第7話性奴隷は天才職人



「そもそも……最高傑作はあっても、誰にも負けない職人なんていませんよ」


 リピは、魔石宝飾職人のコンテストというものを否定的に見ているようだった。いや、それよりも驚くべきは性奴隷でしかないリピが宝飾品についての審美眼を持っていたことだろうか。


 今までのリピの言葉に、ユーザリは口出しをしていない。ということは、リピの言葉に間違いはないのだろう。


 それと同時に、ユーザリはリピと同じ事に気がついていたことになる。つまり、ファナが実父の作品を自分のものだと言い張っていたということだ。


 分かっていながら対処しなかったのなら、店の経営者としては正気の沙汰ではない。しかし、男女の仲でならば……。


 俺は、深呼吸して心を落ち着かせる。


 恋人の秘密を怖くて追求できないのは、恋愛事ではよくある話だ。ユーザリとファナの場合は、そこに店が絡んでくるから面倒くさい。


「随分と宝飾品に詳しいな。その……」


 ユーザリは、リピの顔を見て言いよどんだ。


 酔っ払った勢いで奴隷を買ったという失態は、しっかりと記憶していたらしい。ただし、扱いあぐねいている。


 酔っ払った勢いで犬猫を拾ってきても判断に困るのだから、奴隷ならば当然だろう。


「改めまして、リピと申します。昨晩は、お買い上げのほどありがとうございました。誠心誠意勤めさせて頂きますので、よろしくお願いします」


 店で習ったらしい挨拶の定例文と共に、リピは穏やかな笑顔を見せた。あなたの人性のお邪魔にはなりませんとでも言いたげである。


 ユーザリは小さな声で「返品はできないし……」と呟いた。俺が予想していた通り、リピの扱いには困っている様子だ。


「とりあえず、リピ。お前が宝飾品……魔石の加工について詳しい理由を教えてくれ」


 そのことが一番に気になったのは、実にユーザリらしいことだ。


「僕は母と別れて一人立ちしてからは、最初は石宝飾職人をしていた方に仕えていました。その方は年齢のために、お仕事は引退していたのですが……。そのときに色々なことを教わったんです」


 リピは、あの店に最初からいたわけではないらしい。


 奴隷の主人が変わるということは、さほど珍しくはない。個人所有の奴隷の子供は、働ける年齢になったら売られるか生家に仕えるかで運命が大きく分かれる。


 生家で仕事に従事する場合は一生涯そのままということもあるが、大抵の奴隷は持ち主を転々とするものだ。なにせ、奴隷には貨幣価値がある。普通の売買だけではなく、遺産相続や借金のカタで売られることもあった。


 リピがどのような経緯で親元を離れたのかは不明だが、子供時代は独居老人の身の回りの世話をしていたと言う話だ。家族や家政婦を拒否していた老人だったが、リピだけは受け入れたらしい。


 というより世話役として使わなかったら、悪い噂がある人間にリピを譲り渡すと家族が老人を脅したという。どこだって頑固な老人の世話には困るものだが、家族は中々に酷い脅しを考えたものである。


 奴隷であっても子供が辛い目に合うのは、頑固な老人であってもしのびなかったようだ。仕事をさせて、ついでに自分の技術もリピに教えた。


 リピの魔石の加工について知識があるのは、そのときに叩き込まれた結果らしい。


 思い出してみれば、リピは昨日から店の事や魔石には興味を示していた。彼にとっては、戻ってこられないと考えていた古巣に帰ることが出来た興奮があったのだろうか。


「最初の御主人様がなくなった後に、別の御主人様のところに行きました。それをいくらか繰り返して……今にいたります。あの店に行き着くまで、御主人様や御家族の夜の相手をすることも多くて。その家の女性に追い出されていました」


