第5話元婚約者のパトロン


「何をしに来たんだ!」


 俺は、そんな怒鳴り声で叩き起こされた。


 声の主はユーザリで、方向は店舗のスペースだ。リピの件でトラブルが起きたのかと考えて、俺は真っ青になった。


 リピの客には、男の急所にピアスを付ける猟奇的な人間だっていたのだ。そいつがやって来て、リピをよこせと言っているのかもしれない。


 慌ててソファーから飛び起きて、声がした方に向かう。いくらなんでも急所にピアスな客に連れて行かれるのは、リピが可愛いそうすぎる。


 だが、俺の心配は杞憂だった。


「私の可愛いファナのものになる店の下見だよ。それに、この店の所有権は君のものだとは確定していない。ファナがいれば、私だって店にはいつでも自由にはいることが出来るんだよ」


 店舗スペースにいたのは、テオルデ・アシアルという優男である。歳こそ俺たちとさほど変わらないが、あちらは商売を手広くやって大きな儲けを出していた。


 元々は男爵家だったというが、今は爵位を剥奪されて一市民となっている家系だ。それでも貴族社会にいたというブランド力で、高級家具や絵画といったものを扱う商売をしている。


 俺たち商人が金儲けをしている隣で、貴族が借金を重ねて没落していくのが今の時代だ。それでも、上流階級という言葉のブランドには未だに力があった。


 一代にして成り上がった金持ちは、特に華やかだった貴族の生活と時代に憧れた。彼らは、テアルデが仕入れてくる貴族たちのお古を喜んで購入するのである。


 なお、そのお古には付加価値がたっぷりと付いている。その付加価値で、テアルデは儲けているようだ。


 しかし、俺たちのように昔から貴族相手にも商売をやっていた者達からは、テアルデの評判は良くない。


 いくら付加価値の付いたといっても商品の質も良くないし、なかには偽物も混ざっているとも聞く。あまり信用ならない商人というのが、俺のテアルデへの評価だった。ユーザリの問題がなければ、俺だって関わりたくもない。


 ユーザリの店の所有権についてテアルデが手を回したと俺が考えたのも、テオルデに良い印象を抱いていなかったというのが根本にある。


「店は、元をたどれば俺の祖母の土地だ。裁判になれば、勝つのは俺で間違いない。そっちだって分かっているんだから、さっさと訴えを取り下げろ!商売が出来なくなって、こっちは迷惑なんだよ!!」


 ユーザリは、テアルデを怒鳴りつける。


 銀髪を丁寧に撫でつけているテアルデは、見た目だけならば今でも貴族のようないでたちだ。貴族紳士の嗜みである象牙の持ち手のついた杖まで持って、そこら辺の商人とは格が違うのだと言いたげである。


「でも、店を再開したところで職人がいないんだろう。どうやって、経営をしていくんだい?」


 テアルデの言葉に、ユーザリは悔しそうな顔をする。憎たらしいことだが。テオルデの言葉は正論だ。


 ユーザリが経営するような宝飾店は、お抱えの職人がいるのが普通である。その職人が、店内に並べる商品の製作を担うのだ。


 職人であるファナは、テアルデの元に去ってしまっていた。


 ユーザリの店には、商品を作り出す職人がいないのである。


「……今から探すんだよ」


 ユーザリの言葉には、勢いがなかった。


 腕の良い職人は、他の店が放したがらないだろう。だからといって、そこら辺の職人では話にならない。ユーザリが欲しいのは、一人前を超えた一流の職人だ。


 ユーザリの店は、親の代から高品質な宝飾品を売りにしている。貴族にさえも魅了する宝飾品は、ファナの父親の作品である。彼もまた一流の職人であり、半年ほど前に事故で亡くなるまで作品を作り続けた。


 娘のファナが後を継いでも作品の素晴らしさは変わらず、ユーザリはそれを誇りにしていた。故に、生半可な職人は雇いたくないのだ。


 それに、少しでも品質が落ちれば店の評判にも関わってしまうだろう。良い店の悪評というのは、想像以上にあっという間に広まるのだ。


「まぁ、資金が底をつくまでは足掻けばいいさ。もっとも、引き時を見定めるのも大切なことだけどね」


 ユーザリが言い返せないでいれば、もう一人の来訪者が現れた。


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