第14話かつての愛の失敗
特別な客を相手にするために、ファナはテオルデの屋敷に訪れていた。
金儲けに励んでいるテオルデの屋敷は、街の一等地にある。一般的な収入の人間から見れば、テオルデの館は立派すぎるほどだ。
しかし、貴族の邸宅のようなとは言えない。
本物の貴族ならば郊外に館を構えて、広い居住空間や庭園を確保する。馬や飼い犬を広大な庭で飼う貴族も多い。
それらと比べれば、テオルデの屋敷など貴族の物のミニチュアに過ぎない。
通された客間に置かれた家具類も高価なそうなのは見た目だけで、実際は高級品を模した贋作ばかりだ。見る者が見れば、この部屋の滑稽さに苦笑するであろう。今回の来客は気がついていないであろうが。
「ありきたりなデザインね。正直に言って、妹の誕生日にふさわしいものではないわ」
シックなワンピースに身を包んだ女性は、ファナが描いた首飾りの図案を突き返した。そこには、十五歳の少女に贈る予定の首飾りの図案が描かれている。
テオルデから紹介された女性は成り金の娘で、溺愛している妹が一人いる。その妹がめでたく十五歳の誕生日を迎えるので、ファナは彼女に贈るプレゼントを依頼された。
女性は、十五歳で成人と見なされて結婚が出来るようになる。実際に十五歳で結婚する人間は少ないが、めでたい区切りの年齢なのである。
この誕生日ばかりは貴族も平民も親戚などを呼んで、盛大に娘の成人を祝う。
御馳走が振る舞われ、生活に余裕があるものは高価なプレゼントを娘に送るのだ。嫁入りに使う道具類を送る風習が残っている地域もあり、娘がいる家庭では特別視される誕生日である。
そんな特別な妹の誕生日に、世界に一つだけの特別なアクセサリーを贈りたい。そう考えた姉はテオルデを頼って、彼のお抱えの魔石宝飾職人になったファナに依頼を持ってきたのだ。
テオルデには、彼女は特別な客だと聞いている。実家が金持ちで、本人は市民の識字率を上げようとしている慈善家でもある。
慈善活動など金持ちの道楽だが、貴族の覚えは良い。彼女は貴族との繋がりもあり、同時に金持ちの平民のお嬢様の友人も多かった。テオルデとしては、是非とも仲良くなりたい相手なのである。
しかし、出来上がったアクセサリーの図案は彼女のお眼鏡に適うものではなかった。
細かいところまで丁寧に描かれた図案は、首飾りであった。蝶をモチーフにした首飾りは、魔石を加工して作る予定だ。
「妹は、蝶が好きだって言っているでしょう。でも、こんなデザインでは蛾よ」
立体的な蝶をデザインに入れてほしい、と女性は言った。
だが、細い部分が多い蝶を魔石で立体的に作ろうとすれば強度が落ちる。
身につける物であるから、アクセサリーを装着している最中に魔石が砕けるような事があってはならない。砕けた魔石の欠片で、肌を傷つける可能性もあるからだ。
ファナは魔石の強度を上げるために胴体や触覚などの一部分を太めに設計したが、蝶が持つような可憐なイメージからは遠ざかってしまった。おかげでずんぐりとしたデザインになってしまって、女性が指摘するように蛾のようにも見える。
「り……立体的な蝶は、どうしても強度が落ちてしまって。平面的なデザインにしたり、魔石に蝶を掘り込むのは如何でしょうか?」
華奢で可憐な蝶を作り出すには、立体的なデザインでは無理がある。ファナとしては可能な限りの代案を提示したが、女性はどの提案力も受け入れなかった。
「最初にも言ったけど、妹には婚約者がいるの。婚約者のプレゼントだけには、絶対に負けたくないのよ!」
慈善家としている活動している気が強い姉に男が寄り付かないのを心配した親は、せめて妹だけはと婚約者は早期に決めてしまったらしい。妹には、姉のようにはなって欲しくないという親は考えたようだ。
ファナは、親の気持ちがよく分かった。女性の自立が増えた現代であっても、大人しい女を好む人間は多い。苛烈な性格ゆえに確実に行き遅れる姉はともかく、妹だけはと思って相手を探したに違いない。
婚約者は妹と同年代で、二人の仲は良好。互いの家の関係は結婚によって保証されて、まさに理想を絵に描いたような状況だ。
なのに、姉は二人の仲が良すぎると嫉妬している。妹の婚約者には負けたくない、と考えているようだった。
将来的に厄介な小姑になる予感がするが、今はファナの客である。要望にはできる限り答えなくてはならない。
特注品のアクセサリーなど高額になるのは当たり前だ。そのために客の要望は自然に多くなるし、見る目は厳しくもなる。そんな要望に答えるのは、職人としての仕事の一つだ。しかし、出来ないのならば断わることも職人の仕事である。