 俺たちよりも若く見えるリピだが、エルフの血統だけあって成長が遅いのは間違いないらしい。動くことが出来ていた元気な老人を看取るだけの時間は過ごしている。


 そして、後半の人生については美形の奴隷にありがちなことだ。主人と関係を持ち、家族に嫉妬されて追い出される。リピのどの美しさならば、手を出したくなる元主人たちの気持ちが理解できた。


「本当に教えた程度なのか……。道具に頼らずに宝石の細部を観察できたのは、視力が良かったエルフの血だということにしておく。だが、指摘は的確だった。教えてもらった程度ではなくて、後継者になれるぐらいには仕込まれたはずだ」


 ユーザリは、リピが宝石を加工できると睨んでいるようだ。俺としては、それはないのではないかと思う。


 老人がリピをどのように扱っていたのかは分からないが、奴隷に自分の家業である魔石加工を教えるのは不自然だと思うのだ。魔石の加工は特殊な技術が必要になるが、奴隷にさせるのは単純労働が普通である。


 頭の良い奴隷のなかには、主人左腕となって店の中核を担うこともあった。その場合は主が国に金を支払って、奴隷を平民の身分にしたりする。本人の法的な制限を緩めて、さらに商売に邁進してもらうためである。


「僕に加工を教えてくださった御主人様は、先人の職人は後進の職人に負けるためにいると言っていました。だから、より優れたものが生み出されるって。……その言葉を体現するために、師を超えたものだと僕が自負しています」


 その言葉に、俺は生唾を飲み込んだ。


 リピの姿は、奴隷のものとは思えないほどに堂々としていた。ファナは主人の邪魔をしないようにしているせいもあって、控えめな言動をとっていた。なのに、この瞬間だけは自信に溢れている。こんな姿は、ファナでだって見たことがない。


「勝手をしてしまいましたが、これを……。床に落ちていた魔石で作りました。どうしても、御主人様にお渡しをしたくて」


 リピは、ユーザリの掌のなかに薔薇の花を落とす。


 それは、魔石で作られた小さな薔薇だった。大きさは人差し指の爪ほどしかないのに、驚くほど薔薇の特徴を捕らえている。まるで生花であるかのような繊細なそれは、元が床に転がっていた小さな魔石だとは思えないほどに深い赤色を称えていた。


 俺は、 米粒に祈りの言葉を書いた東洋人の話を思い出していた。小石に花弁の細工をする作業は、それを超える精密さが必要になるのだろう。


 魔石は魔力を注入する量で、色の濃さを変える。薔薇の香りまでも再現してしまいそうなビロードを思わせる真紅は、俺にも見覚えがあるものだった。


 リピを購入するために、ユーザリが支払いに使った指輪である。その指輪の石が、小さいながらも寸分の狂いもなく再現されていたのだ


「これは……モーゼルの模倣なのか。いや、そもそもサイズも石の品質だって違いすぎるっていうのに」


 ユーザリは拡大鏡を取り出してきて、じっくりと石を観察していた。その横顔には、物の質を見極める商人の真剣さがあった。


 形や色合い。


 その全てが同じだと言うのに、大きさだけがあまりにも違う。魔石に詳しくない俺でも、小さい石の加工が難しいことは分かる。


 リピが親指の爪ほどしかない魔石を削って作ったものが、昨晩見た指輪の石の完璧な模倣だとしよう。その姿を小さな再現したリピの技術は、高名なモーゼルに勝っているということなのではないだろうか。


「中央部分に微かな傷が入れてある。中心部から色が濃くなるようにして魔力を注いで、色合いを調整したのか。他にも数か所はいっている傷も、色の微調整のため。硬度は犠牲になっているけど、これなら形と色だけの模倣は可能かも知れない……」


