第14話 推しのアイドルと海デート 前編

 

「うぅ……ゆうくん……寝てていい?」

「うん、着いたら起こすから大丈夫だよ」

「ありがと〜それではお言葉に甘えて〜」


 そう言って、音葉は隣の助手席ですやすやと眠り始めた。

 その幸せそうな寝顔を見るだけで、何だか嬉しくなる。


 今日は、音葉と日帰りで海水浴場に行く予定だ。

 まだ太陽が登りきっていない薄暗い空に、周りには長距離トラックばかりが走っていて、何だか不思議な気分にさせられる。


 そう思いつつ車を走らせると、だんだんと周りの景色がビルから自然へと変わって行く。

 普段は行かない場所に、早朝から行くのは何だかテンションが上がる。


 そして長いトンネルを抜けると、目の前には広大な海が広がっていた。

 登ってきた太陽の朝日で、海がキラキラと輝いていて、とても幻想的だ。


「おぉ……海だ〜〜!」

 と、俺は思わず大きな声を出してしまう。

 海を見たら『海だ〜〜!』と言ってしまうのは人の性だろう。


「ん〜……むにゃむにゃ……お〜!ほんとだ海だ〜!綺麗!!」

「あ、ごめんな音葉……起こしちゃって」

「気にしないで〜!それにしても綺麗な海だねぇ〜!」


 音葉は、海を見てテンションが上がったのか、とても興奮している。

 その子供の様に、無邪気ではしゃぐ音葉が可愛くて、微笑ましくなる。


 そうして、海水浴場へ向けてのんびりと海辺をドライブしていると、隣からシャッター音が聞こえる。

「ふふっ、運転してるゆうくんもカッコいいなぁ〜」

「ちょ!写真撮るなって!!」

「良いじゃん良いじゃん!私とゆうくんしか見ないんだし!」


 朝から音葉にカッコいいと言われると、何だか調子が狂う。

 俺は、恥ずかしい気持ちを抑えながら、車を走らせた。



 そんなことをしていると、俺たちはいつの間にか目的の海水浴場へ到着した。


「ふぅ〜!着いた〜!ゆうくん、運転お疲れ様!」

「いえいえ、それじゃ早速行こうか」

「やった〜!じゃあ水着になるね〜!」


 すると、助手席に座る音葉はTシャツを脱ぎ始める。


「ちょ、ちょ、音葉!?ここで着替えるの!?」

「うん、更衣室は混んでて大変だからねぇ〜」

 俺は、隣で何の躊躇も無く着替えを始める音葉を直視出来ずに、窓の外を見るしかなかった。


「ふぅ〜脱ぎ終わった〜って、ゆうくん?何でそっぽ向いてるの?」

「え、だって……音葉がここで着替えるって言うから……」

「ん……?あ!私、中に水着着て来てるんだよ!?ゆうくんの前で……その……裸になるわけないでしょ!まだ朝なのに……」

「あ、あぁ……なんだそう言うことか」

「もう……ゆうくんったらえっちなんだから……」

「わ、悪かったよ……」

 俺たちは、何だか気まずくなり、沈黙の時間が続く。


「じゃ、ゆうくん……日焼け止め……塗ってくれない?」

「お、おう……分かった」


 そして俺は、音葉に言われた通りに音葉の体に日焼け止めを塗る。

 音葉の体は相変わらず美しいボディラインで、ぷにぷにしているので体を触っているだけでドキドキする。


「……んっ……ちょっとゆうくん……手つきやらしいって……」

「べ、別に普通に塗ってるだけだろうが!」

「ふ〜ん、それじゃ、首の後ろもお願いしていい?」


 すると、音葉は後ろを向いて髪をかき上げる。

 音葉の髪からは、シャンプーのいい匂いがふわっと香り、美しいうなじが現れた。

 俺のドキドキはさらに加速して、思わずそのうなじを見入ってしまう。


「ど、どうしたの?ゆうくん?」

「な、何でもない……それじゃ塗るぞ……」


 そして、俺は照れ隠しから、少し乱暴に音葉の首筋を触る。

 すると、音葉は一瞬体をぴくりと硬直させた。


「わっ……ちょっと……ゆうくん乱暴だって……」

「わ、悪い……ごめんな……!」

「あ、いや……別に嫌じゃなかったよ……?」


 音葉は、少しとろっとした目で俺の方を見つめてくる。

 先ほどの無邪気さと、今の色気とのギャップに俺の心臓はもう限界であった。


 気付いた時には俺は音葉を助手席に押し倒して、唇を奪っていた。


「んっ……はっ…………ちょ!ゆうくん!こんな所でダメだって!朝だし、誰が見てるか分かんないよ!」

「音葉がえっちなのが悪いんだからな……」

「……あっ……ゆうくんのばかぁ……」

 音葉が俺を拒絶する腕には全く力が入っていなかった。






 そうして、気が付いた時には時刻は9時を回っていた。



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