ゆかいな探偵仲間たちⅢ

 そんな二人を尻目に、僕は事務所の秘書であるシトラスへ改めて視線を向けた。僕の目に気づくと、彼女は黙ってフルフルと首を左右に振る。もう手に負えませんと、半目の表情があきらめを物語っていた。


「ハァ、どうしていつもこうなるのでしょう。メイラさんも、シルバーさんも、我先われさきにと仕事を取り合うようになるなんて……」


「仕方がありませんよ。二人とも、ギルにだいぶ差をつけられてますから、かなり焦っているんです」


 肩を落とすシトラスを慰めるように、僕は言った。


「あの二人は事務所内でも、特にギルへの対抗心を熱く燃やしていますからね。自分の将来がかかっているんです、必死になって前に出たがる気持ちも、まぁ……わからなくないですよ」


 僕の言葉に「そうそう」と同意しながら、ロイが近寄ってきた。メイラの妹であるマリーナも、一緒にくっついている。


「あーやだなぁ。メイラさんも、シルバーさんも」


 依頼人そっちのけで火花をぶつけ合う二人の様子を見て、ロイが軽くため息をついた。


「こんな街のどんなかで小競り合いしちゃってさ。人もたくさん集まっているし、事務所に変な噂が立たなければいいんですけれどー」


 ぼやくようで、少年は心持ち楽しそうな雰囲気だ。「姉さんが躍起やっきになるのも無理ないわ」と、次に口を開いたマリーナが僕らにあることを話してくれた。


「見てわかると思うけど……あの若旦那さん、けっこうお金持ちのお坊ちゃんなのよね」


 ヘリオス探偵事務所へ依頼を寄こす客の層は、じつに様々に富んでいる。老いもいれば若きもいる、男であれば女のケースだって……そして貧富の差も当然に。


(どの依頼人に対しても公平に接すること。それは最低限のマナーとして心がけてはいるけれど……)


 探偵という職業以前に、一人の未来を夢見る若者としては……やはり金持ちや、上流の役職に就く依頼人を好みたがる。


(事件を解決したあかつきには多額の報酬だけじゃない、お近づきになったコネや後ろ盾を得られる可能性もあるんだ。探偵としてもはくがつくってもんさ)


 マリーナの話を聞いて、「君はいいのかい?」と僕は逆に聞き返してみた。


「相手がギルを指名しているとはいえ、最初は君の元に持ち込まれた依頼なんだろう? それがいまや、あの二人に横取りされそうになっているけれど……惜しくないの?」


「…………」


 僕の質問に、マリーナは長い睫毛まつげをまたたかせた。が、少しの沈黙ののちに、彼女はいやにあっさりと答えてくれた。


「そうねぇ、ワタシは遠慮しておくわ。あの二人みたいにがっつくタイプじゃないし」

「そう……」

「ふふっ。かわいくないのは、ちょっとごめんだわ」


 マリーナ・リトルは、姉のメイラより一つ年下さんだ。強気でしっかり者の姉のせいか、対照的に彼女にはまだ自由奔放じゆうほんぽうな少女といった雰囲気が漂っている。


 常に前に立つのはメイラだ。マリーナも探偵として個々で活躍しているものの、大抵は姉の後ろに大人しくくっついていた。

 しかし、賢く立ちまわる能は、この妹のほうが得意と見える。少なくとも僕の目にはそう映っている……だから今回も、純真な少女として振る舞う一方で、どこかでちゃっかり自分の利を手に入れようとするはずだ。


 僕はもう一度、例の若旦那さんを観察した。シルバーもわりと質のいい服を着ているが、若旦那のほうは衣服の素材に絹を使っているようだ。そのなめらかな光沢が、庶民との間に一線をかくす。


(上客を前に、彼らが必死に食いつくのも当然だ。事実、ギルの名が売れ出したのも――あいつが、とある有名人の依頼した事件を解決したことがきっかけらしいし……)


 服装を除けば、大変気弱そうで、ごくありきたりな青年にしか見えない。金というものは、どこの人間に取りくかわかったもんじゃないな……と僕はぼんやり思った。


「こうなったら、シルバー。アタシと勝負しなさい!」

「ほう、おもしろい! 望むところだぜ!」


 両者の間でどんどん勝手に進む話に、若旦那は「勝負?」と戸惑いの顔色を見せた。またしても本人の意向は無視され、メイラがシルバーに向かって大声で宣言を放つ。


「推理勝負よ! この依頼人を悩ませる事件とやらを、先に解いたほうが勝ちってことでいいわね?」


 シルバーの答えはもちろん、了承であった。

 勝負ごとがはじまると聞いて、広場の野次馬たちはますますおもしろそうだと盛り上がった。みんな暇人ばかりなのだろう。あと、昼時とあって商魂たくましい屋台の売り子たちが番重ばんじゅうを手に躍り出てきた。

 

