第5話 部活動初日

 翌日、放課後。


 僕は、校舎から渡り廊下を通って、文化系部室棟へやってきました。


 僕と渡辺さんは同じクラスなんだし、放課後になったら、彼女に声をかけて、一緒に部室棟へくる、という手もあったのですが、彼女の場合「なんで私があなたと同伴出勤しなければいけないのよ、変な噂が立ったら困るじゃない」とか、本気で言ってきそうなので、声をかけることはしませんでした。


 案の定、渡辺さんは僕のことを気にかける素振りも見せず、放課後になったら、一人でさっさと教室を出ていってしまいました。


     ◇


 入学のときに学校からされた説明によれば、文化系部室棟は、地下一階、地上四階建ての建物で、校舎と同じく、エレベーターがついているとのことです。


 では、さっそく、部室棟の中に入ってみることにします。


 地下と一階は、調理室、工作室、和室など、特別仕様の部屋ばかりで、それらを使う部の部室になっているそうなので、占い部の部室は、二階より上にあるはずです。


 中央の階段を上って二階へ行くと、左右に伸びる広い通路があり、通路を挟んで向かい合うように、いくつものドアが並んでいます。


 僕は通路を歩きながら、占い部のプレートのついたドアをさがします。


 えーと、占い部、占い部……。


 …………。


 あった、ありました。


 二階の奥に「占い部」のプレートがついたドアがありました。


 正式に部として認めてもらえたようです。


 僕のお陰なんだからな、感謝しろよな、などと、一人悦に入ってから、僕は部室のスライドドアを開けました(教室と同じく床レールのないタイプです)。


 ドアを開けると、中にいた、渡辺さん、佐藤さん、高橋さんが一斉にこちらを見ました。


 僕以外はみんなきていたようです。


 部室の大きさは、教室の半分くらいで、ドアの真正面の壁には窓があります。


 部室の中央に長机が置かれていて、その長机を囲むように椅子が配置され、彼女たちが座っています。


 貴重品をしまうためのものなのか、壁には、埋設された金庫のようなものが見えます。


「ちゃんときたのね」


 渡辺さんが、最初に声をかけてきました。


「くるように言われてたからね」


 僕は相手が誰であれ、交わした約束は守る主義です。


 まあ、渡辺さんが教室を出るとき、僕を誘ってさえくれれば、一緒にこれたんだけど。


 僕は渡辺さんの前にある、空いている椅子に座ります。


 僕の隣には高橋さん、斜め前には、佐藤さんが座っています。


 部室には、生徒しかいないので、僕は渡辺さんに尋ねました。


「顧問の先生は、こないの?」


「こないんじゃなくて、いないの。というか、うちの部には、顧問の先生は必要ないのよ。部活には二種類あって、顧問が必要な部と必要ない部があるの。うちの部は、体を使わないし、危険な機械も使わないから、顧問は必要ないの。まあ、仮に顧問が必要な場合でも、うちの学校の先生じゃなくて、専門知識をもった、外部の人が顧問になるんだけど」


「そうなんだ。じゃあ、実質、この部の責任者は渡辺さん、なんだね?」


「そういうことになるわね」


     ◇


 あらためて、彼女たちを見てみると、机の上でなにかをしています。


 高橋さんは、タブレットのようなものをいじっています。


 佐藤さんは、大きな水晶玉をじっと見つめて、ときどき、手をかざして、なにかつぶやいています。


 渡辺さんは何枚ものカードを並べています。


「今、しているのが、みんなの得意な占いってことなの?」


 僕は疑問を口にします。


 すると、高橋さんが、自分のしていることを説明してくれました。


「私は西洋占星術と人相占いが得意っす。一番得意なのは、人相占いなんすけど、やると怖いって、みんなから言われるんで、最近は占星術をメインにしてるっす。今は、クラスの友達に頼まれた、好きな子との相性を調べているところっす」


 続けて、渡辺さんが補足説明をしてくれます。


「西洋占星術は、複雑な天体の動きや位置を計算してホロスコープを作成する必要があるから、パソコンやタブレットのようなデバイスが必要なの」


 僕が「へー」と感心しながら、高橋さんのほうを見ていると、彼女がこんなことを言ってきました。


「先輩どうっすか。よければ、私の一番得意な人相占いで、先輩の性格や運勢を見てあげるっすけど」


 性格や運勢?


