Chapter 03

ゆかいな探偵仲間たちⅠ

 買い物を終えた僕たちは、そのまま大通りを進んでいった。

 しばらく行くと、円形状にひらけた広場へと出る。時刻は正午前――お昼時ひるどきが近いということもあって、広場には軽食屋の出店がいくつも立ち並び、活気とともによい香りを漂わせていた。


 昼食になにか買っていこうかと、三人で話し合っていると……ふと、僕の目が広場の一角に留まる。なにかあったのか、その一角だけ人だかりができていた。


「このアタシが直々に、あなたを悩ませている事件をズバッと解決してあげると言っているのよ? ねぇ、いったいそれのなにが不満なのよ!」


 甲高かんだかく、そして強気な声が広場一帯に響き渡った。

 僕たちは三人ともぎょっとして、お互いの顔を見合わせた。なんだか妙に、聞き覚えのある女の声だったからだ。


 ドスのきいた声の後に「姉さん、そんなに大声を出したらダメじゃない。依頼人さんもほら、とてもびっくりしているわ」と可憐かれんな声色が続く。その声を耳にして、僕らはますます確信した。


「ちょ、ちょっとすみません。通してください……!」


 僕らは人だかりに近づくと、無理を言って、そのなかを割って進んだ。僕ことハロウ、ロイ、シトラスは最前までなんとか抜け出すと……そこには三人の男女の姿があった。


 一番最初に目についたのは、地べたに尻もちをつく青年の姿だった。面識のない人物だ。対峙たいじする女に怯えているのか、彼はしきりにびくびく震えている。


 青年は、とても仕立てのいい服を着ていた。頭にかぶっているぶどう酒色の円筒形の帽子も、その側面にあしらわれている金細工のブローチの飾りも、しゃれた味を出している。成人になったばかりといった若い風貌で――なぜか腕につぼを抱えていた。


 そして青年と向かい合うように、二人の若い娘が並んで立っていた。怯える彼とはじつに対照的に、肩をいからせ強い眼差しを向ける娘と、もう一人――その後ろに隠れながら困った顔を見せている娘がいた。


「メイラさん、マリーナさん!」


 真っ先に声を上げたのは、シトラスだった。異様な光景を前にして「いったい、これはなんの騒ぎですか?」と、年長の秘書はやや厳しい口調で二人の娘に問いかける。

 名を呼ばれたことで、二人はそろって僕たちのほうへ顔を向けた。僕、ロイ、シトラスの三人の姿を認知すると──メイラは顔をぷいと背け、マリーナはぎこちなく笑った。


「ああ、シトラスさんに、ロイくんまで」


 マリーナは愛想よく、パタパタと手を振った。一拍遅れて、彼女は僕の顔を見ると「それから、ハロウ」と後まわし気味に名をつけ足す。……いや、大して気にはしていないけれど。


 二人の娘のうち、困り顔で笑っているほうの名がマリーナ・リトル。丸っこい顔立ちの、腰まで届く黒髪を一本の三つ編みに結いた見目がじつに女の子らしい、可憐な娘である。


 そのとなりで、いかにも負けん気の強そうなオーラを出しているのが、メイラ・リトル。長髪のマリーナとは対照的に、こちらはおなじ色の黒髪をスパッと顎の下のラインできれいに切りそろえている……見た目も中身も、さばさまとした苛烈かれつな娘だ。


 姉のメイラに、妹のマリーナ――この二人は、ヘリオス探偵事務所に所属する姉妹探偵なのである。


「説明をいただけますか? お二人とも」


 きつく眉を寄せるシトラス。嫌なところを見つかってしまったとばかりに、メイラとマリーナは少々ばつが悪そうに肩を寄せていた。


「あはは……いつものことです。ちょこっと仕事に熱が入りすぎたうちの姉さんが、軽く暴走しているだけのことで――」


「マリーナ、余計なことは言わないで」


 姉のメイラからぴしゃりと言われて、マリーナは縮こまった。

 となりにいたロイが、僕の横腹をひじでつつく。彼は小声で「姉妹二人に男が一人……はたから見れば恋の修羅場しゅらばのように見えますね、ハロウさん」と言った。


 おもしろがっている場合じゃないよ。と、ロイに言い返してやりたがったが、僕もおおむね彼の意見に同意した。周囲に集まった野次馬たちも、そう捉えているようだ。

 他人の痴話ちわゲンカほど面白い娯楽はない。心なしか、徐々に見物する人だかりの輪が大きくなっているような気がした。


「なんだなんだ、男の浮気か? 三角関係のもつれか?」

「いいね、姉ちゃん! ここはガツンとかましたって!」

 

 とかなんとか……野次馬たちのガヤつきが、どんどん人を呼び寄せているようだ。さすがにこのままでは、まずい。ひとまず場所を移動することを提案しようと、僕がメイラたちの元に近づいた――その瞬間だった。


