攻略難度Sクラスを想定していた生徒が○○だった時の気持ちを答えなさい①


 良い時間になったので旧校舎から退散した俺は、中庭のベンチに座って百が来るのを待っていた。春の陽気を楽しむことが出来るのも、梅雨に入るまでのあと少しの間だけ。


 ……というか、そう言う意味でもタイミングが良かったかもな。夏はイベントが多くてオーバーワークになる可能性があったが、今の時期はイベントが詰まってなくて割と余裕がある。新学期が始まりたての時期であれば多少は仕事もあるが、今は時期的には休息期間といえる。


「まぁ、運が良かったと思うか」


「______何が良かったの?」


 ボーッと夕焼け空を眺めていた俺の視界にに、百のキョトンとした顔が映り込む。どうやら、部活は終わったらしい。


「何でもない、ちょっとした独り言だ」


「それにしてはなんか疲れてるね」


「色々あったんだよ。ふぁ〜あ……眠くなってきたしさっさと帰るか」


 ベンチから立ち上がった俺は、腰を回してゴキゴキと音を鳴らすと、肩に鞄をかけた。そんな俺の様子を不思議そうな目で見てくる百だったが、特に追求してくることもなく、いつも通り二人で正門の方へと向かう。


「それにしても今日は部活終わるの早いな。何時もはもうちょい遅くまでやってるよな?」


「職員会議が長引いてるらしくて、ミーティングが無くなったんだよね」


「職員会議ねぇ……俺らの担任はしっかりやってんのかねぇ」


「はは……どうだろ?」


 俺の脳内には職員会議中に爆睡している担任の姿が鮮明に想像出来てしまった。百もその光景が容易に想像出来てしまったのか、困ったように苦笑いをしている。


「ところで冬司は放課後何してたの?図書室で読書?」


「……それがな________」


 俺は百に先程起こったことについて、少し内容を変えつつ、されど矛盾が生じないように説明をした。


「へぇ〜、高嶺さんがそんな部活を……」


「信じられるか?あの『他人の事なんか全く興味ありません』って顔した高嶺だぞ?明日は槍の雨じゃないかって疑っちまう」


「確かにちょっと意外だけど_______ありえなくもない、かな?」


「……マジ?『高嶺 希』だぞ?」


 俺とは違い、百は高嶺の『お助け部((仮))』設立にそこまで驚いていない様子だった。


「他の人からどう見えてるかは知らないけど、僕から見た高嶺さんは割と人と関わろうとしてるよ?……得意か不得意かは置いておくけどね」


「……俺のイメージとは真逆だな」


 俺のイメージしていた高嶺は、他人に一切の興味が無い、俺たちとは視点がかけ離れた存在だと思っていた。と言うか、今もその見解は変わらない。


 しかし百の視点では、高嶺は意外にも他人とコミュニケーションを取ろうと試みているらしい。


 同じく天性の才能を持つが故にシンパシーが沸き、無意識のうちに好印象を抱いているのか、それとも、俺の情報が間違っているのか。


 でも実際問題、高嶺が誰かと話してるところなんて見たことないんだよな。……そうなると、やっぱり百独自の視点による印象ということになるか。


「百って、高嶺と何か関わりあったか?」


「去年の文化祭で少し話した程度だね。結構その……人間らしかったよ」


 それだと、元々は人間だと思ってなかったみたいに聞こえるんだが。だが、確かに、彼処まで完璧だと本当に人間かどうか怪しく感じるのは分からなくもない。それにしたってもう少し言い方を考えてあげろよ。高嶺がどうかは知らんが、俺なら普通に泣くぞ。


「______あっ、そう言えば朝に冬司が言ってた一年生見掛けたよ!」


 暫く雑談しながら歩いていると、思い出したように目をキラキラさせながら話を始める陽向。ほほう?此奴から女の話を始めるとは、珍しいな。やはり百も男、おっぱいには弱かったか。


「ほぅ、どうだった?」


「_______足がすんごい速かった!こう、ギューンって感じだったよ!」


「……そっか」


 うん、そうだね。推薦で入ってきてるからそりゃ速いだろうね。でもね、そこじゃない。そこじゃないんだよ。お前が取り敢えず注目するべきは、その容姿なんだよ。何でお前はハーレム系主人公なのに、小学生みたいな感想言ってるんですかね。


 そこは思わずおっぱいに目が行って、顔面にサーカーボールが直撃するくらいして貰わないと困る。……いや、解釈違いなんでそれは出来れば辞めて頂こう。


「……?どうしたの?」


 ここまで澄んだ瞳で首を傾げられたら、間違っているのは俺なんじゃないかと思えてきた。


「……なんでもない。ほら、さっきのパンだぞ」


「わーい!」


 いや、此奴は此奴で色々考えてるのは分かってるんだが……パンに釣られる主人公って絵面的にどうなんだ。


 ニコニコしながらモグモグする百を横目に、夕陽が街に溶けていくのをぼんやりと眺める。夕陽はこんなに綺麗なのに、俺の心は相も変わらず晴れてくれない。


 やることも、調べなければ行けないことも山ほどあると言うのに、時間は無慈悲にも経っていく。光陰矢の如しとはよく言ったものだ。


「……タイムマシンとか落ちてねぇかな」


「僕は四次元ポ〇ットがいいな」


「なんで?」


「練習試合の時にボール持っていかなくていいじゃん」


 さすがはサッカーアホだ。こんな話でさえサッカーが割り込んでくるとは。お前はさっさとテレパシー能力にでも目覚めてハーレムメンバーの気持ちに気付いてくれ。


 そんな俺の願いは、思わず吐いた溜息と共に茜色の空に溶けていくのだった。








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