攻略難度Sクラスの女子から逃れる方法を答えなさい ③

「全く……酷い目に会ったよ」


 俺達は現在、俺たちの記憶を消去(物理)して、ついでに俺たちすらも消去しようと学校内を徘徊する桐生院から逃亡していた。


 休み時間は二人で男子トイレに駆け込んで事なきを得ていたが、流石に昼休みまで男子トイレに駆け込む訳には行かない。流石の俺も男二人で便所飯は勘弁だ。いや、相手が女でも嫌だ。そもそも便所飯が嫌だ。


 というわけで、俺達がやって来たのは旧校舎の屋上だ。


 ここなら基本的に誰も立ち寄ってこない、だって立ち入り禁止だからね。普段は鍵がかかっているのだが、そこはもう親友キャラのパワーをフルに使って何とかした。やっぱり持つべきものは友達だ。


「はぁ、億劫だな……」


「まぁまぁ、このアンパンやるから元気出せよ」


 袋から取り出した、五つ入りの小さなアンパンを、一つ差し出すも、百に凄いジト目で睨まれた。


「そんな目で見ても、このラスクはあげないからな」


「……べ、別にラスクはいらないよ。と言うか、元はと言えば冬司のせいなんだからね?あんな風に直接言ったら、黄華じゃなくたって怒るに決まってるじゃないか」


 主人公たるもの、一月に一回程度は女の子に追い回される日が会ってもいいじゃないか。俺?十年に一回だろうと勘弁して欲しいね。


「ああなったら普通に謝るだけじゃ許してくれないんだよ。これから機嫌直して貰うために、色々頑張らなきゃ行けないのは僕なんだってば。……ねぇ、聞いてる?」


ひいへる聞いてるひいへる聞いてるほはほらひはらいのか要らないのか?」


「……貰うけどさー」


 釈然としない表情でアンパンを受け取った百が、小さなアンパンを一口かじる。


「……意外と美味しいねコレ。もう一個くれない?」


「駄目だ。あんまり食い過ぎると、お弁当食えなくなるだろ」


「ウチのお母さんと同じ様なこと言ってる」


「出来たおかんだな。ちゃんと息子の胃袋の小ささを理解してる」


 俺の言葉にムッとした百が、、懲りずに袋に入ったアンパンに手を伸ばしてきたので俺はひょいっとそれをよけると、残り物をそのまま鞄に仕舞う。


「あと一個くらいくれたっていいじゃん。僕はこれから冬司のせいで一悶着あるんだからさ」


「それとこれとは話が別だ。この前ソレで吐きそうになってたんだし、次の体育の時に吐かれたりなんかしたら困るんだよ」


「いや、アンパン一個如きでお腹一杯になったりしないよ。僕をなんだと思ってるんだ」


「クソザコ胃袋クソすかしイケメン」


「せめてクソって付けるのは前者だけにして……」


 百は華奢な見た目以上に胃袋が小さい。もしも次の体育の時間に吐きでもしたら、多少なりとも周りからの好感度に影響があるかもしれない。別に大したメリットがある訳でもないのに、その程度のことでカーストを変動させたくはない。


 俺のこの位置は、コイツがカースト最上位にいるからこその居場所だ。コイツが転けようものなら、俺も転ける……何て馬鹿なことは言わないが、別の相手に一から取り入るのは面倒だ。


 ……まぁ、こいつはちょっと主人公補正が強すぎるから、学校一の美少女にゲロをかけたところで今の位置から転落することは無いだろうけど。


 だが、もし好感度が下がらなかったとしても、リスクを避けるのは親友キャラの嗜みだ。万が一があるかもしれないなら、念には念をだ。その位用心深くなくては、親友キャラはとても演じきれない。


「そんなに欲しいなら、部活帰りまで取っといてやるから我慢しろ」


「やったー!」


 ついでにご機嫌取りも忘れずに、と。俺の一時の満腹感と引き換えにこのポジションへの楔を深く出来るのなら、俺は迷わず後者をとる。パンなんか何時でも買えるが、他人からの好感度は何時でも買えるという訳では無い。人からの好感度は稼げるときに稼いでいた方が未来に繋がる、と言うのは俺の経験則だ。


「そう言えば、旧校舎の四階ってどんな部活が立ったんだろうね」


「新しい部活が出来たって言うのは、あくまで俺の予測だから、実際のところどうなのかは知らないぞ?」


「でも、生徒が放課後に旧校舎の空き教室に入り浸る理由なんて他にあるかな」


「納得しやすい答えが出たから思考が狭まってるだけだ。可能性なんて幾らでもあるしな。……そもそも大前提として、この噂が嘘の可能性だってあるしな」


 別に入り浸っている訳でもないだろうし、それ以外の説もあるにはある。もしかしたら、男子生徒と女子生徒が放課後にムフフな事をしている可能性だってあるかもしれない。


「理由なんか、意外でも何でも無いのがそこら辺に転がってるのが普通なんだから、深く考えるだけ無駄だ、無駄」


「それはそうなんだけどさ……僕もちょっと探偵っぽいことしてみたいんだよ」


「やめとけって。お前はそういうことし出すと、ろくでもない厄介事ばっかり釣り上げるだけだろ?探偵ごっこはゲームの中だけで満足しとけ」


 コイツの主人公補正は本当に厄介なもので、一人では明らかに手が足りなくなる程にややこしい案件を引っ張って来たりすることがある。


 そういう時の為の俺の人脈やコイツの主人公補正ではあるものの……出来るなら厄介事なんて少ない方がいい。もう、殆ど各々の立ち位置なんて決まってるんだし、俺はなるべく平穏に暮らしたいのだ。


