ゆかいな探偵仲間たちⅡ

(そう、なんだよなぁ……)


 グズグズ泣く青年こと骨董商こっとうしょうの若旦那を見下ろしながら、僕もため息をついた。

 

 四カ月前、僕が探偵事務所の仲間入りをした頃から、名探偵ギル・フォックスの名は世に広まっていた。それ以前のことは知らないが、それでも日に日に事務所へ届く依頼の手紙の量が増えていったのは、僕の目でもよくわかった。


 宣伝効果、というやつである。しかし、困ったことにどの依頼人も手紙にこの文句を添えた――『ぜひ名探偵ギル・フォックスにお願いしたい』と。


 事務所に持ち込まれる仕事は、内部の探偵たちで分担するのが基本である。だのに、どの依頼人もギルばかりを指名した。なかには彼でなければ仕事を依頼しないという者も現れ、目下もっか、僕たちの頭を悩ませている。


(その件で、メイラやほかの探偵がひどくイライラしているというのに……)


 己の成功を夢見る若者にとって、一人だけ脚光を浴びるギルの存在は目の上のたんこぶといえよう。下手をすれば、事務所全体の功績がすべてギル・フォックスの名声の陰に沈んでしまう……それがどんなに耐えがたいことなのか、僕にも察することはできた。


「お願いします、お願いします! どうか、僕の抱える大・大・大事件を解決してください!」


「浮気者っ! このメイラ・リトルという有能かつ、すばらしい探偵を目の前にしておきながら……結局、ギル目当てでアタシに近づいたのね? 絶対に許せないわ!」


 怒りに興奮するメイラ。後ろからシトラスが「だから、依頼は事務所を通して――」と注意するも、いまの彼女の耳には届かない。

 いまだ滑稽こっけいなことに、僕ら四人は一列につながったままだ。シトラスとメイラが引っぱるほどに、若旦那のしがみつく力も強くなる。僕はこけないよう、ひたすら踏ん張らなければならなかった。


 集まった野次馬たちも、おもしろがる一方である。誰も助けてはくれない……。

『見世物じゃないぞ、いい加減にしてくれ!』と、しびれを切らした僕が叫ぼうとした――その時であった。


「――フッ。ったく、見てらんねぇぜ」


 どこからともなく、また聞き慣れた声が耳に入る。

 野次馬たちが、妙にざわつきはじめた。みな一様に顔を上げて、なにかを指さしているものだから、僕もならって視線を向ける。

 すると、すぐ近くのパン屋の屋根の上――煙突えんとつ付近に、怪しい人影が立っていた。


(ん? あいつは……)


 風もそんなに強く吹いていないというのに、その男の明るい赤毛は横向きになびいていた。赤毛の男は広場にいる大勢の視線を一手に集めながらも、ちっとも臆する様子を見せない。ただ彼は堂々と、ました顔をして笑っていた。


「あっ、あれは!」


 僕の脚にすがりついていた骨董商の若旦那も、ようやく気づいたらしい。顔を上げて、まじまじと屋根の上にいる男を見つめた。


「ああっ、あのオーラ! 知的で自信満々の、人々を導くカリスマ性をたたえる、あの青年は……!」

「…………」


 汁気に汚れた顔が、ぱあっと希望に輝く。若旦那はようやく僕の脚から手を離して、立ち上がった。ちなみに急に手を離したものだから、彼の後ろでメイラとシトラスが地面の上にひっくり返った。


「あ、あなたがもしや――名探偵のギル・フォックスさんですか!?」


「フフッ……」


 感激のあまり声を震わせる若旦那に、赤毛の男は不敵な笑みを返した。なにも言葉を発さず、彼は屋根の上でただ格好いいポーズを取っている。……怖いのか、煙突に手をかけているところはダサいと僕は思ったが。


「なーにかっこつけてんのよ、シルバー!」


 屋根の上の男に向かって、地上のメイラが声を荒げた。

 たちまち、若旦那は「へっ?」と目を点にした。地べたにこけたまま、腕をブンブン振りまわしているメイラに顔を向けてから、彼はもう一度屋根のほうを見上げる。


 広場の野次馬たちが見つめるなか、赤毛の男は屋根の端まで移動した。かわらに手をつき、彼は恐る恐る腰を落とす。座った体制のまま、ゆっくり宙へ片足を出すと……地面に積んであった木箱の上にそっと靴底を下ろした。