 運勢はともかく、自分の性格は、自分が一番知ってると思うけど……。


 でも、せっかく、見てくれるって言うんなら、見てもらおうかな。


 どれくらい当たるか、お手並拝見ってやつです。


「それなら、頼もうかな」


「じゃあ、私のほうを見てもらうっす」


 僕は、隣にいる高橋さんと向き合います。


 高橋さんは目が大きくて笑顔が似合う、愛嬌のある子で、渡辺さんとは違うタイプの美少女です。


 綺麗な顔してるなー。


 うちの部の女子はみんな、粒揃いです。


 高橋さんは真剣な表情をして、じっと、僕の顔を見つめています。


「うーん、つい最近、生きるか死ぬか、みたいな体験をした顔をしてるっすね。でもって、持ち前の強運で、九死に一生を得たって感じっすかねー」


「えっ?」


 僕は渡辺さんを見て、あのことを喋ったのか、という意味のアイコンタクトをとります。


 渡辺さんは、小さく首を横に振っています。


 ……喋ってないみたいです。


 じゃあ、当てたのは、純粋に高橋さんの能力ってことなんでしょうか?


「あとは、そうっすね。流されやすい性格をしてるっすね。事なかれ主義というか、相手が無茶なことを言ってきても、事を荒立てるのを恐れて、結果的に相手の言い分を認めてしまう、みたいなところがあるっすね。そのせいで、将来、いろいろなトラブルに巻き込まれる感じがするっす」


 僕の顔をさらに詳しく観察するかのように、高橋さんが顔を近づけてきます。


「そ、そうか。いや、もういいよ。それで十分だから」


 僕は慌てて、高橋さんの占いを中断させます。


 高橋さんは「えー、まだこれからっすよー」と言って、残念そうな顔をしてますが、これ以上、続けると、僕のプライベートなことまで全部、暴かれてしまいそうです。


 怖いです、この子。


 人の心を読む、妖怪のサトリみたいです。


 みんなに怖いって、言われるのがよくわかりました。


 占いじゃなくて、超能力とか、霊視とか、そういうのに近いかもしれません。


     ◇


 僕は気分を変えて、水晶玉を見ている、佐藤さんのほうを向きます。


 これは、占いに興味のない僕にもわかります。


「佐藤さんは、水晶占いが得意なんだね」


 僕がそう言うと、渡辺さんが答えます。


「そうよ。こう見えても、佐藤さんの占いのキャリアは十年以上あるのよ。親はプロの占い師だしね」


「そんなに長くやってるんだ。水晶占いなんて、実際に見たのは、はじめてだよ。親がプロの占い師なんてすごいな」


 実力のある部員を集めているというだけあって、みんな、レベルが高いです。


 僕が褒めても、佐藤さんの表情は変わりません。


 相変わらず、無表情のままです。


「それで、渡辺さんは……、タロット占い?」


 僕は彼女の手元にあるカードを見て、言いました。


「ええ。私はタロット占いが得意なの」


 当たりました。


 というか、カードを使う占いは、タロット占い以外、知らないんだけどさ。


 そのあと、渡辺さんは、水晶占いとタロット占いについて、特徴をかいつまんで説明してくれました。


「そういうわけで、みんな、それぞれ、得意な占いがあるから、あなたにも、得意な占いを見つけて欲しいのよ。占いは私が教えるわ。まあ、興味がないのはわかるけど」


「そっか。わかったよ。占い部に入部した時点で、占いに興味がない、なにもできないっていうのは、通らないと思ってたからな」


「抵抗しないで、素直に応じてくれて嬉しいわ」


 渡辺さんはそう言って、僕を小馬鹿にしたような顔をしました。


「占いを教えてもらうくらいで、どんだけ、僕が抵抗すると思ってるんだよ」


 彼女は、僕をどんな人間だと思ってたんでしょうか。


     ◇


「それで、さっき説明したように、占いにはいろいろあるけど、あなたがしてみたい占いってある? どんな占いがいいの?」


 渡辺さんが、僕のしたい占いについて、聞いてきました。


「えーと、占うまで時間がかかるのはイヤかな。それで、占ったら、すぐにズバっと答えが出るような、わかりやすいのがいいな。もちろん、覚えるのが簡単なやつで」


 僕が条件を口にすると、渡辺さんは呆れたと言わんばかりの大きなため息をつきました。


 なんだよ、聞かれたから、素直に答えたのに……。


「それなら、水晶占いが条件に近いと思う」


 僕たちの会話を聞いていたのか、佐藤さんが話しかけてきました。


「水晶占いなら、時間はかからないし、上級者になれば、答えがすぐに映像で映る。ただし、ほかの占いより、難易度は高い。初心者向けではない。それでもよければ、試してみればいい」


