Chapter 04

キラキラ、のちギスギス

「ふんっ、なによ」


 不機嫌な顔をしたメイラが、悪態をついた。


「たまったま、お子さまにぴったりのトンチでした――って、オチじゃないの。こんな事件解決しても、探偵の実力のうちには入らないわ」


「今回の手柄は、間違いなくロイのものだ。まっ、それは認めてやるよ。だが――」

 

 今度はフフンと、シルバーが不敵に鼻を鳴らす。探偵としての一丁前のプライドが許さないのは、彼もメイラとおなじであった。


「やはり、探偵という肩書きを名乗る以上は……もっとビッグな事件を解決して実力を示さないとなぁ」


「ビックな事件?」


 小首をかしげて尋ねるマリーナに、シルバーはより得意気な顔になって自身の顎を持ち上げる。


「ああ、そうだとも。例えば、身の毛もよだつような残忍な殺人事件とかな。じゃないと、運命の歯車はまわってはくれないぜ?」


「まぁ、シルバーって案外趣味が悪いのね」


 けげんに顔をしかめて、マリーナはぷいっとシルバーに背を向けた。


「ワタシはそんな不穏な事件はパスよ。……だからこそ、やっぱりワタシが解きたかったなぁ、その壺の謎。考えてみれば単純な仕掛けだったし、骨董商の若旦那さんに恩を売っておけば、いずれは――」


 などなど、好き勝手な負け惜しみを口々にするメイラたちは放っておいて――僕は懐中時計の針を確認した。時刻は正午を過ぎている。いい加減、探偵事務所へ戻らねばならない時間だ。


 ロイ、シトラス、メイラ、マリーナ、シルバー。僕は広場にそろっている探偵事務所の面々をいちべつした。ちなみに、今回の事件を提供してくれた骨董商の若旦那とは、ついさっき別れたばかりである。


 彼はさっそく手に入れた宝石を専門の鑑定に出すそうだ。宝石で得た金を借金の返済に当てて、祖父の代から続く大事な店を立て直すのだと熱く燃えていた。

 そこにはもう、最初に出会った気弱な青年の面影はすっかり失せていた。僕は安堵し、彼の成功を心から応援した。


 若旦那は『みなさんには、大変お世話になりました』と、ロイを筆頭に僕らヘリオス探偵事務所の一同に深々と頭を下げた。のちに、然るべきお礼を事務所あてにおくるとも言ってくれたが、それは秘書のシトラスが『今回は特例なので……』と丁重にお断りをした。


「ハロウさん! ぼーっとしていないで助けてよっ!」


 ロイの叫びに、回想にふけっていた僕はハッと我に返る。


 ささやかな事件を解決し、依頼人の若旦那が去ったことで場はお開きになった――かと思った。

 ところが、広場に集う人だかりは一向に小さくならない。むしろ壺の謎を解き、夢のようなお宝を目にしたことで、人々の熱気はより高まっていったのだ。


 なんだなんだと事情を知らずに広場へやってきた人にも、野次馬たちはいましがた自分らが目にした魔法を語った。そうして人の輪は、僕らが気づかぬうちに、どんどん大きくふくらんでいってしまったのだ。


 壺の底をかち割ったロイ少年は、特に引っぱりだこだ。「ぜひ、君に頼みたいことがある」と、あっちこっちから依頼の話を持ちかけられている。

 ……それがまた、現役探偵のメイラたちにとってはおもしろくない光景なのだ。


「ハロウさんは、ロイくんのことを頼みますね!」


 秘書のシトラスがきびっと指示を出し、僕がそれにうなずいて返す。事件を解決した以上、長居は無用だ。昼食を買い損ねたが、それはまぁ後でどうとでもなる。


「さっ、みなさん。これ以上、街の人たちが集まって混乱しないうちに、事務所へ戻りましょう。もちろん、今回のことはきちんと所長にも報告した上で――」


「ええっ、いま事務所に戻っちゃうの?」


 不満の声を上げたのは、マリーナだ。骨董商の若旦那という上客を結果的に逃してしまった彼女は、やはり口惜しさが残るのだろう。多勢にもまれているロイのほうをちらっと見て、こう続けた。


