第4話開店できない宝飾店
「久々に来たけど、さすがに掃除は行き届いているみたいだな」
俺はユーザリの財布の中から自宅兼店舗のカギを失敬して、内部に無事に侵入した。
学生のときから財布にカギを入れるのは、ユーザリの悪癖だった。財布を落とした時にカギまで失くすから止めろ、と言ったこともあるのに治る気配がない。
店としては開けていないが、商品を飾るショーケースには指紋の一つもついていなかった。床にも埃はなく、明日になれば普通に営業するかのような光景だ。
物騒だからなのかショーケースのなかにあるはずの商品たちは全て撤収されていたが、営業再開となればすぐにでもきらびやかな宝飾品が並ぶであろう。
「リピ、住居スペースはこっちだ」
空っぽの店というのが珍しいらしい。リピはきょろきょろしていたが、小さな声で「宝石屋さんだ」と子供のように呟いた。
俺の家も同じだが、家と店舗がくっついているというのは利点もあるが難点も多い。
そのなかでも誰でも悩む問題は、店にあるべき物が住居スペースを段々と圧迫していくことだろう。在庫や掃除道具、書類といった必要物品は本来ならば店舗のスペースに置いてあるべきである。
だが、人間というのは「置けるスペースがあれば、そこにも置く」という選択をしてしまう存在だ。故に、荷物問題は永遠に解決しないのである。
「こっちは、加工場だったか……」
俺が間違えて開いたドアは、本来ならばユーザリの婚約者が使っていた魔石の加工部屋だった。俺のような素人にはミシンのようにしか見えない機械が置いてあり、ファナもあれで魔石を削っていたのであろう。
棚の上には沢山の宝飾品が並んでいて、その見事な作品たちがファナの作品のはすだ。いや、棚の上だけではない。加工場には小さな箱が数えきれないほど置いてあって、その一つ一つに商品が入っているはずである。
在庫が多すぎるとも思ったが、職人は働き方が様々だ。ファナは作品を一気に作ってしまうタイプだったのかもしれない。
「あの……アゼル様。こちらの魔石を預からせていただいてもよろしいでしょうか?」
リピが手に持っていたのは、親指の爪ほどの魔石だった。床に転がっていたものを拾ったのだという。床に落ちていたということは、ゴミ同然のものだろう。
「いいと思うが、何をするんだ?」
魔石は、それ単体では木炭のような見た目をしている。黒々としているが研磨しながら魔力を流すことによって、色が変わる性質を持っていた。
このように魔力に反応することから魔石と呼ばれているが、色が変わる以外の利点はないので現代では宝飾品にしか使われない。
大昔には神が宿る石や奇跡を起こす石と呼ばれていた事もあったそうだが、歴史というよりは神話の時代の話である。
「ご主人様に、少しでも元気になって欲しいんです」
にこり、とリピは笑う。
購入されて数時間だというのに、すっかりユーザリを主としてリピは慕っている。女店主は、リピのことを素直と言っていたが本当である。リピは、珍しいぐらいに擦れていない。人の欲望しか知らない性奴隷だというのに、彼の心根はどこまでも無垢だ。
これは、エルフの成長の遅さに起因しているのだろうか。精神年齢が幼いから、俺には必要以上にリピが綺麗な存在に思えているのだろうか。
俺はユーザリの寝室を探り当てて、友人の身体をベッドに降ろした。自分自身は、部屋のソファーで適当に寝ることにする。
本当はリピをソファーに寝かせてやりたかったが、断られてしまった。奴隷相手なので仕方がない。奴隷が主人の友人を押しのけるなどあってはならないことなのだ。
俺が帰ればリピはソファーに寝られるのだろうが、それではユーザリが起きた時に面倒なことになるだろう。なにせ、俺は今夜起きたことの生き証人でもあるのだから。
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