリングを弾けば艶やかな声が漏れる。


 その反応には、これでもかというほどに男心を興奮させられた。使い込まれた場所に迎え入れられてしまえば、程よい締め付けに歓迎される。


 目眩を起こすほどの快感を呼び起こすリピの技術を体験してしまったせいで、風俗にハマる男の気持ちが分かってしまった。まだリピが前の店に居たならば、俺は上客になるほど通っていたであろう。とどのつまり、俺はリピにすっかり骨抜きにされていたのだ。


 この行為は、主と仕事が大きく変わったリピのストレスを軽減する為のものだ。だから、俺とリピは、主の了承を取ったうえで肉体関係を結んでいる。


 表向きは。


 実際のところ、リピはユーザリと仕事に慣れ始めている。俺との性交渉で、自己肯定感を持たせるようなことはいらないぐらいだ。リピを一番近くで見ているユーザリであって、それには気がついているはずだ。


 リピは、すでに魔石宝飾職人という職で自己肯定感を持てるほどに精神的な成長を遂げている。


 俺とリピが、無意味な性交渉を重ねている。そこには俺の一方的な愛しかなくて、リピにあるのは主人の命令だけだ。ユーザリが「もう必要だから止めていい」と言えば、すぐに関係は解消されるだろう。そして、その後に問題すら起らない。


 リピが本当に望んでいるのは、主人のユーザリに違いない。俺との関係が解消されたリピと主人であるユーザリが結ばれたら、それでハッピーエンドである。俺が身を引けば、全ては丸く収まるのだ。


「……そういう問題じゃない」


 俺は、ユーザリに聞こえないように呟いた。


 ファナの未練を断ち切って、ユーザリの視線がリピに向く瞬間が恐い。俺に見向きもしなくなるリピを想像するだけで、喪失感で泣きそうになってしまう。


 けれども、いつまでも俺と関係を持ち続けることも不毛だ。俺に抱かれるということは、リピの本心ではないのだ。


「リピは、いつだって主人のお前を待っているぞ。お前の都合も分かるけど、俺だって何時までも間男みたいな真似をしているのもは嫌だからな」


 俺は仕方がないという体を装って、リピを抱いている。ユーザリには、自分の本当の感情など言えなかった。


 ――リピを自分のモノにしたい。


 その想いを口にしたら、俺たちの関係はこじれてしまうだろう。


 店のためにも、ユーザリのためにも、リピは必要不可欠な存在だ。


 ユーザリは、リピの絶対の主でもある。相思相愛のような互いを必要としている二人の関係が、いつか強固な愛になるのは目に見えていた。そんな未来には俺の感情など不要で、邪魔でしかない。


「俺は、別に間男だなんて思ってないぞ」


 なんて言葉を使うんだ、とばかりにユーザリが睨んでくる。


 俺にリピが抱かれている理由は、ユーザリの命令があってこそ。俺にとっては、間男さえ高尚な存在だったのだ。


「……悪い。ちょっと調子に乗っていたかもしれない。忘れてくれ」


 俺は単なるストレス発散の道具なのだ。


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