 なるほど、水晶占いか。


「じゃあ、試しにやってみたいな」


「わかったわ。でも、試すのは、数日、待ちなさいよ。部費で水晶玉を購入するから」


 渡辺さんが、僕にそう言ってきました。


「わざわざ部費で? 試すだけなのにもったいないよ」


「必要なものには、お金を出すわよ。もともと、占いの道具一式を部費で揃える予定だったから、気にすることはないわ。仮にあなたが使いこなせなくても、部の備品になるだけで、無駄にはならないし」


 そうなんだ……。


 でも、実質、僕のために購入するんだろうし、なんだか気が引けます。


 僕は佐藤さんが使っている水晶玉に、視線を移します。


「ねえ、それって、僕が試しに使うことはできないのかな?」


「……ごめん。この水晶玉は、私のエネルギーを取り込んだ、私専用の物。他人のエネルギーが取り込まれてしまうと、占いの精度に影響することがある。悪いけど、他人には使わせられない」


 佐藤さんが、伏し目がちに答えます。


「そっか。ちょっと、貸してくれって、気軽に言うわけにはいかないんだね」


 それじゃ、仕方ないよね。


「……でも、使っていない、小さな水晶玉なら、今、持ってる」


 佐藤さんが、足元に置いてあるバッグから、直径五、六センチくらいの小さな水晶玉をごそごそと取り出します。


「これを練習用に貸してあげる。昔、使っていたけど、今はもう使っていないから、あなた専用のものとして、部室に置いておけばいい」


 そう言って、水晶玉を小さなクッションの上に乗せて、僕の前に置きました。


「いいの? じゃあ、遠慮なく、使わせてもらうよ。それにしても、普段、使ってない水晶玉なのに、よく持ってたね」


 僕が疑問を口にすると、佐藤さんが淡々とした口調で答えました。


「昨日の夜、今日の部活動のことを占ってみたら、あなたがこの水晶玉を使っている映像が見えたから、用意してきた」


「それって、未来予知じゃん!」


 驚きのあまり、叫んでしまいました。


「すごいっす!」


「すごいわね!」


 高橋さんと渡辺さんも驚いたようです。


 いや、驚くって。


 高校生が部活でやる占いのレベルを遥かに超えてるんですから。


     ◇


「それで、水晶占いをするには、どうすればいいの?」


 僕は佐藤さんに尋ねます。


「水晶玉に知りたいことを問いかけるか、もしくは命令すればいい」


「水晶玉に? じゃあ、問いかける内容は、なににするかな……」


 ……困りました。


 急に言われても、特に思い浮かびません。


 すると、渡辺さんが、


「それなら、私の父方の祖父の家がどこにあるか、問いかけてみて。私が知っているものでないと、当たってるのか、確認できないでしょ」


 そう提案してきました。


 それもそうですね。


 よし、さっそく、試してみましょう。


「渡辺さんの父方の祖父の家はどこにありますか」


 僕はそう問いかけて、水晶玉を凝視します。


「どう?」


「……うーん、なにも見えないけど」


「やっぱりね。まあ、期待はしてなかったけど。無能ね。ポンコツね。占い部のお荷物決定ね」


 いやいや、なに言ってんの?


 右も左もわからないような初心者が、いきなり試して、成功するほうがおかしいでしょ?


 一回、試してできなかっただけで、ポンコツと決めつけるとか。


 自分に占いの才能があるとは思ってないけど、この言い方はひどいよなあ。


 そんなふうに、僕が心の中で、文句を言っていると、


「……フルネームで問いかけたほうがいい」


 佐藤さんがアドバイスをしてくれました。


「フルネームや生年月日など、占う相手の詳しい情報がわかるほど、正確な占いの結果が得られるようになる。今の場合、最低でも、部長のフルネームは言う必要がある」


「そうなんだ。じゃあ、渡辺さんの下の名前、教えてよ」


「……え?」


「いや、『え?』じゃなくてさ。今、佐藤さんが言ってたじゃん、『詳しい情報がわかるほど、正確な結果が得られる』って」


「…………」


 どうしたんでしょうか?


