攻略難度Sクラスの女子から逃れる方法を答えなさい①

 桜峰高校。正門前に生える大きな桜の木々達と、築数年程の新校舎が売りの進学校。数年前に理事長が代替わりし、様々な改革が行われている真っ最中である。校舎の大規模な立て替えや、制服のデザインを一変するなどして、年々減少傾向にあった新規入学生達を増やすことに成功している。


 入学式の時には満開だった街道沿いの桜も少しづつ散り始めている。入学式当日の満開になった桜は見、準備に駆り出された前日に少しだけ目にする機会があったのだ。その時は満開には至らなかったものの、充分過ぎるほどに美しい桜を見ることが出来た。


『桜峰〜、桜峰〜。お降りの際は足下にお気をつけ下さい』


 音声の後に開いた扉から、同じ制服を着た生徒達がゾロゾロと出ていく。その後ろに続く様にして改札を潜って駅を出ると、更に多くの生徒達が俺と同じ様に学校へと向かっている。


 同じ制服を着て、同じ様に学校に行く。話す相手も、今日受ける授業も、今日の昼飯も、何もかも違うけれど、俺れてはいないが達は基本的にそこらの雑草と変わりなく一緒くたに纏められる。


 この世界に主人公が居るんだとしたら、俺達はモブみたいなもんだから仕方がない。漫画だったら目どころか顔も書かれないレベルだし、今の俺たちは最終話あたりで少しだけ顔の輪郭がハッキリする程度の存在でしかないのである。自分で言ってて悲しくなるが、それもまたリアルな高校生の醍醐味だ。


 目当ての人物を探すためにキョロキョロと周りを見渡すと、見た事のある顔が減り、見たことが無い生徒が増えている。入学する生徒がいると言うことは、卒業していく生徒もいるのだから必然と言える光景だ。


 普通にどこにでも居るモブAとして生きていくのなら、別にそんな些細な変化は気にする必要は無いが、残念ながら俺のポジション的にどこにでも居るモブではなく、ちょっと役目のあるモブなのだ。


「_____居た」


 目的の人物を見つけたオレは中途半端に押し切れていなかったスイッチを切り替え、笑顔を携えながら走り出す。


「________おーい!待てよ、百〜!」


 元気な声で手を振り、明らかに周りとはオーラの違う一人の生徒に駆け寄り、隣に並び立つ。


「あれ、冬司?今日は早いね」


「今日はちょっと野望用があってな。何時もよりちょっとだけ早く家を出たんだよ」


 金髪を揺らしながら此方に振り向いた見た目も雰囲気も眩しいイケメンに目をすぼませそうになりながらにこやかに朝の挨拶を交わす。


 日草 百。俺と同じ桜峰高校の二年生で、成績優秀、眉目秀麗、オマケに性格まで良い非の打ち所のない男だ。少女漫画の王道王子様系ヒーローをそのまま現実に引っ張って来たのかと突っ込みたくなるレベルで完璧で、男女共に人気が高い。


 学年を問わず友人が多く、生徒や先生からの信頼までもカンストしており、お前は前世でどれだけ徳を積んだんだとツッコミたくなる存在。


「いやぁ、朝からお前に会えるなんて凄い偶然だな。ここは仲睦まじく二人で登校するのはどうだ?」


「……偶然、だなんて絶対嘘じゃん。……どうせ冬司のことだから一限目の宿題を写させて貰うために、どうせ僕の登校時間に合わせて来たんだろうし」


「……バレてたか」


 ジト目で此方を見てくる陽向に、観念するように両手をあげる。


「美少女ブロマイドと交換でどう?」


「すぐにソレでカタを付けようとするのは冬司の悪い癖だよ?」


「くっくっく、世の思春期男子達にはこの手がよく効くんだ」


 因みに美少女ブロマイドとは、この俺が汗水流して集めている学校内の美少女達の写真である。因みに盗撮では無い。新聞部で取材に行った時に素材として撮った物を流よ___共有しているだけだ。