 大げさなパフォーマンスを人に見せつけておいて、なんとしまりのない着地だろうか。他人のふりをしたくなったのは、きっと僕だけじゃないはずだ。

 ひとまず向こうは無視しておこう。僕は転んだシトラスのほうへ手を差し伸べた。


「えっと……あの人がギル・フォックスさんですよね?」

「ちがいますよ」


 こっそり小声で尋ねてきた若旦那に、僕はきっぱり答えた。僕の手に引っぱられて、立ち上がったシトラスも同様にうなずく。


「彼の名は、シルバー・ロードラインと申します」


「シル、バー……?」


「彼もまた、ヘリオス探偵事務所に所属する探偵の一人ですわ。残念ですが、あなたがご指名したいギル・フォックスではございません……ですが、探偵としての手腕は保証いたします」


「――残念は余計だが、ご紹介どうもありがとう」


 くだんのシルバーが、まっすぐ僕たちの元へやってきた。


 僕の髪より明るい赤毛を、横向きになびかせた男――シルバー・ロードライン。

 年は、僕とあまり変わりないらしい。胸元にヒダのついたシャツといい、鏡のように磨かれた皮の靴といい……彼はとてもしゃれた装いをしている。ナルシストっぽい仕草と早口が、あらゆる意味で印象的な青年だ。


「ああっ、そんなぁ……この人もギル・フォックスさんじゃないのか」

「しょげることはないさ、旦那。むしろあんたは自分でもびっくりするくらいの幸運の持ち主だと、歓喜に震えるべきなんだぜ?」


 そでにされても、あくまで強気というか……前向きにシルバーはしゃべり立てる。ご自慢のセットされた髪先をいじりながら、彼は自分の話を続けていった。


「ここにいる大勢の観客もご存じのとおり、いまやギル・フォックスの名は、我らがヘリオス探偵事務所の代名詞となりつつある。情けないことに、このシルバー……現状では、ギルのやつに先行を許してしまった」


 だが、あえて言おう!

 と急に語気を強めて、シルバーは声高に主張した。


「たとえ遅れを取ろうが、後ろから疾風しっぷうのごとく追い上げていけばいいこと。むしろ、そっちのほうがオレはな……がぜん燃える性質たちなのさ!」


「は、はぁ……」


「出遅れてしまったぶん、余力を満タンまでためて一気に追い抜けばいいってことだ。旦那、オレは二番手に甘んじるつまらない男じゃないぜ? 見ておけよ! 明後日あさっての新聞の一面を飾ってやるのは――このオレ、シルバー・ロードラインさまだ!」


 シルバーは集まった野次馬たちに向かって、またお決まりのかっこつけたポーズを取る。高らかな笑いが広場に響けば、ノリのいい何人かが拍手をくれた。

 一方で僕やシトラス、ロイにメイラ、マリーナはそろって白けた目を彼に向けていた。


「さっきも言ったが、あんたはじつに運がいい!」


 すっかり置いてきぼりの骨董商の若旦那に、シルバーは再び向き合って言った。


「たぶん、この瞬間で一生ぶんの運を使い果たしちまったな」

「それは逆に運が悪いのでは――じゃなくて!」


 変わらず壺を大事そうに抱えたまま、若旦那は身構えつつもシルバーに言い返した。


「ぼくはいま、人生最大のピンチを迎えているんです。もう、崖っぷちなんですよぉ! だから、けして幸運なわけでは――」


「喜んでくれ。じつにナイスなタイミングで、このオレの仕事のスケジュールが空いているんだからな!」


「うう、話を聞いてください……」


 シルバーのペースに乗せられ、哀れな若旦那は振りまわされっぱなしだ。さすがにかわいそうだったから、僕は「まぁ、とりあえずシルバーに言わせてやってください」と彼に耳打ちしておいた。


「なるほど、なるほど……人生最大のピンチ、か」


 大げさな仕草ののち、シルバーはあごに手を当てて考え込む。ようやく広場が静かになった――と僕が思ったのもつかの間、パチンと気取り屋が指を鳴らす。


「だったらなおさら、このシルバーがあんたの依頼を受けてやらなくっちゃな。そうと決まれば、シトラスさん」


 シルバーに呼ばれたシトラスが「はぁ、なんでしょう……」と困った顔で返事をする。


「依頼人が急を要されているんだ、今回ばかりは特例として認めてくれ。後で所長にもよろしく伝え――」

「お待ちっ! アタシを抜きにして、勝手に話を進めるんじゃないの!」


 当然、脇にいたメイラが憤慨ふんがいした。すでに自力で立ち上がっていた彼女は、素早くシルバーの元に詰め寄る。

 メイラとシルバー。かくして事件の依頼を巡って、二人の探偵のちゃちな争いがはじまった。

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