 ユーザリは、大きく息を吐いた。


 その目には、疲れが浮かんでいる。リピの技術を見極めるために全神経を使ったと言わんばかりだ。


「こんなものでは、大切な指輪の代わりにはならないと思いますけど……」


 リピは、ユーザリの掌ごと薔薇の魔石を優しく握った。その表情は優しく、慈愛に満ちた天の使いのようだ。


「ご主人様、どうか指輪を失ってまで僕を買ったことを後悔しないでください。これから、力の限りお仕えしますから……」


 リピは、ユーザリが大切な指輪で自分を買ったということを気にしていたのである。だからこそ、指輪の石だけでも模倣したのだ。


 そこにあるのは、自分の力や技術を誇示したいという意思ではない。主を慰めるためだけに、リピは薔薇の花を作ったのである。


 全ては、交わした言葉すら少ない主人のため。


 あまりに盲目的に主を慕う姿は、奴隷の鏡とも言える。女店主はリピを素直と言ったが、まさにその通りだ。魔石が高すぎたりしなければ、容姿も込みで手放したくはない奴隷であっただろう。


「俺のために、これを作ったのか。酔っぱらった勢いで、お前を買ったっていうのに……」


 ユーザリは、酔っぱらった勢いでリピを買ったことを悪いと思っているようだ。それも、そうであろう。


 奴隷の運命は、主人が決める。


 誰かを自分の人生に巻き込むということは、もしかしたら結婚にも似ているのかもしれない。一度はファナとの結婚を決意したユーザリには、その重みを身をもって知っているだろう。


 だが、リピの場合は決意も何なかった。


 真面目なユーザリは、酔った勢いでリピを衝動買いした自分のことが許せなかったのだ。それと同時に、リピに対する罪悪感もあったに違いない。ユーザリとは、そういう人間なのだ。


「経緯がどうであれ、ご主人様に変わりはありません。それに、精一杯仕えると最初にお伝えしました。昨晩は肉体でお慰めできないのならばと思っての勝手な行為でしたが……」


 今後は好きにお使いください、とリピは微笑む。


 自分自身の身を捧げて、主人の全てを受け止める。それこそが、自分のあり様であるのだとリピは語るのだ。


 ユーザリは、一歩を踏み出した。


 それは、リピを受け入れるため。彼の微笑みを手に入れるための最初の一歩だった。


 リピは、魔石を加工できる高い技術を持っている。今のユーザリにとっては、それだけで喉から手が出るほどに欲しい人材だ。


 いつかは、それ以上になる。


 学生時代からの付き合いである俺には、未来が分かった。分かりたくなくとも、未来が見えてしまうのだ。


 ユーザリは、リピが魔石加工の技術を持たなくとも彼を手放せなくなる。自分の人生の一部にリピを組み入れて、大切に愛くしむ。


 婚約者に手酷く別れを告げられ、傷ついた心。その心に献身的に寄り添う無垢な魂など捨てられるものか。


 ユーザリは、リピの腕を引いた。


 細いリピの身体が、ユーザリの胸の中に納まる。その勢いでふわりと巻き上がるのは、リピの淡い色の金髪。俺は、その軌道を目で追ってしまう


 突然の新しい主の行動に、自分は何をすればいいのか分からなくてリピは戸惑っている。その様子が未熟な子供じみていて、とても可愛らしい。


 この表情は、リピを抱きしめているユーザリは見ることが出来ない。だからこそ、ユーザリの立場に自分がなれない事は悔しくなった。


 あまりにも未練がましい感情だ。自分で自分が嫌になった。


 これで、はっきりした。


 ユーザリが、リピを手放す可能性はなくなった。俺が、リピを手に入れることはないだろう。


「ファナ、俺はリピが作ったものを売る。もう決めたんだ。こいつは、俺だけの奴隷だ」


 ユーザリは、そう宣言した。


 その人生の決断に対して、俺は何も言えなかった。代わりに、自分の感情を表に出さないように必死に微笑む。


 俺の内面を神様が覗き見たら、あまりの滑稽さに笑い転げるだろう。あるいは、この光景を見たいが故にユーザリにリピを与えたのかもしれない。



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