第12話 オンライン授業(男子)

 翌日、自宅。


 今日は男子が猫になる日、つまり、男子がオンライン授業を受ける日です。


 僕は、いつもより遅い、午前八時頃に起床して、部屋着に着替えて、ダイニングで朝食をとります。


 両親と妹は、すでに家を出ていているので、家にいるのは僕だけです。


 早く、オンライン授業が日常的に行われるようになるといいな。


 そうすれば、今日みたいに、遅くまで寝ていられるのに。


 そんなことを考えながら、朝食をとったあと、僕は自分の部屋へと戻って、机の前にある椅子に座り、はじめてのオンライン授業を受ける準備をします。


 机の上には、入学のときに配布された、教科書兼ノート代わりに使う、家庭学習用タブレットと、先週、配布された、オンライン授業用タブレットの二つが置いてあります。


 時刻を確認すると、一時限目がはじまる十分前です。


 おっと、少し、のんびりしすぎました。


 急がないと。


     ◇


 オンライン授業用タブレットにログインすると「ニャア」という鳴き声とともに、タブレットに、見慣れた体育館の中のようすが映し出されました。


 これが、今、僕が使用しているアバターロボの見ている光景、ということですね。


 どんな毛色、模様の猫になったのか、興味があったので、自分で自分の体を見てみると、グレーの短毛に覆われていました。


 僕は、全身がグレーの毛色の猫になったみたいです。


 なんか、これ、どっかで見たことあるような猫なんですが、思い出せません。


 ちなみに、猫の毛色や模様は、コスプレの衣装のときと同じく、自分で選べないようになっています。


 でも、猫の首輪には、クラスと名前が記載してあるので、最低でも、前日までには、誰がどの猫になるのかは、決まっているんだと思います。


 体育館の奥には、さまざまな毛色、模様の猫たちが、置物のように座っていて、ログインされるのを待っていました。


 生徒がログインすると、座っている猫が「ニャア」と鳴いて動き出し、出入口のほうへと走っていきます。


 体育館には、猫のほかに、職員もいて、館内をウロウロしている猫を出入口へ誘導したり、操作方法のアドバイスをしています。


 猫になって、僕が最も違和感を覚えたのは、視点の位置です。


 猫なので当たり前ですが、視点が床スレスレのため、下から人間を見上げるようになってしまいます。


 これが猫の視点なんだなーと、変なことに感心してしまいました。


「あれ、これって声、そっちに聞こえてるのか?」


 僕がそうつぶやくと、職員の女性が「聞こえてますよ。そのまま、教室に向かってください」と教えてくれました。


 指示通り、僕はタブレットの映像をタップして、校舎二階にある教室へと向かいます。


 歩く、走る、ジャンプなど、基本動作のほとんどはAIが自動で行ってくれるので、僕は、タブレットの映像をタップするだけで、思い通り、猫を動かすことができました。


     ◇


 僕は開いているドアから、自分の教室に入ります。


 真っ先に見えたのは、クラスメイトの女子の足。


 視点が低いので、仕方ないとはいえ、目の前にいきなり、女子の生足が見えると、ドキドキしますね。


 今日は男子が猫なので、このままだと、わざと女子の股をくぐって、スカートの下からパンツを覗こうとする不埒なやつが出てくる、と思うかもしれませんが、残念、というか、当たり前というか、それはできません。


 そもそも、うちの学校の女子の制服は、スカートじゃなくて、股下部分がある、キュロットスカートです(スラックスも選べます)。


 ただ、キュロットスカートといえども、真下から覗けば、パンツが見えるのは、スカートと同じですが、アバターロボに搭載のAIは、相手の服装を認識するので、スカートを履いた女子の股をくぐろうとしても、AIがアバターロボの行動を制限して、くぐれないようにするので、覗き行為をすることはできません。


