第12話宝飾品の営業は、夜の店で



「これをリピが作ったとはねぇ」


 リピを売った店の女店主は、ユーザリが持ち込んだ宝飾品の数々に感嘆のため息をつく。


 ユーザリの鞄から出てきたの、はリピが作り出した宝飾品の数々だ。リピは凝った細工のものを作りたがるが、今回はシンプルなものを作ってくれと頼んだ。


 リピはしっかりと要望に答えてくれたので、今度はユーザリが仕事をする番である。


 今の店には、残念ながら客が来ない。


 そのため、ユーザリは必須の思いで営業をかけていた。営業先は、店を閉める前のお得意様が中心になる。どこにいってもリピの作品は概ね好評で、店に顔を出すと言ってくれた人もいた。


 一通りの御得意様巡りを終えたユーザリは、新規開拓に打って出ることを決心する。何人のお得意様が戻ってくるかは分からないし、客は少ないよりは多い方がいい。


 営業をかけた内の一人が、リピが仕えていた元主の女店主だ。


 リピのことを知っているからこそ、興味を持ってもらえるとユーザリは考えた。女店主はリピが魔石を加工できることは知らないだろうから、驚きと好奇心で商品を手に取ってもらえると思ったのだ。


 どんな理由であっても、まずは脚に商品を見てもらう。良いものであれば、気に入る客だって出てくるはずだ。店主としての最大の仕事は、職人が作った品と客とを繋げることである。


「シンプルで使いやすそうなデザインではあるね」


 女店主は、首飾りを眺める。リピに言って新しく作らせた品である。飾り気はほとんどなく、大きめの一粒の魔石のみが使われていた。


 夜の仕事に美しさは必須だ。今でこそ性奴隷たちに仕事をさせているが、かつては女店主も夜の華であったのかもしれない。


 女だてらに夜の商売に手を出す人間が、元は一輪の花だったということは珍しくないのだ。その分だけ目は、肥えている。


 店をかまえるほどの女ならば、客に高価なプレゼントをされるのは日常茶飯事だったであろう。リピの商品を見目はシビアなものになり、いらないと判断されれば簡単に拒否される。 


 だが、商品に関してユーザリは絶対の自信を持っていた。ユーザリは、それぐらいリピの作品に惚れ込んでいる。


「リピは、腕もセンスも良いんだ。試着すれば分かるが、シンプルな物ほど肌馴染みがいい」


 本日は売り込みのために最初こそ敬語を使っていたユーザリであったが「あれだけの醜態をさらしたのだから格好をつけるな」と女店主に言われてしまった。情けない話ではあるが、普段の言葉を使った方が女主人との心理的な距離をつめられるのも確かだ。


 ユーザリの真剣さに負けて、女店主は楕円形の石を半分にカットした紫色の首飾りを手に取る。身に付けてみれば、吸い付くような感触に魔石の女店主は驚いた。肌に何かが触れているという異物感がない。


「石と肌が接触する部分をものすごく丁寧に研いて、凹凸が一つもないようにしているんだね。たしかに、これは良い」


 さすがの審美眼である。女店主は試着しただけで、リピの腕を見抜いた。シンプルなデザインを作らせたのは、売り込む年齢層を意識していたからだ。それと同時に、見る目の在る人間にアピールしやすという点もあった。


 ユーザリは、心のなかでガッツポーズをした。自分が考えていたとおり、客は商品の良さを見抜いてくれた。あとは、より欲しいと思わせるだけである。


 女店主ぐらいの年齢になれば、石の良さを見せるためのシンプルなデザインの宝飾品を好むようになる。そのため。石のカットは楕円形を半分に割ったものが自然に多くなっていくのだ。


 このデザインは、少しの揺れで宝石の表と裏がひっくり返ってしまうことがある。男性ならば気にしない不便さだが、女性にとっては自分の装いを損ねるという大惨事だ。


 女性の服というのは、宝石とセットでコーディネートする。服と宝石のどちらかが不完全などありえない。


「本当にいいね。こっちのオレンジのも試着してもいいかい」


 女店主の目は、首飾りに釘付けになっていた。


 ユーザリの返答を聞かずに、女店主は自分を飾る首飾りを熱心に選び始めている。その顔は、少女に戻ったかのように楽しげだ。ときには店の従業員を呼び出して、自分に似合う首飾りを選ばせることすらあった。


 こうなると女性の買い物は長くなる。


 ユーザリは、それを知っているのでニコニコと笑って待つだけだ。ここで客を急かすようなことは、商人ならば絶対にしない。そして、このような場面で女性を急かす男は高い確率でフラれる。女性に好まれる男性になるには、まずは女性の買い物時間にはケチを付けないようにすることだ。


