攻略難度Sクラスの女子から逃れる方法を答えなさい ④

「ふぃー……。やっと旧校舎に行ける」


 数学担当に押し付けられたノートを職員室に運びを終えた俺は、肩と首をぐるぐると回しながら旧校舎へと歩を進めていた。


 流石に一人で四十人分のノートと参考書を運ぶのは普通に重い。まぁ、確かに俺は暇だし、交友関係も広いからノート集めやすいけどさぁ……手伝ってくれたりとか、微塵もしてくれないんだよな他の奴ら。


 コレも親友ポジをキープする地道な努力ではあるから仕方ないと言えば、仕方ないか。


「……おー、桜谷。おはよう、何してんだ?」


「おっ、山ちゃんじゃん。おはよう。……と言っても、もう夕方だけどな」


 授業をサボって先程までぐっすり眠っていたらしい、顔に腕の後が付いている、Cクラスの山本が話しかけてくる。顔に恥じないモブっぷりを誇る男だが、そこそこいい情報を話してくれる優良株でもあるため、しっかり交友関係を持たねば、親友キャラ失格の烙印を食らってしまう。でも、この学校、山本が五人くらい居るのはどうにかならないのだろうか。


「山ちゃんは今から部活か。大変だな」


「いや、さっきまで寝てたからな!寧ろ朝より元気溌剌だぜ!」


「それは、良かった……?」


 坊主頭の山本はニコニコしながらバットを軽く振る。うーん、ホントモブ度高いな。俺も百のお陰でモブ感は出ていると思うんだが、山本ほどモブを出せるヤツは出会ったことがない。密かにに尊敬している存在の一人である。


「もうちょっとで練習試合だから、応援来いよ?」


「あー、まぁ……予定空いたら行く!」


「それ、ゼッテー来ねぇだろ!」


 山ちゃんには悪いが、折角の休日を練習試合の応援で潰してる暇は無い。なにも予定無かったら行くかもしれないが、新学期始まりたての今は少しばかり時期が悪い。


「悪い悪い、今度ちょっと安くブロマイド売ってやるから、今回は勘弁してくれ」


「……しょ、しょうがねーなー」


「じゃあ、またな」


 俺の甘言にまんまと乗った山本は鼻の下を伸びているのに気付かず、やれやれと言わんばかりに表情を取り繕う。やはり、思春期男子などこの戦略で簡単に落ちる。百?アレは別枠だ。


 言っておくが、お前ら一般モブには最初から定価より高めで売ってるから、値下げしたところで定価にしかならないのさ。


 そのあとも同じ様なモブ友に声をかけられながらも自分の教室に戻って鞄を取った俺は、四階の旧校舎に向かう。


 ちょっと時間を食ったが、まだまだ許容範囲内だ。百と帰る約束はしているが、まだまだ部活中だろうし、旧校舎に行ったところで時間には余裕がある。


「……相変わらず、雰囲気出てるな」


 学校内だと言うのに、死ぬほど機能性が悪い旧校舎へと辿り着いた俺は、とても今の時代にそぐわない不気味な雰囲気漂う、旧校舎に足を踏み入れる。


 踏みしめた床は何処からか入ってきた小石の性でとジャリジャリと音を鳴らし、風を受けた窓ガラスは今にも外れそうな位ガタガタと揺れている。


 一度潰して建て直す、という案も出たらしいが、機材の急な故障や、作業員の多くが工事中に突然不調を訴えたり、現場責任者が交通事故に巻き込まれたりと不可解な事故と相次ぎ、その案は取りやめになったのだそうだ。


 ちょっと摩訶不思議な話だが、噂は噂。気にしすぎる意味もないだろう。


「もう春かー……」


 ポケットに手を突っ込んで階段を登っていると、不意に差し込む光に目をすぼめる。つい先日までこの踊り場にも木の影が差していた筈だが、綺麗に枝が刈り取られ、以前と比べて随分とスッキリとした木々の隙間から日が差し込んでいる。