 将来、アバターロボを製品化する予定があるというのに、簡単に女子のスカートの中を覗けたら、世間に覗き専用ロボットと思われて、製品化できなくなってしまいます。


 男なら、誰でも思いつくようなことは、すでに対策済みなのです。


 だから、女子は安心、男子は残念というわけです。


 まあ、僕は紳士なので、そんな制限がなかったとしても、覗きなんてしませんが。


 僕は慣れない視点のまま、自分の席までたどりついて、机に飛び乗ります。


 これでようやく、床スレスレの視点から脱して、教室全体が見渡せるようになりました。


 教室では、あちこちで、猫同士が会話していたり、女子が猫を抱っこしたりしています。


 昨日とは逆で、女子は登校していますが、男子は誰も登校していません。


 自分の机の上にのぼったまま、なにも操作しないでいると、猫が勝手に、その場で毛づくろいをはじめました。


 一定時間操作しないと、勝手に猫が毛づくろい、または寝てしまう仕様になっているらしく、股間あたりの毛をペロペロと舐めています。


 毛づくろいしていると、ホントに猫になったような気分になりますね。


 そのとき、自分の股間に、ニャン玉があるのに気づきました。


 オス猫かい!


 もしかして、今日は男子だから、全部の猫がオス猫なんでしょうか。


 ……わからないけど。


 何気なく、窓際にいる渡辺さんのほうを見ると、こっちを見ていたらしく、珍しく、僕と目が合いました。


 と、思ったら、すぐに彼女は目をそらしました。


 んっ?


 なんだろ、変なの。


     ◇


 一時限目の教科担任が入ってきて、オンライン授業がはじまりました。


 僕は、学校で授業を受けるときと同じように、先生が話したことや、電子黒板に書いた内容を自宅の机に置いた、学習用タブレットに書き込んでいきます。


 オンライン授業は、思ったよりも快適です。


 双方向のオンライン授業と違って、向こうから、こっちは見えないので、自分の部屋を見られることがないし、授業中に飲食したり、マンガを見ていても、とがめられることはありません。


 快適なのはいいんだけど、これは、自分を律することができないと、あっという間に成績が落ちていくことになりそうで、ある意味、非常に怖いですね。


 授業を受けていると、ときどき、視界の隅に、こちらを覗き込むような感じで、隣の席の女子の顔が見えます。


 やっぱり、猫が隣で授業を受けているというのは、気になるらしいですね。


 昨日の僕と思考・行動パターンが一緒で、思わず笑ってしまいました。


     ◇


 午前の授業が終わり、昼休みになりました。


 学校にいるときは、食堂で昼食をとるのですが、今日は自宅で昼食です。


 昼食をとったあと、タブレットで猫のようすを見てみると、机の上で寝ていました。


 昼休みは九十分あるので、昼食をとっても、まだ一時間近く残ってます。


 このまま、教室で寝ているのも、なんだかもったいない気がするので、猫の低い視点を楽しむべく、校内を適当に歩いてみることにします。


     ◇


 僕は最初に、食堂へ行ってみました。


 食堂は、校舎に隣接した別棟の一階にあります。


 中に入ってうろついていると、ビッグパフェを食べている佐藤さんを発見しました。


 ビッグパフェは、生クリームだけで一キロ以上あるという、食堂の名物パフェです。


 普通は、友達とシェアして食べるものですが、それを佐藤さんは一人で食べているようです。


 佐藤さんの両隣には、友達と思われる、体格のいい女子が座っています。


 友達は「すごいわねえ、あれだけボリュームのある昼食を食べたばかりなのに、まだ入るなんて」とか「こんな体のどこに入るのよ。私たちより食べるじゃない」などと感嘆の声をあげています。


