第11話主人以外の閨のタブー
新たに稼働する事になった加工場は、きれいに磨き上げられている。この間まで埃を被っていた機械たちは、今は現役で動けるようにと整備されたようだった。
魔石を加工する道具は、魔石宝飾職人の命だ。故に、ユーザリも触れることを躊躇っていたのだろう。もしかしたら、ファナが再び触るかもしれないと考えてしまったのかもしれない。
ありえない事を考えるのが人間というものだ。「もしも」とか「あの時が何かをしていたら」などを考える。色恋が関われば、その傾向が余計に強く出る。
つまり、誰もが自分の言動に常に満足などしていないということだろう。
「リピ、いるんだろ。開けるぞ」
工房のドアを叩き、俺は部屋のなかのリピに来訪を告げる。返事はなかったが、いることに間違いはないと思っていたので俺はドアを開いた。
魔石を削るという仕事の性質のため、工房の空気は少し粉っぽい。砂粒ほどになった石の欠片が、俺が歩くたびに舞っているからなのかもしれない。
「あっ……」
リピの声が、小さく漏れ響いた。
工房の片隅に、リピは座り込んでいた。汚れてしまうことなんて考えていないようで、ズボンまでも脱ぎ捨てている。
リピが何をしようとしているかは、男ならば誰だって察することが出来るだろう。なんとなく罰が悪くて、俺は視線をさまよわせる。
工房には、ファナの気配が色濃く残っているような気がした。何かを決定的なものがあるわけではないが、彼女がいたという記憶が色濃いから俺が亡霊を見てしまうのだ。
結局、俺はリピを見た。
それが、一番まともなモノだったからだ。
俺の視線に気がついて、リピは咄嗟にエプロンで下半身は隠してしまった。この反応は、羞恥心からである。店では透けた服を着ていたというのにと思ったが、口には出さなかった。
リピの性奴隷としての性質は、今までの主人たちによって作られたもの。
ユーザリは、そう言っていた。
羞恥心は、その前に身に着けたものなのだろう。だから、咄嗟の行動で出てくるのだ。
ならば、元性奴隷と言えども見るべきではないと思った。リピの個人が好きなのならば、俺は去るべきだ。
それでも白い足は俺の目に焼き付いていて、俺の身体は分かりやすく欲情してした。理性よりも欲望が勝つだなんて。
浅ましい。
あまりにも、浅ましい。
「先程はみっともない所を見せてしまって、申し訳ありません。その……」
リピの視線が、俺の下半身に向いている。浅ましくなっている俺を見たリピが、息を呑むのが分かった。
少しばかりの戸惑いと迷い。
そんな感情が読み取れたが、やがて覚悟を決めたかのように微笑む。
その笑顔が作られたものであると分かっていたというのに、俺の心臓は高鳴った。リピは全てを察して受け入れているが、あと一歩を踏み出す勇気が俺には湧かない。
「……あんな事をされていたから、調子を見に来ただけだ。大丈夫そうだし、帰るな」
自分の欲望には、俺は気が付かないフリをした。この場から、一刻も早く逃げ出したかったのだ。据え膳は男の恥を喜ぶ人間もいるかもしれないが、この状況に俺は気後れしていたのである。
俺は、ドアノブに手を伸ばそうとした。
だが、その前にリピに呼び止められる。
「お待ち下さい、アゼリ様。……御主人様から、僕を使うようにとお話があったのではないですか」
俺は、ドアノブに伸びる手を引っ込めてしまった。リピは、俺がここにやってきたのがユーザリの思惑であることを理解している。そのことに、少しだけ安心している自分がいた。
けれども、俺はなにも言い出せない。
長い沈黙が続いたせいもあったせいもあったのだろう。最初に口を開いたのは、リピだった。彼の声には、少しの緊張が見え隠れしている。
俺の来訪が、主人のユーザリがらみだと分かったからなのだろう。そして、主人の思惑を理解しているからこそ緊張しているのである。
「やはり……そうでしたか。もし、必要とあらば何時でもお使いください。御主人様からは、アゼリ様のことは第二の主人のように思えと仰せつかっています」
ユーザリは、最初から俺にリピの相手をさせる気だったようだ。そうでなければ、俺のことを第二の主人と思えなどとは言わないだろう。
俺が、リピに好意を抱いている。
ユーザリは、それに気がついている。リピの肉体だけを与えるから、彼を所有することは諦めろと言いたいのかもしれない。
友人の真意は分からない。
けれども、リピが俺に抱かれることを受け入れている。第二の主人という言葉も受け入れており、いつでも俺に抱かれてくれるだろう。そもそもが、性奴隷であるのだ。客との行為はなれているし、俺でなくとも抱かれる。
いや、今この瞬間に関して俺でなければならないのだ。自分の肉体で主人を慰められず不安を覚えているリピを慰められるのは、第二の主人と認定された俺だけだった。
「浅ましい身体で恥ずかしい限りですが……どうぞご自由に」
立ち上がったリピは、シャツのボタンを外す。
リピの細い指先はとても器用で、片手でボタンを外していく。あまりにも手早くボタンが外されるので、これは夢なのではないかと疑う余裕すら俺にはなかった。
ぱさり、と床にシャツが落ちた。
そのわずかな衝撃でも埃が舞って、窓から入った日光が当たってきらめく。それが、リピの裸体を彩る安っぽいアクセントになっていた。
下半身を隠していたはずのエプロンはすでに床に置かれ、リピは生まれたままの姿になっている。しなやかな身体は、まるで芸術品のように均整が取れていた。
そのなかで、二つの金の飾りだけが異様な雰囲気を放っている。
リピを作ったのが名高い芸術家であるなら、こんなものを彼に付けることはないだろう。二つの金の輪が、芸術品のような完成された美をいっきに俗世に落としている。
まるで、鄙猥な落書きをされたかのようだ。
しかし、その俗っぽい淫らさが俺の欲望を刺激する。
俺は、今まで考えていたことを全て捨てた。ユーザリが考えていることなんて、どうでもよくなった。つまり、そこら辺の男と同じように欲望に負けたのだ。
俺は。吸い寄せられるようにリピの元まで進む。その時になって、女店主から聞いた話をふと思い出した。
客が、リピの弱点にピアスを付けたという話し。
普通ならば考えられない話の内容が、今更になって頭を過る。そして、今度は好奇心が頭をもたげてきた。俺の視線は、知らず知らずのうちに下にさがる。
傷はふさがっていると女店主は言っていたが、たしかに穴が開いている気配はない。極普通の形を保っていたことに、俺はほっとしていた。
そこがズタズタにされていたら、情けない俺の元気はなくなっていただろう。当時のリピの痛みを想像するだけで、今だって気がするぐらいなのだ。
「気になるのでしたら……もっと間近でどうぞ」
俺の視線に気がついたリピの手が、俺の頬をなでた。手の温度は温かくて、どこかほっとする。ありえないほどに美しいリピの姿は神聖で、神がもたらしたものだといっても理解できた。だからこそ、暖かな体温は自分たちたちと同じ生き物である証拠のように思えたのだ。
俺は、リピを引き寄せた。すっぽりと腕のなかに収まるリピの身体は細いが、折れてしまいそうだとは感じない。儚い容姿であっても、そこは女とは明確に違う。
しかし、肌の滑らかさは女以上かもしれない。リピがいた店では、性奴隷たちの肌を整える美容品でも使わせていたのだろうか。そんな疑いを抱いてしまう肌をなぞりながら、俺はリピの唇に顔を寄せる。
「そこは……御主人様の許しが新たに出てから」
俺の唇は、リピの指先で阻まれた。
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