 暫くすれば忘れ去られ、また日が差し込まなくなるのだろうが、偶々通りがかった事でこの暖かな陽気を楽しめたのは幸運と言ってもいいかもしれない。


 時間は経つのはあっという間だ。ついこの間まで雪が降っていたのに、今では異様なほど暖かな陽気が溢れている。春はそこまで好きではないが、こうまで過ごしやすいと、ちょっと好きになりそうだ。


「……さっさと、調査して屋上で寝るか」


 調査後の予定を決めた俺は止まっていた足を動かし新校舎に比べて急な階段を登りきると、目的の教室の前まで移動する。壁は比較的綺麗なのに、ここまで古臭いのは逆に凄い。


「すみませーん、誰か居ますかー?」


 目的地にたどり着いたので扉をノックして、中に居るとされている生徒に声をかけるが、俺の声だけがひんやりとした校舎内に響く。


「中から物音もしないし、見られてる感覚も……特に無し、と」


 やはり、噂は噂ということだろう。


「うわ、扉開いてる……。不用心にも程があるだろ」


 扉に着いている窓から中を覗こうと手を扉に掛けた所、扉が横にスライドする。恐らく、部屋の借主が鍵をかけずに出かけているのだろう。


 まっ、それなら好都合だ。借り主が帰ってくるまでの間、ちょっとだけ中を拝見させて貰おう。


 何をしているかは定かでは無いが、もしも妙な部活が出来てしまった場合、今後の俺の快適な親友チャートに悪影響が出るからな。もう設立してしまっている時点で、対処法が無いといえば無いのだが、最低限、何があるかは知っておかなければ、対抗策も考えられない。


「……校長室より豪勢なんじゃないか?」


 扉を開けた瞬間、目に入ってきたのは今俺が立っている廊下と別の世界と言ってもいいほどに、豪華に爛飾られた旧校舎の教室の姿だった。


 ……ここの部屋の借主は随分と好き勝手改造しているらしい。約一名、新校舎の部屋を自分好みに改造している存在を知っている為、そこまで驚きは無かった……いや、嘘だ。別ベクトルでヤバいぞこの部屋の主。


 このやたらと高そうなソファやら、アンティークなテーブルとかはどこにあったんだよ。……家から持ってきたとかじゃなよな?いやまぁ、学校の物にしては、ちょっと綺麗すぎるから間違いなく私物なんだけども。


「電気ケトルに、猫の柄のコップ……」


 恐らく、この部屋の借主は女子生徒だろう。誰かは知らないが、少し……いや、大分不用心だな。人の出入りが少ない旧校舎と言えど、警戒はして然るべきだ。……無許可で入ってる俺が言えることじゃないが。


 出来るだけ置いてある物には触れないように、軽く教室を見て回るものの、やたら高そうな物が大量にあるだけで、それ以外は特筆すべきものが存在しない。


「なんにもない」


 部活名でも書いた紙でも無いかと探してみたが、何も見つからない。こういうのって扉前に何か貼ってあったりするもんなんだが_______


「_______人が居ない部室を物色するなんて……品が無い人間もいたものね」


「_______うひっ!?」


 廊下を調べようと後ろを振り向いたところ、いつの間にやら女子生徒が立っており、驚きのあまり変な声を出しながら後ずさってしまった。


「いや、悪い悪い!悪気はほんの少ししか無かっ________」


 手早い謝罪と共に焦りの感情を押し戻した俺は、何とかこの場を切り抜けようと、思考を巡らせようとする。


 残念なことに頭が真っ白になったせいで、が。


「確かに鍵をかけていない私も不用心ではあるけれど、だからと言ってそんなジロジロと不躾に物色するものでは無いんじゃないかしら」


 唯一の出入り口を塞ぐように、凛と立っているのが存在が予想外も予想外の人物だったからだ。


 _________その人物はこの学校に通うものなら誰もが知っている超有名人である。


 腰の辺りまで伸びた艶やかな黒髪。何処か冷たさを感じる真っ黒な瞳。生まれも容姿も才能も、この学校において、唯一人を覗いて誰とも比肩出来ない圧倒的な才覚を持った紛うことなき『天才』。


「______高嶺 希……さん……」


『氷の女王』の異名を持った生徒が、そこには悠然と立っていた。






 

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