第8話 推しのアイドルと新婚旅行 後編
部屋に戻ると、音葉は鏡の前に立ち、ドライヤーで髪を乾かしている最中だった。
小さなドライヤーの音と、湿った髪を扱う音が静かな部屋に響いている。音葉の頬はまだ少し赤らんでいた。
俺は、その音葉の後ろ姿にどこか色っぽさを感じてしまう。
「お、ゆうくん!おかえり〜」
音葉は鏡越しに俺を見て微笑む。
窓から差し込む月の光が、彼女の髪の一筋をキラリと輝かせていた。
音葉にそっと近づくと、音葉の甘い香りを感じて、俺の胸は高鳴った。
俺の手がゆっくりと音葉の肩に触れると、音葉の肌の触感が俺の指先に伝わる。
そして、肌の温もりを確かめるように、音葉を抱きしめた。
音葉の身体から伝わる温かさ、そして心臓の鼓動が、俺の胸に深く響いた。
「ちょ……ゆうくん!?いきなりどうしたの……!?」
音葉は、突然の出来事に慌てふためいていた様だったが、俺がさらに強く抱きしめると、落ち着いたのか、俺の腕に頬を寄せてきた。
その強く赤らんだ頬はとても色っぽくて、俺の胸の鼓動はさらに高まった。
「ふふっ……私、初めてのアリーナの時より緊張してるかも……」
音葉は、そう笑って呟き、ドライヤーを洗面台に置く。
「ゆうくん……大好きだよ……」
そして、俺たちは再び唇を合わせた。
さっきよりも長く、幸せな時間を楽しんでいた。
部屋は静まり返り、俺たちはゆっくりと敷かれた布団にに横たわった。
音葉の姿が月明かりに照らされ、部屋の静寂が俺らを包む。
「その……私、初めてだから……優しくしてね……?」
「うん、もちろんだよ……」
俺たちは、お互いの気持ちを確かめるように、特別な時間を過ごした。
俺は今日という日を一生忘れることはないだろう。
*****
翌朝、目を覚ますと、そこには音葉が気持ち良さそうにに眠っていた。
俺はそっと音葉の額にキスをして、布団から抜け出した。
朝日が差し込む温かな部屋で、俺は静かに窓辺に座って、音葉が目覚めるのを待った。
「うぅ……ゆうくん……おはよ〜」
音葉は微笑みながら伸びをする。朝の光がキラリと当たり、音葉の髪を輝かせる。
「おはよう、音葉……よく眠れた?」
「ふふっ……ゆうくんのおかげでぐっすりだったよ」
そう言って、ニヤっと笑う音葉に俺は、思わず目を背けてしまう。
「あれ〜?ゆうくん……昨日はあんなに男らしかったのになぁ……?」
音葉のニヤニヤは止まらない。
「うるさいなぁ……忘れてくれ……」
「ゆうくんは相変わらず可愛いなぁ……もう一生忘れないんだからね!」
音葉は、俺の方を見てにこやかに笑う。そのとびきりの笑顔はとても可愛かった。
*****
そうして、俺たちは朝食を済まして、旅館を後にした。
今日は、このまま軽井沢まで行ってショッピングをしてから、帰る予定だ。
音葉は、結婚してから中々ショッピングに行けたなかったからか、とてもワクワクしている。
1時間ほど車を走らせて、俺たちは高級感漂うアウトレットへと着いた。
初夏の軽井沢は、青々とした緑が広がり、爽やかな風が心地よく吹き抜けていた。
音葉は、可愛らしさが感じられる、白シャツにパンツを組み合わせており、どこか透明感を感じる美しさがあった。
「ねぇねぇ!ゆうくん!これどうかな!?」
「あ!新作のワンピース!……めちゃくちゃ可愛い!!」
「う〜ん……あっちのもオシャレだなぁ……」
「わ〜!このネックレス!すっごい可愛い…………だけどちょっとお高い……」
アウトレットに着いた瞬間、音葉は楽しそうに色々な店を駆け回った。
俺の手を引いて駆け回る音葉は、まるで子供の頃に戻ったかのようでなんだか懐かしい気持ちになる。
「ねぇねぇ!これとこれ、どっちが良いかな?」
そう言う、音葉の両手には、夏らしい水色と黄色の2つのワンピースが掲げられていた。
「うーん……俺はどっちも可愛いと思うけど……音葉の好きな方選びなよ」
「はぁ……分かってないねぇ……私はゆうくんの為だけにオシャレするんだよ?ゆうくんに選んで貰わないと!」
音葉は、頬をぷくっと膨らませて、怒ったような仕草をしている。
その無邪気な雰囲気がとても可愛らしい。
「だったら……俺は水色が好きかな……」
「おっけ〜!水色ね!私もゆうくんならこっち選ぶと思ってたんだよねぇ〜」
そう言って、音葉は嬉しそうにお会計をした。
そうして、買い物を続けるうちに、時間はどんどん過ぎて行き、夕方になっていた。
俺たちは、併設されているカフェでのんびりとした時間を過ごしていた。
「ふぅ……楽しかったねぇ……」
音葉は、久々のショッピングに満足したのか、とても幸せそうな顔をしていた。
俺は、音葉がのどかな風景を楽しんでいる間に、小さな箱を取り出して、音葉に手渡す。
「え!?ゆうくんどうしたのそれ…………って私が欲しかったネックレスじゃん!」
音葉は、驚きつつもその顔には笑顔が溢れていた。
「音葉……俺と結婚してくれて、ありがとう!これからもよろしく……!」
音葉の目は、涙で潤んでいた。
「うん……!こちらこそよろしくね……!」
*****
そうして、俺たちは車に乗って自宅へと戻る。
音葉は疲れたのか、助手席ですぐに寝てしまった。
俺は、今回の旅行のことを思い出しながら車を走らせる。
隣に眠っている音葉の首には綺麗なネックレスが輝いていた。
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