 女店主はたっぷりと三十分ほど悩んで、買う首飾りを決めた。


 ユーザリは、ずっと笑顔でいたが疲れはない。こんなことには慣れているのだ。


「この緑とオレンジの首飾りをもらうよ。それと、その小さいのはなんだい?」


 数々の宝飾品が入っていたアタッシュケースのなかには、小さな花を模した石も入っている。これらはアクセサリーには加工されてはおらず、今回に限って言えば営業先のプレゼントとして配っていた。


 小さすぎる石には高級感がなく、アクセサリーには向かない。だが、リピは小さな魔石の加工を喜ぶのだ。


 最初こそ売り物にならない物を作るなと注意していたのだが、一日に何個かは作りたがる。作るなと言うと悲しい顔をするので、これを趣味として容認していた。


 どうやら小さな物を作って、加工の腕を磨きたいらしい。普通の奴隷ならば強く叱りつければ済むが、ユーザリはリピに対して普通の奴隷の対応をしたくはなかった。


 リピは、自分の右腕になって欲しいのだ。


 性奴隷であったリピが、自分の判断で動けるようには時間が掛かるだろう。しかし、主の店で辣腕を振るっている奴隷は少なからずいる。


 リピには、そうなってもらいたい。


 だからこそ、まずは自分のことを選択させる。趣味として小さな魔石の加工を許可したのは、そのためだ。


「リピが、小さいものを作りたがるんだ。あんまり価値ないから、今回はお得意様へのプレゼントにしていた」


 女店主にもプレゼントとして、花の形に加工され魔石を渡す。そのとき、女店主は隅に置かれていたブレスレットに気がついた。


「これは、随分と華奢なデザインだね」


 ブレスレットは、幅広の金属を腕に巻き付けるようなデザインが好まれる。手首を華奢に見せてくれて、袖なしのドレスとの相性も良いのだ。


「リピが作ったブレスレットだ。デザインが華奢すぎて売りにはならないから困っている」


 可愛く無いとは言わないが、人気が出るようなデザインではない。


「価値が薄い小さな石をチェーンで繋いでブレスレットにしてみたんだ」


 華奢すぎるブレスレットは、少しばかり安っぽく見えてしまう。あまり使い勝手の良いものではない。


 しかし、無意味に安売りするわけにはいかなかった。安物を隣に置いて、他の魔石の価値を落とすようなことは出来ないからだ。


「これって、十歳ぐらいの女の子用のアクセサリーとかに加工はできないかい?商売仲間のなかに娘のプレゼントを探している人間がいてね。女の子なんかはおませだから大人っぽいのを欲しがるけど、子供向けのアクセサリーなると少ないからね」


 ユーザリは、目から鱗が落ちた。


 今までの高級志向で大人の女性ばかりを客層にしていたが、リピの加工技術ならば子供用の小さめのアクセサリーも作れる。


「でも……値段がな」


 使用する魔石自体は小さいので、コストはかからない。だが、子供の小遣いで買えるような値段には出来ない。こればかりは、材料費が安くても他の商品との兼ね合いがあった。


 高級品と安物を並べれば、自然と高い方の格が落ちるのだ。少なくとも客に高級品ならではの特別感を与えること難しくなってしまう。


「親が誕生日なんかに買い与えるぐらいにするのが妥当だろうね」


 女店主の言う通り、それぐらいの値段が妥当であろう。


 自分で購入した首飾りと華奢すぎるブレスレットを手に持った女店主は、にやりと笑った。


 赤い口紅を塗った口唇が弧を描くさまが絵になっていて、ユーザリは女店主が夜の華だったことを強く意識した。美貌を武器にする職業の人間は、自分の美しさを強調する術を知っている。


「さて、このアクセサリーを商売仲間にたっぷり自慢させてもらうよ。どれぐらい勉強してくれる?」


 女店主の話しは、まさにユーザリが望んでいたことだ。女性の経営者は少ないが、彼女たちの情報網は侮れない。


 男は要点しか話さないが、女性は余計なことまでよく喋る。故に、雑談のなかで重大な情報を見出す事もできる。今回は商品の良さを広めてもらうだけだが、彼女らのお喋りを味方に出来れば味方強いことこの上ない。


 ユーザリと女店主は顔を近づけ合って、ヒソヒソ声で値段交渉を始める。そして、数分後にしっかりと二人は握手をした。互いに納得できる交渉だったらしい。



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