第13話何時かは欲しくなるから遠ざける



「ところで、リピの様子はどうだい。あの子のことだから上手くやっていると思うけど、真面目な子だからね。夜のお勤めを任せてもらえないって、ストレスを抱えていたりはしていかい?」


 女店主の言葉に、ユーザリは苦笑いをする。


 奴隷たちは、生まれてからずっと働き詰めの人生だ。仕事をすることこそが、自分の価値観だと考える者もいる。リピは、そのタイプで間違いない。


 今のリピには他の仕事もあったが、性的な奉仕で主人の役に立ちたいという願いをユーザリもひしひしと感じるのだ。それが、主人が一番喜ぶと思っているのだろう。


 他の人間だったならば、一二もなくリピを抱いていたはずだ。それぐらいの魅力がリピにはあるし、彼は実に有能だった。ユーザリの命令をよく聞き、指示された仕事はもちろんのこと主人を喜ばせようと自分で考えて仕事ができる。


 そんな有能な人間であっても抱かれることが仕事だった、という弊害はある。リピは主人に抱かれて初めて、自分が存在している意味があると解釈してしまっているからだ。この間違った自己認識は追々何とかしなければならないが、すぐに治るものではない。


「そっちは、友人に相手を任せることにした。この店に一緒に来ていた奴だよ。あいつはリピのことを気に入っていたし、ちょうどいいだろ」


 アゼリの視線は、最初から分かりやすいほどにリピに向いていた。さすがのユーザリであっても、酔っていたときはアゼリの気持ちは分からなかった。しかし、酔が覚めれば友人の熱っぽい視線は、常にリピに向けられている事に気がついたのだ。


 酔っ払った自分は、アゼリが気に入った奴隷を横取りしてしまったらしい。普通ならば冗談の一つでも言って、リピを譲り渡したであろう。


 アゼリの想いに気がついたときには、ユーザリはリピに何の感情もなかった。職人としてのリピは心の底から欲しかったが、その他は必要ではないと思っていた。


 アゼリが店に来なかった数日の間に、誰も傷つかない方法をユーザリは考えた。その結果として、リピの肉体だけをアゼリに与えるという方法を思いついたのだ。


 ああ見えて、アゼリは単純なところがある。リピに許しさえ与えておけば、簡単に友人の奴隷を抱くはずだ。リピだって、主人の命令を達することになるから喜ぶだろう。


 そもそも、これは悪いことではない。


 リピの主人であるユーザリが、友人のアゼリに奴隷との関係を許可したのである。この店でやっている事と変わらない。


「……俺は、リピの魔石の加工技術だけあればいいんだ」


 リピの繊細な指で作られるアクセサリーたちこそが、ユーザリが愛すべきもの。


 それを客に届けることこそが、ユーザリの使命なのだ。


 ユーザリは、そう自分に言い聞かせる。


 リピとの間に望むのは、仕事を通しての絆である。それ以外は、望んでなどいない。


「あんたは勢いでとはいえ、べろべろに酔っぱらわないと手放せなかった大事な指輪でリピを買った。それは、リピに気に入ったところがあったからだろう」


 女店主の慧眼は、ユーザリの本心を見抜いていた。


 ユーザリは、押し黙ることしか出来ない。その姿は、女店主の言葉を肯定しているのと同じだ。


 なんて面倒な男だ、と女店主は呟く。


 リピの最初の主人は、偏屈な老人だと女主人は聞いていた。そんな老人がリピだけに身の回りの世話を許したのは、リピの性質のせいだろう。何事にも一生懸命で、自分の全てをかけて主人に尽くそうとする。そんな健気な生き物を無下に出来るような人間は中々いない。


「あの子は、あんたの奴隷だよ。どんな事をしたって自由だ。気に入っているんだから、普通に自分で抱けば良い。その方が、リピだって喜ぶだろうよ」


 女店主は、リピの事をよく知っている。


 主人の言いつけを素直に守る良い奴隷だ。力仕事には向いているとは言えないが物覚えも良いし、主人の身の回りの世話だって出来る。


 魔力のことがなければ、使いやすい奴隷だ。そして、人並み外れた美貌は簡単に人を魅了する。


 ユーザリは、リピのこと間違いなく気に入る。むしろ、気に入らないと思う理由は見当たらない。


「……俺は間違いなく、リピを気に入る。好きにだってなる」


 初対面は酔いもあって、リピの美貌を気にしなかった。性格も分からなかった。けれども、彼が自分のことを心配して、癒そうとしている事だけは分った。その温もりがあんまりにも優しくて、ずっと一緒にいたくなってしまったからリピを購入したのだ。


 酔が冷めてからは、リピに癒やしを求めようとは思わなかった。あれは店でのサービスだと思っていたし、今のユーザリには誰かを抱くと言うことが出来そうにもない。性


 奴隷としの仕事は出来ないというのに、共に生活していくなかでもリピは心の底から自分を思いやってくれていることが分った。酔った勢いで自分を買った男を主人と認めて、ユーザリに仕える姿が恐いぐらいに健気だ。


 リピがもたらす無償の愛情は、一方的に傷つけられたユーザリに安心感を与えてくれた。それと同時に、恐くもなってしまったのだ。


「けど、それを友人が掻っさらっていくかも知れないだろ?」


 ユーザリは、ファナに裏切られた。


 別の男に女を取られたという事実は、思っていた以上に精神的にくるものがあった。時間が経てば経つほどに、追い詰められて吐きそうになった。


 どうして、こうなったのか。


 何が悪かったのか。


 ひたすら考えているのに答えはでなくて、複雑な感情を言葉に出来なかった。見知らぬ男に婚約者を奪われて、これほどの痛みだったのだ。


 これが友人に相手を奪われたら、ユーザリは自分がどうなってしまうか分からない。


「アゼリが寝取りなんてしない奴だってことは、分かっている。それでも、頭を過るんだよ。裏切られたことがあるからこそ……」


 リピの美しさと素直さ。自分を慕ってくれるひたむきさ。その全てを欲して、離しがたくなる日がくる。


 ユーザリが求めれば、リピは簡単に答えるだろう。あまりにも容易く手に入るハッピーエンドだ。


 だが、そのハッピーエンドを迎えた瞬間から、ユーザリは怯え続けることになる。


 一番愛しい存在が、友人に取られてしまう。そんな有り得ない未来に怯える日々を過ごすのだ。そんなことは御免だった。


 自分よりも情熱的に愛を注ぎ、その胸のなかで安堵をするリピの幻影を見ながら怯えて過ごす。それは言いようもない恐怖なのである。


「いつか取られるなら、最初から手に入れられない方が良いんだ。俺はリピの加工の技術を利用できれば良いし……。アゼリだって最初からリピを手に入れていれば、それ以上を欲しがるはずがないだろ」


 手に入れたいのに、手に入れたくない。


 ユーザリは、そんな複雑な心を抱き続けていた。


「経験から言って、そんな我慢は瓦解するもんだけどね」


 女店主は、ぼそりと呟いた。


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