 渡辺さんが黙りこんでしまいました。


 入学の日に、クラスの全員が、教室で自己紹介したのですが、そのときにフルネームを言わない人も結構いました。


 僕はフルネームで自己紹介しましたが、渡辺さんは、名字しか言わなかったので、僕は彼女の下の名前を知りません。


「どうかした?」


「……さ」


「さ?」


「……くらひめ、よ」


「えっ、なに?」


「さくらひめって言ったの!」


 下の名前が?


 フルネームが「わたなべさくらひめ」だってこと?


 桜の木の桜に、お姫様の姫って書く「桜姫」だよね?


 桜姫……。


 ここで「AV女優っぽい名前だね」って言ったら、怒り狂うんだろうな。


 ……言わないけど。


「そ、そっか。珍しいけど、いい名前だと思うよ。でも、名前に姫ってつけるのは博打だよね。美人に成長したら、姫という名前でもなにも言われないけど、そうでなかったら、バカにされかねないしさ。よかったね、美人に成長して」


 僕は一応、渡辺さんのフォローもしておきます。


 いい名前だと思うんですが、当の本人は、その名前が好きではないみたいです。


     ◇


 よし、では、もう一度、占ってみることにします。


「渡辺桜姫さんの父方の祖父の家はどこにありますか」


 僕は水晶玉に問いかけます。


「…………ん?」


「どうしたの?」


「いや、なにか、家みたいなものが映ってる」


「ホントなの? 私たちの気を引くために、でまかせを言ってるんじゃないの?」


「するかっ、そんなこと!」


 ホントに見えてるのに、ひどい言われようです。


「これが、祖父の家ってことなのかな? 結構、大きな日本家屋で、家の背後には山が見えるけど」


「当たってるわ。祖父の家は山のふもとにあるのよ」


「あとさ、映像が小さくて、よくわからないけど、家の前に、赤い箱みたいなのがあるね」


「それはたぶん、犬小屋ね。今はもういないけど、私が幼い頃、祖父が犬を飼っていたの。赤い色のペンキで、私が犬小屋を塗った覚えがあるわ。ペンキが余ったから、ついでに、犬の体にも塗って、体の半分くらい塗ったところで、祖父の家にきていた私の親に見つかって、やめさせられたことがあるわ」


「ついでに犬も塗るなっ! どういう神経してんだよ!」


「なによ、私が幼い頃の話だってば! 物事の善悪がわからないくらい幼い頃の! 誰にでもあるでしょ!」


「誰にでもないっての! 渡辺さんだけだってのっ!」


 そもそも、渡辺さん、今でも、善悪がわかってないでしょ。


 高橋さんを見ると「えー」というような表情でドン引きしています。


 そうそう、それが、今の話を聞いた人の正常な反応だよね。


 佐藤さんは相変わらず無表情のままなので、どう思っているのかはわからないけど。


「それで、家はどんなふうに映ってるの? 正面だけ? 家の裏側は見えないの?」


 僕の向かいにいる渡辺さんが、興味深そうに聞いてきます。


「そっちからは、見えないの?」


「見えるわけないでしょ。物理的に映っているわけじゃないんだから。映像はあなたにしか、見えてないのよ」


「あっ、そうなんだ。家の正面と背景しか映ってないから、わかるのは、これだけなんだよね。あとさ、映像は確かに映ってるけど、小さくて見にくいんだよね。これって、拡大するときって、どうすればいいんだろ」


「拡大しろって、命令したら?」


「よし。……映像をもっと拡大しろ」


 僕は水晶玉に命令します。


「……ダメだ。大きくならない」


「さっきまで、水晶玉には丁寧に問いかけていたのに、いきなり、拡大しろとか、偉そうに命令するから、水晶玉がヘソを曲げたんじゃないの?」


「どんな水晶玉なんだよっ!」


「もう、肝心なところで使えないわね」


 渡辺さんに、こんなことを言われてしまいました。


 僕はついさっき、はじめて占いをしたんだよ?


 映像が映るだけで、十分、すごいんじゃないの?