「せっかく、こんなに人が集まっているのよ? これって、ワタシたち探偵の名前を売り出すのに、うってつけの機会じゃないかしら?」


「あら。それはナイスな案ね、マリーナ」


 妹の提案に、めずらしく姉のメイラがほめ言葉を送る。同調する姉妹たちに、僕もシトラスも眉を寄せた。


「メイラさんまで、なにを……」


「そうだよ。事件の依頼は、まず事務所を通すのが決まりじゃないか。個人間でのやりとりはダメだよ。所長やシトラスさん、僕ら見習いを含めた探偵たちの目で検討をしてからじゃないと……」


 焦るのはよくない。

 と、忠告もかねて、僕は姉妹と向かい合った。


「君たちもギルのように、まぶしいスポットライトに当たることを夢見ているんだろうけれど……でも、無理にあんなやつと張り合うことはないさ。ギルにはギルのやり方があって、メイラとマリーナまでもがその後ろについても損をするだけだよ」


 僕はできるだけ親切に、建設的な意見を提供したつもりだった。しかし、欲にくらんだ二人には僕の意思など毛ほども通じなかった。


「あーもうっ! ギル、ギル、ギルって……みんな、うるさいわねッ!」


 癇癪かんしゃくを起こしたメイラが、その場で地団駄じだんだを踏む。それから彼女は、ぐいっと僕のほうへ顔を突き出し、目をギラつかせて詰め寄ってきた。


「ただでさえ、あの男のせいでアタシたちにろくな仕事がまわってこないのよ? ハロウ、あんたみたいなトロッちな見習い探偵には一生わかんないでしょうけど、こっちは人生賭けてんの! 真剣そのものなのよ! コロコロ転がってきたチャンスがあるのなら……ええ、喜んで地べたにいつくばってもつかみ取ってやるわ!」


 ショートカットヘアを逆立て、怒りのオーラをまとうメイラ。その威圧に僕がたじろぐと……今度は後ろから、ふくらはぎ辺りを誰かの靴先で小突かれる。「あたっ」と、痛む声を上げて振り返ってみれば、そこには妹のマリーナがいた。


「ワタシもカッチンときちゃったな、ハロウのその言い方」


 頬をふくらませて、マリーナがジト目で僕を睨んでくる。


「そうよね、足りないのは思いきりよね。ギルのように思いきって飛び込んじゃうこと……ふぅ、目が覚めたわ。ワタシ、次のお客は絶対に逃さないんだから」


「その意気だぜ、マリーナ。ハッハハ、無粋ぶすいな男はモテねぇぞ、ハロウ」


 マリーナとくれば当然、横からしゃしゃり出てくるのがシルバーだ。

 彼は馴れ馴れしく、僕の肩をポンポンと叩く。いかにも姉妹の味方面みかたづらする好青年を気取っているが、彼もまたギルに嫉妬と不満を抱く探偵の一人だ。肩をつかんでくる指の力が、心持ち強かった。


「別に、ギルのやつに負けを認めるわけじゃないが……オレたちにはもっと機会が必要なんだ。己の類いまれなる才能を生かし、明るい未来へ羽ばたくための大きな翼を広げる場ってやつが重要で――」


 以下略。シルバーの長ったらしい台詞はこの際、無視しておく。しかしどのみち、三人ともこの広場から離れる気はまったくないようだ。

 厄介やっかいな三人の探偵に囲まれてしまった僕こと、ハロウ・オーリン。さらに困ったことに、そこへ流れ星のごとく突っ込んできたのが、ロイであった。


「ハロウさん、後はよろしくね!」

 

 そう言って、少年は背にまわり僕を盾にした。

 人の波がどっと押し寄せてくる。迫りくる顔と顔と顔……その口が一斉に動き出す。


「うちのドラ息子が家を出ていったきりで――」

「おばあさんの盗み癖を直してほしくて――」

「妻が怪しいんだ。夕べも家からいなくなっていて――」

「となりの住人が毎晩、変なことを――」


 各々がやかましく好き勝手しゃべりたくるものだから、僕は耳を塞ぎたくなった。


(……ああっ、もう!)


 ただでさえ、僕は探偵三人に囲まれているから身動きがうまく取れない。それでも、もう強引にシトラスとロイを引っぱって、この場からなんとか逃げ出そうと決めた――その時であった。


 ピッピピィーッ! 


「!」


 甲高く響いた笛の音が、周囲の熱狂を切り裂いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る