第5話 推しのアイドルと看病

「ゆうくん〜朝ですよ〜!起きて〜!!」

 朝、エプロンを付けた音葉は寝室へと入ってくる。

 相変わらずエプロン姿というのは、何かグッと来るものがある……となんだがぼんやりとした頭で考える。


「ほら、会社遅刻しちゃうよ…………って顔真っ赤だよ!?体調大丈夫!?」

 そう言って、音葉は俺の額に手を当てる。


「あっつ!風邪引いてるじゃん!今日はお仕事お休みね!」


 確かに体が怠い気もしたが、こんなことで仕事を休んでもいられない。


「いや、大したことないよ……大丈夫だから……」

 俺は起き上がってリビングに向かおうとした。



 すると次の瞬間、俺の視界はぐにゃりと曲がって、その場で倒れそうになった。


「ゆうくん!!危ない!!」

 そう言って、音葉は、俺の体に飛びついてくる。

 音葉がいなかったら、壁に頭をぶつけて怪我をしていたであろう。


「あぶな……ありがと、助かった……」

「もう!!こんなに体調悪いのに、無理しようとして!!ベッドで寝てなさい!!!」

「ごめんな……迷惑かけて……」

「私たちは、夫婦なんだから!困ったときは支えあわないと!」


 そして、音葉は俺をベッドに寝かしつけた後、体温計にコップに入った水、そして薬を持ってきた。


「ほら!ひとまず、体温測って!」


 音葉に言われるまま、渡された体温計を脇に挟む。

 程なくして、ピピっという電子音が鳴る。

 体温計の画面を見ると、そこには38.7℃と表示されていた。



「何度だった〜?」

「38度7分」

「そっか〜……結構あるね〜ほら、お薬持ってきたから、飲んで」

 そうして俺は、音葉に手渡された薬を飲み込む。


「会社には私から連絡しておくから!ゆうくんはしっかり休むこと!」

「分かったよ……」

「あ、朝ごはん作るね!お粥で良い?」

「悪いな……ありがと」

「ふふっ!ゆうくんの奥さんなんだからこれぐらい当たり前です!」


 その何処か誇らしげな音葉の表情は、とても愛らしかった。



 しばらくすると、音葉はお盆に土鍋を乗っけて持ってきた。

 俺は、それを太ももの上に乗せて、蓋を開ける。


 中身は、梅お粥であった。

 俺の体のことを想ってか、よく煮ており、消化しやすいようになっていた。


「ゆうくんのためを想って作った、特製梅お粥だよ!ほら、あったかいうちに食べて食べて!」


 俺は、そのお粥をまじまじと見つめる。

 つい数ヶ月前には、音葉が俺のためにお粥を作ってくれるなんてこと、有り得なかっただろう。

 自分が幸せ者だと自覚して、なんだか恥ずかしくなってしまう。


「どうしたんですか?……あ!もしかしてあ〜んして欲しいんですか!?」

「そ、そんなわけねぇだろ!自分で食べるよ!」

「まぁまぁ、そんなに恥ずかしがらないで!ほら、あ〜んしてあげるから〜!」


 こうなった音葉は、もう止められない。

 音葉は、スプーンに掬ったお粥を、念入りにふーふーして、俺の口へと運んできた。

 俺は、仕方なく口を開けて、それを受け入れる。


 音葉のお粥は、お米の味が存分に味わえる、塩分控えめの優しい味だった。

 何より、音葉が作ってくれたという事実で、何倍にも美味しく感じる。


「お味はどうですか……?」

「最高に美味しいよ……ありがとな……」

「ふふっ、私が作ったんだから当たり前だよ!ほら、もっと食べて!」




 *****




(ふぅ……だいぶ寝たな……今は夕方ぐらいか……?)


 そして、俺はベッドの上で体を起こす。

 外を見ると、美しい夕焼けが見えて、部屋中が橙色に染まっていた。


 ふと、足元を見ると、そこにはベッドに突っ伏して寝ている、音葉の姿があった。


「うぅ……ゆうくん……早く良くなってね……むにゃむにゃ……」

 音葉の周りは、柔らかな光で包まれており、いつもより美しく感じられた。


 俺は、音葉の頭を撫でながら、「ありがとな……」と呟いた。


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