 ……驚きました。


 佐藤さんが、そんな大食いだったとは……。


 巨大ぬいぐるみ集めに続き、またしても、彼女の意外な一面を知ってしまいました。


 友達と一緒だったので、僕は佐藤さんに声はかけず、そのまま、食堂をあとにしました。


     ◇


 僕が、次に向かったのは図書館です。


 食堂の上階、二階から四階が図書館になっています。


 僕はいつも、食堂で昼食をとったあと、図書館で本を読んでいます。


 僕が館内を歩いていると、今度は渡辺さんを発見しました。


 雑誌コーナーで、ファッション誌を見ています。


 どうやら、彼女も僕と同じく、昼休みは図書館で過ごすタイプだったようです。


 まあ、ぼっちにとって、図書館は時間つぶしに最適な場所ですよね。


 図書館で渡辺さんを見かけたのは、今日がはじめてです。


 僕のいるフロアと、彼女のいるフロアは違うので、今まで、気づかなかったようです。


熱心に雑誌を読んでいるので、邪魔しないよう、声はかけずに、僕は図書館をあとにしました(もともと、声をかける気はないけど)。


     ◇


 あと、見かけてない部のメンバーは高橋さんだけです。


 どうせなら、高橋さんの姿も見ておきたいなと思って、いろんな場所を歩き回ってみましたが、見つかりません。


 活発そうな彼女のこと、もしかしたら、運動できる場所にいるのでは、と思って体育館までやってきましたが、一部の女子がバスケをしているだけで、彼女の姿はありません。


 もういいやと、あきらめて教室に戻ろうとしたら、カキーンという野球のボールを打つ音がしました。


 体育館のわきには、バッティングルームがあります。


 音は、そこから聞こえました。


 バッティングルームは、男子生徒が昼休みによく使っているのですが、今日は男子はいないし、誰が使っているんだろうと思って、覗いてみると……。


 ……高橋さんが使っていました。


 ピッチングマシンから発射された結構な速度のボールを、上手に打ち返していました。


 ストレス発散?


 そんなにストレスがたまってるようには、見えなかったけど。


 いつから利用していたんでしょう。


 たまたま、今日だけ?


 それとも以前から?


 よくわかりませんが、熱中しているので、声はかけずに、僕はその場をあとにしました。


 みんな、好きな場所で好きなことをして、昼休みを過ごしているようです。


     ◇


 オンライン授業は無事終わり、放課後になりました。


 僕は猫の姿のまま、部室の前までやってきました。


 部室に入ろうと思ったのですが、ドアが閉まっていて入れません。


 ドアハンドルのランプを見ると、緑になっています。


 ということは、すでに解錠されて、中に誰かがいるということです。


「おーい、きたぞー、開けてくれー」


 僕はドアの前で声を出して、ドアを爪でカリカリと引っ掻いて、ドアを開けるよう催促します。


 しばらくすると、ドアが少しだけ開いて、外のようすをうかがうように、渡辺さんが顔を出しました。


「僕だよ、入れてくれよ」


 彼女は、足元にいる僕としばらく目を合わせると――。


 そのまま、ゆっくりとドアを閉めました。


 …………。


「おい、待てって! 無視すんな! なんで閉めた!」


 目の前にいるのに、ドアを閉められてしまいました。


 僕はもう一度、ドアを爪で引っ掻いて、開けるように要求します。


 再び、ドアが開きました。


 顔を出したのは、高橋さんです。


「先輩じゃないっすか。なに、騒いでるんすか。中に入らないんすか?」


「好きで騒いでたんじゃないって。中に入ろうとしたけど、渡辺さんにドアを閉められたんだよ」


 高橋さんがドアを開けてくれたので、僕は部室へと入ります。


 部室にいるのは渡辺さんと高橋さんの二人で、佐藤さんはまだきていません。


 僕は机の上に飛び乗り、渡辺さんに抗議をします。


「なんで僕がいるのに、ドアを閉めたんだよっ」


 すると渡辺さんが、しれっとした顔で答えました。


「あなただったなんて、知らなかったわ。ドアを開けたら、全身、灰色に汚れた猫がいたから、野良猫が部室棟に迷い込んだと思って、入ってこないように閉めたのよ」


「ウソつけ! 喋ってただろ! どこの世界に喋る猫がいるんだよっ」


 僕がこういう毛色の猫になってるってのは、教室で見て、知ってるだろ。


 しらじらしいウソついて。


 もしかして、これが、渡辺さんが昨日、言ってた仕返しってやつでしょうか。


 陰険ですね。


「部長、先輩は汚れてなんかいませんよ。汚れて、灰色になってるんじゃなくて、こういう毛色の猫っすよ」


 高橋さん、反論してくれてありがたいけど、渡辺さんの言うこと、真に受ける必要はないから。


 彼女は、知っててわざと言ってるんだから。


 高橋さんが、机の上にいる僕をじーっと見て、つぶやきました。


「……先輩の猫、これって、ロシアンブルーじゃないっすかね」


 ああ、そうだ、思い出した、ロシアンブルーです。


 昔、猫を紹介する番組で見た記憶があります。


 そのロシアンブルーを渡辺さんは、灰色に汚れた猫とか言って。


「ロシアンブルーは友達が飼ってたことがあるんで、さわったことがあるんすけど、ベルベットみたいな手ざわりがするんすよ。先輩も同じ手ざわりがするっす」


 高橋さんが、机の上にいる僕の体をさわりながら言いました。


「あら、そう。汚れてなかったの。それなら大丈夫そうね」


 渡辺さんは、そう言うと、僕の首根っこを掴んでヒョイと持ち上げて、抱っこしました。


 僕を奪いとられて、高橋さんは「ああ、さわれないっす」と不満を言っています。


 渡辺さんは、抱っこした僕を嬉しそうな顔して、撫でています。


 …………。


 えっ、なにこれ?