「も、もしかして! あなたたちも――!」

「うわっ!」


 僕は思わず声を上げた。だって、地べたに尻をついていた青年が突然、僕の脚にすがりついてきたのだから。


「あなたたちも! ヘリオス探偵事務所の関係者でしょうか!」


「な、なんですか、あなたは! ちょっと、離してくださいっ!」


「ぼぼっ、ぼく! 事件の依頼をしたいんです……もう、いますぐにでも解決しないと、うちの店が潰れちゃうんですよぉ!」


 壺を抱えつつ、器用に両腕でがっちりホールドされた。引きがしたくとも、僕の手はいま買い物の荷物で塞がれているのだ。なんとか片手だけは自由を利かせて青年の頭を押さえつけるも……当然、びくともしなかった。


「いだだっ……こけるから、やめて!」

「お願いしますよ! どうか、このとーり!」

「こらっ、ハロウ! 抜け駆けは許さないわッ!」


 僕の脚にすがりつく青年の、その両肩をつかんで、今度はメイラが彼を背中からひっぺ剥がそうとする。すると次に、慌てたシトラスがメイラを止めようとして――僕、壺の青年、メイラ、シトラスの並びで、ひと繋がりの奇妙な列が出来上がってしまった。


(いったい、なんなんだ。この状況は……!)


 僕はそばにいたロイに助けてもらおうと、首を振り向かせた。しかし少年はいつの間にか、マリーナと一緒に離れた所に立っている。二人そろってニヤニヤおもしろおかしそうに、こっちを眺めていた。


「いいこと、ハロウ!」


 メイラがぎりっと、歯を食いしばって僕を睨む。


「その依頼人はアタシの獲物なの。見習い探偵ふぜいのあんたが、楽に仕事を横取りしようたって、そうはいかないんだからね!」


 勝手に因縁いんねんをつけてくるメイラ。そんな彼女を、背中からシトラスが厳しく注意する。


「メイラさん……何度も言っておりますが、お仕事の依頼は必ず事務所を通してからにしてください。それがルールです。事件の内容を所長も含めて、よく吟味ぎんみした上で……担当の探偵を決めることになっています、依頼の横取りもなにもありません!」


「フンッ。ルール、ルールとうるさいけれど、じっさいはどうだか……」


 メイラはせせら笑う。さげすむ視線を、今度は自分の目の前にいる青年へと向けた。


「そもそも、この依頼人だって――」

「お、お願いしますよぉ。もう、ぼくには時間がないんです……」


 青年は相変わらず大事そうに壺を抱えたまま、僕を離してくれない。僕がなだめようとしても、ひどく興奮しているのか話すら聞いてくれなかった。そのうち、彼の目からとうとうダバダバと涙があふれ出した。


「大事な店を手放したくないぃ……事件を解決してくださったあかつきには、必ず倍以上の報酬をお渡ししますから……」


 だから、どうか……。

 と、青年はうめく。目も鼻も水気にまみれた顔で、彼は僕のことを見上げながら言った。


「どうか、ギル・フォックスさんに事件の依頼を――!」

「…………」


 その一言で、僕はメイラが怒っている理由がはっきりわかった。


「ああ、なるほど。そういうことですか」


 ロイも納得したように、ポンっと手を叩いた。そのとなりでマリーナがあきれ顔で肩をすくめる。


「そうなの。この人もまた・・、名探偵のギルにお仕事を頼みたいってクチなのよ。……んもう、最近こういう人ばっかり増えて、ワタシもあきあきしちゃうわ」


 マリーナがすっと前に出て、おもむろに膝を折る。僕にすがりつく青年と目の高さを合わせると、彼女はよしよしと大きくずれた彼の帽子を優しくなでた。


「この人ね、街の東のほうに大きな店を構えている骨董品屋こっとうひんや若旦那わかだんなさんなの」

「骨董品屋の若旦那さん?」


 マリーナに言われて、僕はまじまじ足元の青年を眺めた。なるほど、いやに裕福ゆうふくそうな服装だとは思っていたが、彼の正体は商人だったか。年若くしてこの身なり……さぞかし、いいとこの出なのだろう。


「もとはワタシが担当していた別の事件――浮気調査のために出入りしていた、さるお屋敷でこの人とお知り合いになったの。ぜひ探偵事務所に依頼したいっていうから、たまたま居合わせていた姉さんもまぜて、さっきまでお茶をしながら彼の話を聞いていたのよ。だけど……」


「ははーん、わかりました。おおかた、探偵事務所の関係者であるお二人を通じて『直接、ギルさんに事件を依頼したい』という下心を隠し持っていたわけですか」


「ピンポーン、ロイくん大正解! そのとたんに、姉さんがブチギレちゃったの。ま、そうなるのも仕方がないんだけれど」


 ここ最近の依頼はみーんな、ギル指名ばっかりなんだもの。

 と、マリーナ・リトルは冷めきった口調で言った。

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