攻略難度Sクラスを想定していた生徒が○○だった時の気持ちを答えなさい ④

 

 幽霊云々の話をした二時間目の休み時間から数時間が経過し、放課後になった。特に何かのイベントがあった訳でもなかったので、割愛させてもらう。


「それじゃあ、冬司も部活頑張ってね!」


「そっちもな。また後で」


 教室で百と別れた俺は、鞄を肩に担いで部室のある旧校舎四階へと向かう。旧校舎は他の校舎と渡り廊下等で繋がっておらず、それなりに距離もあるため、一度玄関にて靴を履き替えなければならない。


 昨日は靴を脱いで入りはしたが、靴下も汚れるし上靴を持って行っておいた方がいいだろう。


「______セーンパイっ!」


「まーたお前か……」


 背中に軽い衝撃を感じて後ろを振り向くと、藍崎がおもちゃを見つけた子供のような満面の笑みで立っていた。


「むっ、何ですかその反応!折角、可愛い後輩が話しかけて上げてるって言うのに、思いやりが足りませんよ思いやりが!」


「それは人の足を蹴りながら言うセリフじゃねーな」


 下駄箱から靴を取り出している最中だと言うのに、俺のふくらはぎ辺りを藍崎がゲシゲシと蹴ってくる。痛く無いように加減はしてくれているが、絶妙に鬱陶しい。


「あれ、今日はもう帰るんですか?」


「……帰らねーよ、放課後はちょっとやることあるんだよ」


「まーた、何時ものですかー?偶には後輩ちゃんの荷物持ちでもするべきだと思うんですけどー」


「……この前したじゃん」


「アレは対価ありきですから。やっぱり先輩たるもの無償でやるべきではないかと」


 何その理論。学会に出したら二秒で否定されるから、速攻で焼却した方がいいよ。あと、俺はタダ働きが嫌いだ。俺を働かせたいのなら、それ相応の対価をもってこい。


「まぁ、先輩の日課を邪魔するのも可哀想ですし、今回は大人しく引き下がっておいてあげます。いやぁ、後輩が優しくて良かったですね」


 ドヤ顔でそんなこと言ってるけど、本当に優しい後輩は先輩を荷物持ちとして使ったりしないんだよ?この前なんて荷物めっちゃ重くて、何度荷物捨てて帰ってやろうかと思ったか分からないレベルだ。危うくハンガーラックの気持ちを理解出来る系男子になるところだったしな。


「それじゃ、先輩日課の情報収集頑張って下さいね。私は早く帰って家でゆっくり休みまーす」


「今日は情報収集じゃないぞ」


「え」


 呆気に取られたような声を出した藍崎は気にせず、履いた靴の先で地面をトントンと叩く。


「_____拙者遂に帰宅部に退部届を提出したで候……じゃっ、おつかれ」


 そのまま旧校舎に向かった俺の後ろから、驚いたような藍崎の声が聞こえたが、足を止めることなく目的地へと向かう。悪いが、初日から遅刻する訳にはいかないのだ。


 その後は特に誰とも出会うこと無く、目的の部屋までたどり着く。俺は一度だけ深呼吸した後、ネクタイを整えると、扉をノックし、部室へと足を踏み入れた。


「……ちゃんと来たのね。正直、忘れたフリでもしてドロップアウトする可能性も考えていたのだけれど」


「一応、取引したしな。それに、お前との約束を反故にする度胸は俺には無い」


「これで社会からもドロップアウトせずに済んだわね」


「怖ぇよ!」


 マジで何されるか分かったもんじゃないしな。弱みも握られてるし、安易にサボタージュをする訳にも行かない。


「それにしても本当に良かったわ。もし来なかったら貴方の教室に直接乗り込む気でいたから」


「マジでやめろ」


 高峰が教室に突撃した際に起きる出来事を脳内でシュミレートしてみて、その恐ろしい光景に背筋が震える。そんな事をされたら親友ポジにダメージが入るから、マジで勘弁して欲しい。


「そのくらい切羽詰まってるってことよ」


 ……なるほど。なりふり構ってられないってわけか。依頼の内容は知らないが、そこまで追い詰められる前に誰かに頼るという選択肢は無かったのだろうか。


「そういや昨日聞くの忘れてたが、依頼主は誰なんだ?あっ、あとお茶くれ」


「もうすぐ来ると思うけれど……貴方なら知ってはいると思うわ。あとお茶は少し待って頂戴。どうせなら依頼主と一緒に淹れるから」


 テスト勉強よりキャラ把握に力を入れている俺は、一年以外に顔を知らない生徒など存在しない。……勉強しろよって?______絶対に断る。


「因みに情報面での仕事以外で、俺は何をしたらいいんだ?」


「貴方と私はそもそも物の見方の違いが顕著だから、貴方なりの意見も言ってもらって構わないわ。自分で言うのも何だけど、私は……」


「頭硬そうだもんな」


「もう少し言葉を選びなさい」


 ……睨まれた、怖い。でも仕方ないじゃん。高嶺って見るからに頭硬そうなんだもん。


 足取りが少し軽やかな高嶺が手早く紅茶を淹れ始めたので、暇になった俺は、ぼんやりと依頼主の姿を想像し始めた。


 まず、俺の情報が必要な依頼ってなんだ?……それこそ人間関係の悩みとか、恋愛絡みの話になるのは必然だろう。学生にとって色恋沙汰の話は切っても切れぬものだし、人との縁も中々断ち切れないものだ。


 人間関係の情報というのは、高価で貴重で安易に取り扱うことが難しいものだ。人の口には戸は建てられないと言うが、俺しか知り得ない情報を易易と流そうものなら、あらゆる交渉材料を持とうが、今後の活動に支障がきたされる可能性もなくはない。


「言っとくが、話せる情報には限りがあるぞ?お前の口が軽いとは思わないが、やっぱそれなりの対価がないとな」


 情報とは薬であると同時に使い方を間違えれば、多くの人間を巻き込み破滅へと誘う毒にもなり得る。高嶺が誰かに口を滑らすとは考えにくいが、情報という薬の取り扱いには念には念を入れたとしても十分とは言い難いのだ。


「そこまで重大な秘密が必要になる訳じゃないと思うわ。それに対価が必要になれば、幾らでも払えるから安心して頂戴」


 流石は名家のご令嬢だ。とても学生とは思えないレベルで金銭面に余裕がある。余裕がなきゃ、学校の一室をこんな風に改造するなんて不可能だし、今更驚いたりなんかしないけどな。


「それと______」


 続けて質問をしようとした所で、扉がノックされる。どうやら、依頼主とやらが到着したらしい。


「入っていいわよ」


「_______失礼します!」


 淡々とした声音で返事をする高嶺とは対照的な明るい声が扉の向こう側から聞こえる。何処かで聞き覚えのある、その元気な声の主はガチャりと扉を開ける。


「_____一年Aクラス、佐山 茶南!先日に引き続きお邪魔いたします!」


 元気な挨拶と敬礼と共に部屋に入ってきたのは、件の陸上部特待生、佐山 茶南だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る