 今の行動、表情からして、もしかして、渡辺さん、本心では、僕にさわりたかったってことですか?


 はあ……、それなら、イヤがらせなんかしないで、素直にそう言えばいいのに。


 ホント、意地っ張りというか、ひねくれてるというか……。


 渡辺さんに大人しく抱かれてやる義務などないので、僕は彼女の腕の中から抜け出そうとしましたが、寸前で思いとどまりました。


 僕の目に、彼女のブラウスの大きな盛り上がりが、どアップで映っていたのです。


 渡辺さんは、僕を撫でるのに夢中で、僕の目に自分がどう映っているのかまで、意識していないようです。


 …………。


 し、仕方ないですね、それほどさわりたかったのなら、しばらくの間、彼女の好きにさせてやることにしますか。


 まあ、こういう機会は滅多にないことですし。


 ありがたく思ってくださいね。


     ◇


 しばらくすると、佐藤さんが部室に入ってきました。


 佐藤さんは、僕が渡辺さんに抱かれているのを見ると、びくっとしましたが、すぐに何事もなかったかのように席につきました。


「みんな、ちょっと聞いてくれるかしら。部の活動方針について、私のほうから、提案したいことがあるのだけど」


 全員が集まったところで、渡辺さんがこんなことを言ってきました。


 おっ、なんだろ、渡辺さんが提案なんて。


 いつも一人で、なんでも決めているくせに。


 よほど、大事なことなんでしょうか? 


 渡辺さんにしては、珍しく殊勝なことを言い出したので、僕は次の言葉に注目します。


「明日から、うちの部で、生徒の悩み事などの相談を受け付けようと思うのだけど、構わないかしら」


 生徒の悩み相談?


「つまり、生徒の悩みを占いで解決してやるってこと?」


 僕は、渡辺さんの発言内容を確認します。


「もちろんそうよ。占い部なんだから。高校生ともなれば、日々の悩みごとは尽きないでしょ。将来への不安、恋や友達関係の悩み事とか。放課後に部室にきてもらって、私たちが占いで解決してあげるのよ。ああ、ほかにさがし物も占いで解決できるわね」


「それって、僕も?」


「あなたもよ。キャリアはみんなの中で一番、短いけど、技量的には問題ないと判断するわ」


 渡辺さんは、抱いている僕に向かって、そう言いました。


 続いて、みんなに向かって話しかけます。


「覚えてるわよね? 互いに切磋琢磨して、占いの技術を磨いていけるような部活を目指したいって、私が言ってたこと。全員、占いができて、相応の実力もあるのに、それを活かさないって、もったいないじゃない。私たちが、さらに成長していくためには、多くの人たちの悩みを占いで解決していくという経験が必要なのよ」


 まあ、確かに、入部したときに、そう言ってはいたけどさ。


 でも、なんで急にこんなことを言い出したんでしょうか。


 なんか不自然なんだけど。


 …………。


 もしかして渡辺さん、この前のフリマで、他の部が屋台を出して、実績作りしているのを見て、危機感を覚えたんじゃないでしょうか?


 それで、慌てて、こんなことを言い出した……、とか、そんな気がしますね。


 高橋さんが、早速、渡辺さんの提案に同意をします。


「あー、それいいっすね。そういう、人の役に立つ、奉仕活動的なこと、やりたかったんすよ。いかにも、占い部の活動っぽくていいっすよね」


 佐藤さんも、渡辺さんの言うことに同意をします。


「私もいいと思う。将来、私がプロとして自立する前のいい経験になる。占い師になるには、占いの技術だけでなくて、占いの結果をわかりやすく相手に伝える、対人の技術も学ぶ必要があるから」