 ……これって、水晶玉が小さいから、映像も小さいんだよね?


 せめて、そっちの大きなのが、使えればなあ。


 僕は佐藤さんの使っている、こっちの三倍はありそうな、大きな水晶玉をちらりと見ます。


「……これはダメ。私、専用」


 僕の視線と思惑に気づいたのか、佐藤さんは、僕の視線から遮るように、自分の水晶玉を手で覆い隠します。


「わかってるよ、使わないよ」


 さて、どうしよう、困ったな。


     ◇


「ああっ!」


 思わず、自分でも驚くような、でっかい声を出してしまいました。


「なに、びっくりするじゃない」


「……拡大できた」


「ええっ? どうやって? なにをしたの?」


「普通にこう、スマホを使うときのように、二本の指で水晶玉にふれて、ピンチしたら拡大できたんだけど」


「はあ? スマホじゃないのよ」


「でも、実際、それで映像が拡大できたんだから」


 僕は水晶占いのエキスパート、佐藤さんに聞きます。


「ねえ、これが水晶玉の正しい使い方なの?」


「そんなわけない。そんなんで、映像が大きくなったりしない。聞いたことがない。そもそも、水晶玉はそんな使い方はできない」


 佐藤さんはきっぱりと否定します。


「でも、スマホみたいに、映像の拡大、縮小ができるよ。まあ、拡大といっても限度はあるけど。それでも前よりは、ずいぶん細かいとこが、見えるようになってる。ほらほら」


 僕は水晶玉にふれて、ピンチ操作を繰り返します。


「あっ、ピンチ操作以外も可能みたい。タップとスワイプで視点が移動したり、方向転換ができる。ん? 家の裏手に大きな木があるね」


「ええ、そうよ。祖父の家の裏手には、大きな桜の木があるのよ」


「それで『さくらひめ』なのか」


 僕が感心したようにつぶやくと、渡辺さんが僕のすねを蹴ってきました。


「痛っ! なにも悪いこと言ってないだろ!」


     ◇


 痛みがおさまったところで、僕は水晶玉に映っている、渡辺さんの祖父の家の玄関をタップしてみました。


「あっ、家の玄関をタップしたら、室内に入ったよ。室内も移動できるみたいだね。ここは居間かな? 将棋を指している二人がいる。一人は白髪まじりの男性。もう一人は坊さんかな? 袈裟を着てる。白髪まじりの男性は顔がわかるけど、坊さんは、顔にぼかしが入っていて、どんな顔をしているのか、わからない」


 僕は見えたままを説明します。


「白髪まじりの男性が祖父ね。もう一人は、近所の寺の住職だと思うわ。将棋仲間よ。顔になんでぼかしが入っているのかは、わからないけど」


 渡辺さんが、僕の説明を聞いて答えました。


 僕は次に、家の外の映像に対しても、操作を行ってみました。


「家の前の道路も、水晶玉をタップすると移動できるね。少し離れた隣の家には、洗車をしている人がいる。でも顔はわからない。ぼかしが入ってる。畑には農作業をしてる人もいる。この人も、やっぱり顔には、ぼかしが入ってる」


 なんで、顔にぼかしが入っている人と、そうでない人がいるんでしょうか?


「あっ、これ、占いの対象の人だけ、素顔が見えるのか。無関係の人は、プライバシー保護のため、顔にぼかしが入るんだ」


 ようやく、人の顔にぼかしが入る条件がわかったけど、なんだろ、これ?


「ねえ、あなたの水晶占い、なんで、スマホの地図アプリと操作方法、仕様がそっくりなの?」


 渡辺さんが怪訝そうな顔して、僕に聞いてきます。


「いや、知らないよ。僕が知りたいくらい」


 僕が戸惑っていると、僕の占うようすを見ていた高橋さんが、身を乗りだして、興奮気味に話しかけてきました。


「先輩、すごいっすよ! はじめてやった占いで、こんだけのことができるなんて! 占い部の期待のエース誕生っすね! きっと先輩は将来、世界に名を轟かせるような、凄腕の占い師になるっす!」


 ……ちょっと大げさすぎない?


 でも、褒めてくれるのは嬉しいな。


 佐藤さんも、僕の手元の水晶玉を覗き込んで、こんなことを言ってきました。


「映った映像を自在に操作できるなんて羨ましい。あなたに、こんな才能があったなんて知らなかった」


 僕も知らなかったけど?