 別にエロいやつは売ってないから、風紀委員会にも規制はされていないが、金のやりとりをする現場を見られればすぐさましょっぴかれる。一度目は巧みな話術と綿密な根回しで逃げ切ったが、二度目はそう易々と逃がしてくれないだろう。


「因みに最近のオススメは一年生の」


「_______死になさい、変態盗撮魔ァッッ!!!」


「おぐばぁっ!?」


「冬司ぃっ!?」


 結構売れ行きに期待が出来る一年生の写真をオススメしようと鞄に手を突っ込んだ瞬間、俺の背中に後ろからドロップキックが飛んできた。

 

「イタタ……。随分なご挨拶だな桐生院」


 不格好にモブ感満載で吹き飛んだ俺は、慌てて駆け寄って来てくれた百の手を借りて立ち上がると、先程まで俺たちが立っていた位置に仁王立ちをしている、一人の女子生徒を睨みつける。


「百に付いた悪い虫を払うのも幼なじみの役目なの。分かったら、とっとと離れなさい!」


 分かりやすく苛立ちを纏った声音でそう言った女子生徒に軽くため息を吐いた俺は、「こんなことをする暇があるなら百を落とすためにもっと頑張れよ」と喉元まで出てきた言葉を飲み込む。


 俺を異様なまでに敵視し、嫌悪感を隠しもしないこの女の名前は桐生院 黄香と言い、百の幼なじみだ。


 派手な金髪。鬱陶しいツインテールに、モデル顔負けのスタイル。百とも引けを取らない顔立ちな上に、名のある名家のご令嬢と来た。ぶっちゃけなんでこんな普通の公立に通っているのか分からないレベルのお嬢様で、百がこの学校に来ていなければ、俺のような脇役とは中学を過ぎれば一生関わり合いを持つことは無かったであろう存在である。


「______何よ?」


「オマエ、マケイヌ。オレ、百とテツナイデル」


「……っ!」


「ま、まぁまぁ、黄香も落ち着いて……。ほ、ほらっ!久々に三人で登校しよう!」


 因みに正義感が強い上に口うるさい為、敵を作りやすいタイプだ。俺はこんな性格も別に嫌いじゃないが、生き方的に俺とは絶望的に反りが合わないタイプである。


「駄目よ!こんなのと一緒に居たら百が駄目になるわよ!?ほら、さっさと手離しなさい!」


「……すっごい変顔してるよ」


「コレは怒り狂った謎のお嬢Kのモノマネだ。どうだ、似てるだ_______」


短い髪を両手で掴みながら、顎を尖らせ、がに股でジタバタしていると、何故か鬼龍院の額に青筋が浮かぶ。何でだろうね。


「_______死ねぇっ!!!」


「ぐぇぇっ!!!」


 おまけとして、眉間に皺を寄せながら幸せのタップダンスを踊っていると、容赦ないドロップキックが俺の鳩尾を捉えた。……おぉ、別に誰とは言っていないのにすぐさま暴力に移る判断力……それをもうちょっと百との関係を進展させるために使ってくれないものか。


「_______ふんっ、行くわよ百」


「えっ、でも冬司が……」


「良いから、行くわよ!」


 悶絶する俺を置いて、ズカズカという足音が学校の方へと遠ざかっていく。他の生徒たちの視線は残されて痙攣する俺の方へと向けられていた。


 クソ……暴力に訴えることしか出来ない負け犬め……!俺が親友ポジじゃなかったら両手で中指立てながらお返しのドロップキックかましてたところだぞクソがっ!