「……自分は色んな人嗅ぎ回って探偵みたいなことしてるくせに」


「……」


 しょうがないだろ、潤滑なコミュニケーションや幅広い人脈の構築には、情報が必須なんだから。後、俺は別に探偵みたいなことをしてるつもりは無い。そんな面倒なこと報酬もないのに誰がするというのか。


 俺の目的はあくまで親友ポジのキープ、人助けじゃない。


「別に探偵みたいな事をしてるつもりはないっての。……俺はあくまで情報集めるだけだし、もしも学校を揺るがす大事件でも起きたら百に探偵役は譲ってやるよ」


「……。……幾らで?」


「五千円くらい」


 右手で指を折りながら、「五千、五千か……」とブツブツと呟いている白一。……そんなに悩むくらい探偵になりたいのか。どうせ学校なんだから大した事件なんて起こらないぞ?


「決めポーズはどんなのがいいかな?____こんなのどう?」


「探偵なんだしもっと簡易でスマートな方がいいだろ」


 大袈裟に体を動かして、様様な決めポーズを取り始めた百をなだめながら一応アドバイスもしておいた。


 まぁ、どうせ肩すかしで終わるだろうからな。


 事実は小説よりも奇なりとは言うものの、事実が明らかになることなど稀なのだから、そこまで深く考える必要も無い。


「相場が分かんないから、高いのか安いのかわかんないや」


 悩んでいた百だったが、やがてにへらっと気の抜けるような笑顔で顔を上げる。そんな百に吊られて、俺も頬を僅かに緩めた。


「そりゃそうだろ。売ってる俺にも分からないからな」


「詐欺師だー」


「失敬な。騙してるんじゃない、勝手に信じてるだけだ」


 情報の真偽など結局は自分の目で確かめる他無いのだ。ソレを短縮して他人任せにしている時点で、どうなろうが自分の責任だと俺は思う。悔しかったら俺と同じくらいの場所までのし上がって来い。


「______あっ、もうこんな時間か。冬司、僕そろそろ行ってくるね」


 腕に着けた渋めの銀の腕時計で時間を確認した白一が、カチャカチャとお弁当箱を仕舞うと、鞄を手に持って立ち上がる。そして、一度背伸びをした後に数回深呼吸を繰り返した。


 スマホで時間を確認すると、休憩終わりの時間まで凡そ二十分ほど残っている。


「今日はやけに早いな。用事でもあるのか?」


「ううん。そろそろ黄華の機嫌を取りに行こうかなって。流石に今日一日追いかけ回されるのは疲れるし、冬司も嫌だろ?」


「まぁ、お前がご機嫌取りに言ってくれるのは助かるけど……何か作戦があるのか?」


「策はないけど、あんまり逃げ続けてると後で尾を引いちゃうからね。謝るなら早い方が良いでしょ?」


「それもそうだな」


 謝罪は早ければ早いほど効果が高いのは、今の現代社会を生きる日本人なら誰でも知っていることだろう。かと言って、事を急いめ乱雑な謝罪をするのはNGだ。そんな事になるくらいなら、多少遅くなってでも丁寧な謝罪をする事をオススメする。


「冬司も一緒に来る?」


「俺が一緒に行くと、絶対上手いこといかないからパスだ。なんだったらもっかい喧嘩しそうだし」


「そろそろ二人も二年くらいの付き合いなんだし、もうちょっと仲良く出来ない?」


「無理」


「即答かぁ……」


 俺の答えにガックリと肩を落とす白一。だって仕方ないじゃん。お前みたいなタイプが主人公だと、ああいうタイプは無闇に噛み付けないからな。


 アレは桐生院の短所でもあると同時に長所になりうる場所でもある。それを殺してしまうのは主人公の親友ポジに居座る者として些か忍びない。


 どうせ傍で観戦するなら、最大限ヒロインと主人公の魅力が高まったモノを俺は見たい。主要人物の長所はなるべく伸ばすというのが俺の方針なのだ。


 因みに腹が立つか立たないかで言われると前者なので、普通にやり返しはする。それとこれとは話が違うからね。しょうがないね。


「それじゃ、また教室で」


「あぁ、また後でな」


 お弁当箱を持った手とは逆の手をヒラヒラと振りながら屋上から出ていく白一を見送った。








 暫くして、百がもう戻って来ないことを確信した後、胸ポケットから小さな手帳を取り出す。


 今日の日付の場所に、放課後にやることを追加する。


「別に変なフラグが立ってるわけじゃないし、旧校舎の四階には俺が顔を出すとして……問題は……」


 ……一応、百に疑問が残る様に種は蒔いたが少し不十分だ。かと言って、あまり踏み込み過ぎてもそれは親友キャラらしくない。


「……さて、どうするか」


 目を瞑って、一人で黙々と思考を整理していく。学校内で一人になれる時間など放課後以外は凄く限られる。折角のチャンスにぼーっしているだけなのも勿体ない。


 しかし、現在俺が抱えている問題は、先日から長らく対抗策を考えているものの、中々良い結論に出すに至れていないものである。


 つまり、何が言いたいのかと言うと。


 _____キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。


 具体的な策も浮かばないまま、昼休みは終わりを迎えてしまった、と言うことである。


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