第10話君を純粋に心配したいのに


 俺は、ユーザリを睨んだ。


 俺の不満は予想していたらしく、ユーザリは落ち着いていた。それが、俺をさらに苛立させる。


「あの寸止めはキツいだけだろ。ストレス発散なら、もうちょっと……そのやってやっても」


 日中からベッドを共にしろとは、俺だって言わない。しかし、あんなふうに中途半端に放り出すこともなかった。


 夜に存分に可愛がってやって、最後まですればいいのだ。そのようにすれば、リピは主人のために働けていると感じて安心できるだろう。


 自分の肉体で、主人を慰める。そうすることで、リピの自尊心は満たされるのだから。


「本当は抱いてやるのが良いってことは、俺だって分かっている。あいつは性奴隷をやっていたからな。でも……俺の方にも色々とあるんだよ」


 どんな理由があるというのだろうか。あんなに健気で可愛いリピを中途半端に投げ出して、いらぬ苦しみを与えるほどの理由などないような気がした。


「ファナの顔が過ぎるんだ。リピには悪いけど、今は誰も抱けるような気がしない」


 ユーザリの返答に、俺は自分の短慮を反省する。


 彼は、婚約解消されたばかりなのだ。ファナに怒りの感情はあるだろうし、婚約破棄も受け入れている。それでも、気持ちの切り替えられるわけでもないのだ。


「……悪い。無神経だった」


 俺にだって、失恋の経験はある。だが、婚約破棄はもっと大きな苦しみをもたらすだろう。これ以上ないほど愛していた人間が、自分の元を去ったということなのだから。


「なんなら、お前にリピを貸すぞ。お前だったら、あいつを可愛がってくれるだろ」


 その言葉に、俺の頭が真っ白になった。


 上手く空気が吸えなくて、時間が経つごとに苦しさが増していく。


 落ち着け。


 俺は、そう自分に言い聞かせる。


 ユーザリの言っていることは、さほど可笑しいことではない。リピは性奴隷だったのだし、その貸し借りなんて普通だ。


 リピがいた店だって似たような商売をしていたし、金持ちが客の接待に奴隷を使うことだってある。リピだって、俺の相手をすることを拒まないであろう。


 リピに関しては、主のユーザリが絶対だ。主であるユーザリが良いと言えば、リピに対することは全てが合法になる。


「なんだかんだで、お前はリピのことを気にかけているだろ。興味があるんだったら、別にかまわない」


 なんて事でもないふうに、ユーザリは言う。俺は唐突にリピに触れる権利を得てしまって、酷く戸惑っていた。それと同時に、こんな機会は二度とこないのかもしれないと考える。


 ユーザリだって、いつかはファナのことが吹っ切れる時がくる。その時が来たら、ユーザリはリピを抱くだろう。


 そうなれば、ユーザリはリピを離せなくなるに決まっている。すでに、リピを職人として認めているのだ。簡単に愛しく思うようになるに決まっている。


 そうなれば、俺にリピを抱けとは言わなくなるだろう。


「俺に遠慮とかするなよ。あいつは、何時でも何処でも抱かれたいと思うように躾けられているんだ。今までの主人たちが、そんなふうにリピを作り変えているんだよ」


 美しいリピに手を出した主人は、一人ではなかっただろう。一度きりでもないだろう。


 何人もの主人が何回もリピの身体を抱いて、彼に性奴隷の道を歩ませた。


「……ちょっと様子を見てくる」


 俺は、はっきりとした答えを出さなかった。ずるい人間だという自覚はあるが、考えがまとまらないのだ。


 この唯一の機会を無駄にしたくはない邪な気持ちがある。同時に、友人にお膳立てされてリピを抱くという抵抗感が少なからずあった。


 俺は深呼吸を一つしてから、店の奥にある加工場に向かった。リピを心配する気持ちがあったのは確かだったからだ。

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