「お客様、こちらの注文は私の腕には再現は不可能です。他の職人を紹介しますので、そちらを周ってみてください」
ファナは、信頼を置ける宝飾店と職人の名前を考える。
そんなことをしている内に彼女は、自分が最も憧れていた職人の顔が浮かんできた。自分に魔石加工のイロハを教えた父の姿である。
ファナの父は、客の無理難題な注文を楽しんで受けていた。自分では思いつかないような発想を客から聞いて、それを形にするのが楽しいと言っていた。
けれども、その領域にファナは行き着いていない。ファナの技術は一人前だが、父のような一流の域には届いてはいない。
だからなのだろうか。
ファナは、客の要望を形にすることを楽しむことが出来ない。自分の無能さを再確認させられるだけの苦行に感じられてしまう。
ファナの魔石宝飾職人としての技術は、実のところ並程度でしかなかった。普通の職人としては独り立ちしてもおかしくはない腕だが、コンテストに入賞するような父などには敵わない。
一流の職人に、ファナはたどり着けなかった。父は、そんな娘の作品を店に置くことをきらっていた。ファナの作品の仕上げに父は必ず手を加え、自分が納得する形にしてから商品とする。
父が生きていた当時は、ユーザリや店の経営者である彼の父ですらも知らなかった秘密である。
ファナの作品に手を加えることについて、父に罪悪感はなかったであろう。それを店主であるユーザリ親子に知らせなかったことだって、何も思っていなかったはずだ。
職人の領域は、職人のもの。昔気質なファナの父親は、この問題を親子のものであり職人どうしのものだと考えた。自分が現役の内にファナの加工技術が上がれば、何も問題はない。それよりもファナとユーザリを結婚させて、娘の人生を安定させてやるべきだと考えていたのである。
一人前の職人ならば、いくらでもいる。しかし、一流の腕前ともなれば店のためにもファナを引き止めたいだろうと父は考えたのである。
女性の職人は数が少なく、これからファナが苦労するのは目に見えていた。自分と同じ道を選んだ娘の人生を少しでも楽にするため、そのための露払いとして父はユーザリを娘の結婚相手に選んだのだ。
店を譲り受けるユーザリならば、ファナに働く場所を提供できる。妻の座に収まれば解雇もされない。職人と雇い主の力関係を嫌というほど知っていた父だからこそ、ファナの立場を堅固なものにしたかったのだ。
このときの父の考えは、娘可愛さに目が曇っていたようにしか思えない。もっと違う方法があったはずなのに、父は娘が一番楽に生きられる選択をした。
自分が生きている内に、ファナにはたっぷりと修行させる。ファナの父は、そのように悠長に考えていた。しかし、府ぁの父親は予想外に早く死んでしまった。
父が亡くなったことで、ファナは自分の腕一本で勝負をいどまなければならなくなった。生前の父が山のように在庫を作ってくれていたので、店に出す分は何とかできた。
ユーザリだけが真相に気がついていたが、ないも言わずにいて父親の腕と並んだ娘の看板を守ろうとしてくれた。しかし、コンテストは駄目だった。
ファナは自分が出来る範囲で、良い魔石を用意してくれた。コンテストで入賞できなかったのは、間違いなくファナの腕のせいだ。
それが分かっていながらも、ファナはユーザリのことをなじった。父親の作品を自分のものだと偽っているからこそ、ファナは自分の腕のせいであると認めるわけにはいかなかったのだ。
もしも、そんなことを認めてしまったら『霧の花』にも迷惑がかかる。職人すらも自信が持てないものを売っていた店というレッテルが張られてしまうことになるのだ。
ユーザリは、本来ならば店の経営者である自分の父親に報告するべきだ。ファナの腕前が求めるものに達していないということは、店からしてみれば一大事であった。
だが、それをユーザリはしなかった。
自分の父親には報告せずに、彼は一人で婚約者を職人として雇い続けることを決めた。ユーザリとファナは、二人の結婚は親同士が決めたことだ。だが、ユーザリは簡単に婚約者を捨てることが出来た。
自分の腕前を偽っていたファナに非があるのは確かであったし、店の経営者と雇われ職人とでは身分が違う。ファナを捨て、新たな婚約者を迎えることがユーザリの最適解だった。
だというのに、ユーザリはファナを捨てることはなかった。ファナの魔石加工の技術についても人に話すことはなかったのだ。
ファナは、理解した。
ユーザリはファナを女として愛しており、伴侶として守ろうとしているのだ。そのために、ファナの職人としての腕は目を瞑ることにしたのである。
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