 おっ、すごいですね、将来のことをそこまで考えていたとは。


 佐藤さんは人と話すのが苦手そうだから、今のままがいい、と言うかと思ったけど。


 まあ、よく考れば、そうですよね。


 佐藤さんは占い師の家系に生まれたんだから、将来、占い師になることが決まってるんだし。


 僕は将来、どうするかなんて、考えたことありませんでした。


 渡辺さんが僕を見ます。


 彼女の提案に返事をしていないのは、僕だけです。


「で、あなたはどうなの?」


 渡辺さんが聞いてきました。


「そうだな、いいんじゃないか。部を結成してから一ヶ月くらいか? 僕も占いができるようになったし、部長の渡辺さんが、そろそろ、そういうことがしたいって言うんなら、反対はしないよ」


「そう。では、全員異議なしね」


 そう返事をすると、渡辺さんは満足そうな顔をしました。


「じゃあ、明日、生徒全員に、占いでの悩み相談をはじめたことを通知するから。まあ、初日にどれくらい人がくるかは、わからないけど」


 僕は気になることがあったので、渡辺さんに聞いてみました。


「なあ、悩み相談っていっても、実際には、女子からの恋愛相談が大半なんじゃないのか」


「たぶんね」


「それだとさ、僕が部室にいると、相談者はイヤがるんじゃないのかな。相談内容を異性の僕に聞かれちゃうんだし」


 僕がそう言うと、間髪いれずに、渡辺さんが答えます。


「女子のふりしてれば?」


「できるか!」


 こっちも間髪いれずに、ツッコミました。


「まあ、それは冗談だけど。大丈夫よ。そのことについても、考えてあるわ。そういう相談者がきたら、あなたには、部室の外に出てもらうから。三十分くらい」


「全然、考えてないだろ! やだよ、そんなの。相談者がくるたび、外に出るなんて。しかも三十分も」


 とんでもないことを言い出しますね、渡辺さんは。


 この部における、僕の人権はどうなってんでしょうか。


 僕は渡辺さんの腕の中から抜け出し、机の上にどっかと座ると、長い尻尾で机をビッタンビッタンと叩いて、不快感をあらわします。


 って、すごいな、こんなこともAIが自動でするわけ?


 どういう仕組みになってんだ、これ。


「冬になったら、どうすんだよ。通路に三十分も出ていたら凍えるっての」


 僕は、渡辺さんに抗議します。


「たった三十分くらい、いいじゃない」


「よくない! 部長なんだから、部員の健康面にも気をつかえよ!」


 僕たちの会話を聞いていた高橋さんが、口を挟みました。


「あの、部長。うちの学校、全館空調が導入されてるっすから、教室だろうと、通路だろうと、校内なら、どこでも温度は一定っすよ」


「ああ、そうだったわね。じゃあ、なおのこと安心ね。部室の外にいても」


 高橋さんが余計なことを言ったせいで、このままだと、ホントに僕だけ、外に放り出されそうです。


 マズいです、僕から、代替案を提示しないと。


「なあ、相談者のプライバシーを守るという意味でもさ、部室とは別に、相談用の部屋を確保したらどうだ? ちょうど、占い部の前の部屋、空いてるだろ。そこを相談用の部屋として申請してみたら」


 相談者のプライバシーを守るため、と言いましたが、実際は、僕の人権を守るためです。


「一つの部に与えられるのは、原則、一つの部屋なのだけど。学校が認めてくれるかしらね」


「とりあえず、申請してみろよ。理由もちゃんと書いてさ」


「新たな部屋を申請するより、あなた一人を外に出すほうが、手間がかからないのだけど」


「いや、そんなわけないだろ。どう考えても、部屋を申請するほうが、手間がかからないだろ」


 ていうか、よく考えたら、相談者が男子のときは、どうするのさ。


 渡辺さんたち女子が、部室の外に出てくれるんでしょうね?


 そういうことを考えたら、やっぱり、相談用の部屋は必要なはずです。


「……仕方ないわね。じゃあ、面倒だけど、一応、申請してみるわ」


 面倒でも、頼むって。


 渡辺さんたちのためでもあるんだから。


     ◇


 その後、僕を誰が抱っこするかで奪い合いが起きたり、さわる順番などで揉めたりして、僕がアバターロボからログアウトできたのは、夕食のしたく(今日は久々に心春と一緒の夕食です)をしなければならないギリギリの時刻になってからでした。


 ちょっとみんな、ガツガツしすぎじゃない?


 怖かったんだけど。

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