第3話健気な性奴隷
奴隷は物を所有することは出来ない。
それは衣服も同じだが、さすがに裸で外を歩かせるわけにはいかない。
サービスだからと言って、店で着ていたものとは違う一般的な服を女店主はリピに着せてくれた。男物の洋服だが、リピが全体的に細いせいもあって丈は合っているのにぶかぶかになってしまっている。
「重いですよね。ご主人様は、僕が背負いますよ」
リピは、そのように申し出てくれた。
しかし、細すぎるリピがユーザリを背負ったりしたら潰れる未来しか見えない。そのため、俺は丁寧に断った。
それにしても、酒に強くないユーザリを背負って歩くなんて学生の頃に戻ったようだった。あの頃も、何度かユーザリが酔いつぶれたことがあったのだ。今日は最初からこうなるだろうなとは予想していたが、帰りの同行人が増えるとは夢にも思っていなかった。
静かな夜の街は、酔っ払いの熱い頬も適度に冷ましてくれる。そうなると酔っていた俺の頭も冷静になっていって、これからのことを考え始めていた。
酔いが覚めて冷静になったユーザリは、リピのことを受け止められるだろうかと考えた。
ユーザリは酔っぱらって記憶が飛ぶタイプではないので、起きたことはしっかりと覚えているはずである。リピを買ったことだって覚えているはずだ。
しかし、その後を受け入れられるかと言えば話が違う。
学生時代からユーザリのことは知っているが、元婚約者以外の相手になびくという姿は一度も見たことがない。相手によっぽど入れ込んでいたのだろう。遊びたい盛りの学生たちのなかでは、ユーザリは硬派な人間にさえ見えた。そういえば、合コンにも一度も来たことがない。
そのせいもあって、ユーザリが性奴隷を所有して喜ぶという姿が想像できないのだ。
性奴隷なんて嗜好品を所有したがる人間は、自分の富を見せつけるために奴隷を使う。美しい性奴隷に相手を接待させて鑑賞したり、わざと客の眼の前で性奴隷を使って遊んで見せることすらあるらしい。リピのように教育を受けた性奴隷は、そのような悪趣味な客には喉から手が出るほどの欲しい存在であろう。
そんな悪趣味な事は、ユーザリはしない。
それに、いくら綺麗な顔をしているといってもリピは男だ。ユーザリの興味の範疇外という可能性もあった。遊んでいるユーザリを知らないのだから、彼の好みも知りようがない。
俺は、ふと考えた。
ユーザリが、リピを持て余したとしたら。その時には、俺にもリピを所有するチャンスが生まれるのだ。
リピを持て余したユーザリから、リピを買い取る。そして、俺のものにする。そうなれば、俺は自然にリピの全てに触れる権利を手に入れることが出来るのである。
「あの……」
消え入りそうな声で、リピは俺に話しかける。
頭の中の妄想が溢れたのではないかとありえない考えに慌てたが、俺の心配など杞憂だった。リピの質問は、ごく単純なものだったからだ。
「失礼ですが、あなたはご主人様の御友人ですよね?これから、なんと御呼びすればいいのでしょうか」
そういえば、リピは俺の名前を知らなかった。
それに自分の所有権があるユーザリなら『ご主人様』と呼ぶだけで済むが、その友人となると呼び方も難しいであろう。
「あっと……俺の本名はアゼルだから、それでいい」
様は付けなくていいと言いたがったが、リピの立場では難しい。平民と貴族の間に決定的な身分差があるように、平民と奴隷にも差があるのだ。
「アゼル様は、ご主人様と親しいのですね。お店でも、とても仲が良さそうでしたし」
リピは無邪気に言ってくれるが、ユーザリの態度はなかなかに酷かったと思う。そして、それを面倒くさがって止めなかった俺も同罪だろう。
「僕の代金の代わりにした……あの指輪。すごく綺麗なものでしたけど」
何か思い入れがあるのですか、とリピは尋ねてきた。
婚約者に送る予定だった指輪だとは、俺は言えなかった。しかし、あの指輪が特別なものだったのは確かである。
魔石宝飾職人としてファナが憧れている人物の作品をわざわざ取り寄せて、それをプレゼントしようとした。そんなユーザリのマメさと健気さは、同じ男として頭が下がる。
同時に、それを路端の石ころのように捨てたくなった気持ちも理解できた。
「思い入れは……あったんだろうよ。だって、あれは高級品なんだぞ。たしか、モーグルっていう亡くなった職人の作品だって言っていたな」
職人の名前が表に出ることは一般的ではないが、それでもコンテストで賞などを取ったりすれば話は別だ。
モーグルという職人は最盛期にはあらゆる賞を総なめにして、凄腕の職人として業界の内外で有名になった。随分前に亡くなった人だが、その作品には未だにファンが多い。ファナも、その一人だった。
「それを捨てたいほどに傷ついているなら……。僕は、ご主人様を慰めることができるでしょうか」
どこか寂し気な声が聞こえて、俺の胸は痛んだ。
友人が心配されているというのに、俺はリピの優しさが自分に向けられることを望んでいたのだ。
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