第7話 推しのアイドルと新婚旅行 中編

 

 俺たちは、浴衣を返却し、夕暮れの静寂が漂う草津の温泉街の中にある、旅館へと向かった。

 木々の間から漏れる柔らかな月の光が俺たちを照らしていた。


「おぉ!あそこが旅館かな!風情があるねぇ〜」

 音葉はそう言って、楽しそうに旅館の暖簾をくぐっていった。


 するとそこには、厳かな雰囲気の庭園が広がっており、風に揺らぐ木々の葉が幻想的な雰囲気を醸し出している。

 少し進むと、「こんにちは、いらっしゃいませ」と、和服を着た女将さんが和やかな笑顔で出迎えてくれた。


「こんにちは。予約している白川です」

 と伝えて、チェックインを済ませると、俺たちの部屋へと案内された。

 部屋へと向かう廊下は、温かい雰囲気に包まれており、どこか硫黄の匂いが感じられた。


「そういえば、白川様。貸切風呂のご用意がございますが、いかがなさいますか?」

「ふぇ……!?ゆうくんと一緒にお風呂……!?…………ちょっと良いかも……」

 音葉は、そう呟いて、俺の方を下から見つめてくる。

 その顔で見られたら、断れるはずも無い。


「じゃ、じゃぁ……21時からで予約お願いします。」

「はい、かしこまりました。」

 女将さんは、俺たちの方を見て微笑んでいた。


 その後、俺たちは部屋に着くと備え付けの浴衣へと着替えた。

 さっきとは違った、質素な浴衣だったが、音葉の華奢な体が強調されていて、俺の胸は高鳴っていた。


 しばらくすると、部屋に夕食が運ばれてきて、俺はそれを音葉と二人きりで楽しんだ。




 *****



「さて……もうすぐ、予約した貸切風呂の時間だね」

「う、うん……そうだね……それじゃあ行こっか……!」

 そう言って、どこか緊張した面持ちの音葉が俺の方を見て来る。


 俺たちは、二人とも顔を赤らめながら貸切風呂へと向かった。




「わぁ……広いお風呂だねぇ〜!!」

 貸切風呂に着くと、音葉は嬉しそうに歓声をあげる。


「じゃ、じゃあ、ゆうくん……私先にお風呂入ってるから、後で来てね!!絶対にこっち向かないでね!!」

 そう言って、俺が後ろを向くと、音葉は浴衣の帯に手をかけて脱ぎ始めた。

 シュルシュルという衣擦れの音が聞こえて、俺はドキドキが止まらない。


(見れないからこそ、なんだか変にドキドキする……これはやばい……)

 そう考えながら、目を瞑っていると、後ろかろ声が聞こえる。


「ゆ、ゆうくん!準備終わったから、先にお風呂行ってるからね!」

 という声と共に脱衣所とお風呂場を仕切る引き戸が閉じられた。


(はぁ……緊張で死にそうだ……音葉と一緒にお風呂だなんて……)

 なんてことを考えながら、浴衣を脱いで引き戸を開ける。


 風呂場に足を踏み入れると、湯気が身体を包み込んだ。

 そして、立ち込める湯気の先に、音葉が顔を真っ赤にして、広い湯舟に浸かっていた。

 頭上には、今にも降ってきそうな、圧巻の星空が広がっていた。


 俺は、隣に座り、音葉の手を握る。

 音葉は一瞬驚いたように見えたが、そのまま握り返してくれる。

 音葉のくびれる所とふくらむ所がはっきりとした体つきは、小学生の頃とは違うのだと思い知らされて、何だかグッと来てしまう。


「そ、その……貸切風呂って何だか良いね……ゆうくんと一緒だとドキドキするけど……」

「そうだね……俺も音葉と来れてよかった……緊張がやばいけど……」

「ふふっ、ゆうくんのそういうとこ可愛いぞ〜!」

「うるさいなぁ……」


 音葉は、だんだんと緊張が解けて来たのか、時折笑顔を見せるようになってきた。


 こうして俺らは、しばらく湯船に浸かりながら、お互いの手を握りしめ、穏やかな時間を過ごした。

 お湯の中で、ゆっくりと身体を温めることで、緊張が解け、お互いの距離が近づいていく。

 音葉の柔らかい体が、俺の腕に直に触れて、俺のドキドキは最高潮に達していた。



「ねぇ……音葉さん……その…………」

「なぁに〜?ゆうくん?」

 音葉は、そう言って俺の顔を見つめてくる。


 そして、俺は音葉の手を握ったまま、ゆっくりと顔を近づける。

「えっ…………!?ゆうくん……!?ちょ……その!?…………んっ……」


 音葉は慌てて目を閉じ、俺は優しく唇を重ね合わせて、そのままパッと離れた。

 音葉の頬は真っ赤に染まっている。


「ちょっと!?キスするなら言ってよ!!」

「ご、ごめん……音葉さんが可愛かったから……つい……」

「うっ……たまに男らしいことされるとドキドキしちゃうじゃん……ばか……」

「え?今なんて……?」

「うるさい!もう限界!お風呂出るからあっち向いてて!!」


 俺がすぐに顔を背けると、お湯が流れ出る音と、引き戸が閉まる音が聞こえた。


(音葉の唇……めっちゃ柔らかかったな……)

 そう余韻に浸りながら、俺は一人湯船に浸かるのだった。




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