  ◇◇◇



 別に、最初からこの立ち位置に憧れを抱いていたのでは無い。ただ、何も知らない子供から少しだけ世界の残酷さを知った子供に変わった時、俺はこのポジションの魅力に気付いてしまった。


 誰もが自分の物語の主人公だと誰かが言った。


 俺はこの言葉に中指を立てた日のことを鮮明に覚えている。だって、俺は心の底から主人公になんてなりたくないと思ったからである。


 主人公なんて面倒くさくて、報酬に労力が見合わないのが大体だ。しかし、上辺ばかりに目を向けた奴らは主人公を羨ましがる。


 何度も言うが、俺は主人公なんて大嫌いだ。疎まれたり、悩んだり、苦しんだり……いいことも勿論あるかもしれないが出来るなら俺は悩んだり、苦しんだりせず、甘い蜜だけ吸って気楽に生きたい派なのだ。


 しかし、世界はそんな甘っちょろい願いを叶えてくれるほど優しくはなかった。普通に生活していく上で少なからず苦労はしなければならないし、しない人間など決していない。大なり小なり嫌な事をしなければならないように、社会は出来ている。


 例えば、眉目秀麗、勉学優秀、実質剛健の三拍子が揃った人間が居たとしよう。人生イージーモードだー!と喜ぶことは簡単かもしれないが、コレはコレで苦労がある。


 類稀なる才能に溢れた人間は、周りの助けを必要としない。何故か?答えは単純明快で、頼ることなんてせずともある程度の問題は一人で解決出来るからである。


 ……しかし、実はここには巧妙に隠された『人間関係』という、踏んでみるまで即死級だと分からないヤバめのトラップがこれでもかと敷き詰められている。


 何でも完璧にこなす人間ほど嫌味に感じるものは無い。これが『自分』であると、確固たる自身を持った人間ほど、他人からは妬まれ、悪意の標的にされるのは世の常なのである。


 出る杭は徹底的に叩く、それは人の性だ。


 まぁ、それでも挫けない……と言うか、気にもしない人間こそ本物の天才なのかもしれない。俺は嫌いなタイプだが。


 だってそうだろう。人は誰かの助け無しには決して生きてはいけないのに、自身の才能にかまけて、社会に順応しようとしないなんて、それは唯の傲慢だ。


……本音を言えば、俺が苦労してんだからお前も苦労しろ、という半ば八つ当たりの感情もあるのは内緒である。


 話を戻そう。では、もし、だ。才能に溢れ、コミュニケーションも完璧で、更に顔も良い人間が居たとしよう。最早、非の打ち所など存在しえないほどの存在だったとしても________主人公だと人生イージーモードとは行かない。


 トップに立てば見晴らしはいいかもしれないが、その分向かい風を一身に受けることになってしまう。


 そこで、子供ながらに俺は気付いたわけだ。


「_______あっ、そうだ。誰かを矢面に立たせよう」


 そして見つけたのが、このポジションだった。


 誰かの成長を助け、誰かが開いた道を後ろから楽々進み、常に誰かを風除けとして前に立たせて進む。此処はあらゆる理不尽が埋まる学校生活において非常に有用なポジションだ。


 目立ち過ぎず、影にはならず、理不尽へのカウンターを手に入れられる。そのうえ、労力に見合った報酬まで手に入れられる。この場所の魅力に目が眩まない人間がいるなら連れて来い。


 此処は頑張った分だけ報われる場所だ。努力したところで傷つく主人公とはエライ違いである。ドロドロとした女の合戦も、延々と続く葛藤もこのポジションとは無縁。


 ……その分、ちょっとばかし人とは違う苦労を味わうことになりはするが、一応労力には見合った報酬が得られる、何者にも変え難いポジションなのでセーフだ。


 アットホームな職場です、と言うキャッチコピーは、正にこのポジションの為にある言葉だと俺は信じて止まない。この場所は世のブラック企業みたいに『此処が君のホームだよ!だから、深夜までサービス残業しようね!』なんて言っては来ないのだ。


 あぁ、素晴らしきかな働き方改革。


 故にこそ俺は、一つだけ決して揺るがない目的を持っている。


 _______俺は、泥水をガブ飲みしてでもこのポジションにしがみついてやる、と。

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