 昼飯片手に楽しむ、探偵たちの推理勝負。いやはや、完全に見世物ショー扱いである。


「というわけで、悩める依頼人さんよ」


「は、はい……」


「本来なら、もっと腰を深く落ち着けるような上等なソファにくつろいでもらった上で、あんたを苦しませる事件の話にゆっくり耳を傾けたかったんだが――やむを得ない状況になってしまった」


「だから、ぼくはギルさんに……」


「くどいわねぇ。ギルの出る幕などないって、アタシらは言っているの。この探偵メイラ・リトルが華麗かれいな手腕をもって、あなたのお悩みを解決してあ・げ・る」


「いやあの、名探偵のかたに頼みたくって……」


「さぁ、このシルバーに教えてくれ! 依頼はなんだ? 殺人か、誘拐か、盗難か……いやいや、それとも――」


「なんだったかしら? たしかさっきお茶を飲んで聞いてた時は、その壺がどうこう言ってたわね」


「あうう……」


 左右には二人の探偵に挟まれ、さらにまわりには広場に集まった大勢に囲まれている。もはや、若旦那には逃げ場がない。

 僕は彼に、同情の眼差しだけを向けた。すると、ふいにシトラスが僕に声をかけてくる。


「ハロウさん、止めてくださる?」

「……えっ、僕がですか?」


 思わぬ頼みに眉を寄せると、シトラスはこくりとうなずいた。「ダメ元で」と無茶なことを言う彼女に、僕は「ダメ元か……」とうめいた。


「もうわたしがなにを言おうが、あの二人の耳には届きません。この場に所長がいればよかったのですが……」


 だったら、僕とておなじだ。

 と、悲しげな顔の秘書に言いたかった。念を入れて、僕はロイとマリーナのほうへ顔を向ける。だが、こっちの二人も僕をにえに差し出すかのように、のんきに手を振っていた。


 三人に頼まれて、しぶしぶ僕が出向くはめになった。持っていた買い物の荷物はとりあえず地面に置いておくことにして、僕はメイラたちの元へ歩み寄った。


「あの……メイラ、シルバー」


 すでに二人は若旦那の手から、彼が後生ごしょう大事そうに抱えている壺を無理やり取り上げようとしていた。僕がおずおずと声をかけると、二人はさっと顔を上げる。


「い、依頼人が嫌がっているよ。それと、こんな人の多い所で騒ぎを立てるなんて迷惑じゃないか。依頼のほうは、ひとまず事務所へ通してからでも――」


「あら? 見習いふぜいがいい度胸じゃないの」


 案の定、口が達者なメイラにぴしゃりと言われる。シルバーもうんうんとうなずいて、さらっと赤毛をなでた。


「そうだぜ。ここは見習い探偵の出番じゃあない。オレとメイラの真剣勝負……いわば魂を賭けた戦いでもあるんだ。しゃしゃり出てくるのは男としても無粋ぶすいってもんだぜ、ハロウ」


「それとも、なにかしら? 見習いのハロウも、この推理勝負に参加したいってわけ? ふふん、競争にてんで興味のない顔をして、やっぱりあんたも考えているとこは考えているのね」


 息の合った追い打ち攻撃だ。ただでさえ、事務所内での立場が低い僕だ、彼らを説得できるわけがない。というか、どうしてその時だけ見せる仲のよさを、君たちはもっと普段からよい方向に働かせられないのだろうか。


「ちがうよ、ただ僕は……」


「とにかく勝負に水を差すのは、やめやめ。おまえは迷惑っていうけれど――ほら、まわりを見てみろよ。このき立つ観衆の熱気というものをな!」


 シルバーに促されて、僕は集まった野次馬たちをぐるりと見渡した。最初の頃よりもずいぶんと数が増えている。たぶん、広場の三分の一は埋まっているんじゃないだろうか。

 なかには新聞記者のような男もまざっている。「ははぁ、おもしれぇことになってやがる。広場で探偵ショー……っと」となにやら不穏な単語をつぶやいて、開いた手帳にペンを走らせていた。


(まずいな、変なことを書かれたらどうしよう。こういうことになるから、目立つのはやめろって言いたいのに……ああもう! 後で面倒なことになっても僕は知らないぞ)


 人の気持ちなどつゆ知らず、メイラとシルバーはなお嫌みったらしい口で僕をつつく。「人質と猫質ねこじちを勘違いしちゃうような三流は一昨日おととい来るのね」と皮肉まで吐かれる始末だ。


 しまいには野次馬さえも僕にブーイングを投げてくる。僕はあきらめて、ロイ、シトラス、マリーナの元へ帰った。できることはやったぞと若干恨めしい目を向ければ、三人ともわかりきったような顔で僕を迎え入れてくれた。


 仕方がなく、僕ら四人はメイラとシルバーがぶつかり合う推理勝負を……もとい探偵ショーの成りゆきを脇で見守ることにした。

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