第10話 推しのアイドルと猫カフェ

 



 梅雨に入り、毎日外は雨が降っていて湿度が高く、蒸し暑い空気が街を覆っていた。

 俺は、折角の休日だというのに、何だか気分が沈んでしまっていた。



「ねぇ、ゆうくん〜!私行ったことないから、猫カフェに行きたい!!」

「えぇ……家でのんびりしようよ……」

 俺は、外出する気力も湧かないのだが、一方で音葉はとても元気そうであった。


「えぇ……ゆうくん、つまんな〜い!……ねぇ行こうよ〜!」

「いや、そもそも何で猫カフェなんだ?」


 そう言うと、音葉がすかさずイソスタの画面を見せてくる。

 そこには、白と黒のスラリとした毛並みの猫が、お客さんの膝の上でとっても可愛く丸まっている動画だった。


「この子!ベーグルちゃんって言うんだけど、めちゃくちゃ可愛いの〜〜!!」

「う、うん……確かに可愛いな……」

「ね!家の近所だし、癒されに行こうよ〜!!」


 そして、音葉はキラキラした目でぶりっ子ポーズをする。

 流石は元アイドルで、自分を可愛くみせる術を完璧に理解しているようであった。


 そんな顔で見られたら、断れるはずもない。

 俺は、渋々猫カフェへと行くことにした。



 *****



 猫カフェに着き、扉を開けると、そこはふんわりとした猫の匂いが漂う心地良い空間だった。

 受付を済ませたら、手を洗い、注文したカフェラテを受け取る。

 食器には、可愛らしい猫の絵が描いてあり、とっても可愛い。


「ねぇねぇ!ゆうくん!猫ちゃん沢山!!あの子も……あっちの子も可愛い!!」

 音葉は、初めての猫カフェにとても興奮しているようだった。


 その姿を見ているだけで、何だか猫カフェに来て良かったと思える。


 俺たちは、空いている椅子を見つけて、隣同士で座った。

 店員さん曰く、「猫を追いかけたりせず、座って待ってあげてください。」とのことだ。


 音葉は、それに従って、今すぐにでも撫でたい気持ちを我慢して大人しく座っていた。

 目の前を通り過ぎる猫たちを、物欲しそうに見つめる姿はとても可愛らしい。


 すると、店の奥の方から、白と黒の可愛らしい猫が俺の膝の上に乗ってきた。

 猫は人に慣れていて、俺の膝の上でのんびりしている。

 名札には、ベーグルと書いてあった。


「お!君はさっきのベーグルちゃんか!すっごい可愛いね〜〜よしよし、いい子いい子〜」

 俺は、テンションが上がって、その猫の背中を優しく撫でる。

 ベーグルは膝の上で気持ちよさそうに、あくびをしていた。


「ちょっと!ゆうくんばっかりずるい〜!ほら〜こっちおいで〜おいで〜」

 音葉が必死に話しかけるものの、ベーグルはそっぽを向く。


「なんでぇ〜!?私のほう来てよ〜!」

「ふふっ、音葉触るか?」

「え、良いの〜!?触る触る〜」

 そして、音葉は俺の膝へと恐る恐る手を伸ばす。


 最初は音葉への警戒心を見せていたベーグルも、音葉の優しい撫で方に徐々に慣れていく。


「ねぇ、ゆうくん!この子、すごくフワフワしてる!かっわいい〜〜!」

 音葉は懸命にベーグルのことを撫で回す。

 その笑顔はとても輝いていて、アイドル時代を彷彿とさせた。


「……可愛いのはどっちだよ…………」

「ん?どうしたのゆうくん?」

「いーや、なんでもない」


 ベーグルは安心しきったのか、気持ちよさそうに喉をゴロゴロ鳴らしている。


 そうして俺たちは笑顔でベーグルと戯れながら、店内の雰囲気に包まれていった。

 窓の外では雨が降りしきり、湿度が高い中、俺たちはのんびりとした表情でベーグルと触れ合っていた。



 *****



 俺たちがのんびりとした時間を過ごしていると、いつの間にか時間になっていたので、俺たちは急いで店を出る。

 外へ出ると、雨がすでに上がっていて、梅雨のしっとりとした雰囲気が、晴れやかな日差しに変わっていた。


「ねぇ、ゆうくん、見て見て!空が明るくなってきたよ!」


 音葉が嬉しそうに指さす先には、雲が切れ、青空が広がっていた。

 道路に残る雨粒がキラキラと輝き、新緑の葉っぱたちが濡れて、一段と鮮やかに光っている。


「うわ〜!なんか気分もスッキリするね!!」

 俺は音葉と共に、外の世界が一変する美しい瞬間に心を奪われていた。



 そうして、手を繋いで歩いていると遠くに小さな虹が見えた。

 雨上がりの空気が澄んでいるためか、その虹は鮮やかな色彩を放っていた。



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