「昨日は部長がなぜ、あなたを入部させたのか、意味がわからなかったけど、今になって、ようやくわかった。部長の人を見る目を疑った自分が恥ずかしい」


 いやいや、それ偶然だって。


 僕のことをポンコツとか、お荷物とか言ってた渡辺さんに、人を見る目や、才能を見抜く目なんて、あるわけないから。


 恥ずかしいと思うことなんて、ないからね?


     ◇


 渡辺さんは上機嫌です。


 僕が「役立たず」から一転、「使える」ということが、わかったからでしょう。


 渡辺さんのひねくれた性格からすれば、見下していた僕に才能があることがわかって、僕に嫉妬するかと思ったのですが、素直に喜んでいるのは意外でした。


 まあ、僕が「使える」ということがわかれば、渡辺さんが理想としている、少数精鋭の実力主義の部活に近づくわけですから、それで喜んでいるのかもしれません。


 部のことを一番に思っているあたり、腐っても部長でしたね。


「いいわ、上出来よ。あと、場所を当てるほかに、未来や過去のことをどの程度、当てることができるのか、確認しておきたいのだけど、いいかしら」


「うん。構わないよ」


 僕はうなずきます。


 ちょうどいい機会なので、自分がなにをどこまで占えるのか、知っておこうと思います。


「じゃあ、そうね。六月に、うちの学校でフリーマーケットが開催されるでしょ。私も出店する予定なんだけど、そこで私が、なにを売るのかを当ててくれるかしら」


 そういえば、六月にそんなイベントがあったんだっけ。


 僕は出店しないので忘れてたけど。


「そっか、渡辺さんは出店するんだ」


「先輩、私も出店するっす。フリマに参加するのは、今回がはじめてなんで楽しみっす」


「……私も出店する」


 じゃあ、僕以外はみんなフリマに出店するってことですね。


「高橋さんは、なにを売るの?」


「私はホラー映画のブルーレイっすね」


 ええっ、ホラー?


 そんなものを所有してるなんて、高橋さんは、ホラー映画マニアなんでしょうか。


「せっかく買ったのに、売ってしまうってことは、興味がなくなったってこと?」


「いや、そういうわけじゃないっす。今、自分が持っているホラー映画のブルーレイの一部は、見放題のサブスクでも見れるんで、その分のブルーレイは処分することにした、っていうだけっす。興味がなくなったわけではないっす」


 なるほど、持っているのと同じのがサブスクで見られるなら、サブスクのほうがいい、ということなんですね。


「店とかネットでは売らないの?」


「店で売ると安いし、ネットだと、出品するのと梱包するのが面倒なんすよ。店とかネットで売るのは、最後の手段っすね」


 じゃあ、フリマ一択ですね。


「ああ、そうだ。ちょうど今、友達から返してもらった、ホラー映画のブルーレイが手元にあるんですけど、先輩、見ます? 見るんなら貸しますけど。どうっすか?」


 高橋さんは部室のすみに置いてあるリュックから、ブルーレイのパッケージを取り出します。


「ほら、これが私のイチ押しの『恐怖のステーキおやじ』っす」


 高橋さんは「どうだ」といわんばかりの得意げな顔をして、パッケージを僕に見せます。


「……なんなの、それ?」


「殺人で指名手配されている元ステーキハウス経営の男が、町外れにある、無人の洋館に住みついて、何も知らずに洋館を訪れた人たちを殺して、ステーキにして食べてしまうという、ホラー映画っす」


 うわー、内容といい、タイトルといい、それ完全にB級映画じゃないですか。


「どうっすか、ほらほら」


 そう言いながら、高橋さんは僕の顔にパッケージを近づけてきます。


「い、いや、いいよ。僕、怖いのは苦手だし」


 それに、わざわざB級映画なんて見たくありません。


 僕は、パッケージが近づいてくるのを両手で阻止します。


「ええっ、そっすか。もったいないっすねー。ホラー映画を見ないなんて、人生の半分くらい損してるっすよ」


 高橋さんの人生、どんだけ、ホラー映画が占めてんでしょうか。


 彼女は筋金入りのホラー映画マニアだったようです。


 僕への布教に失敗したからなのか、高橋さんは、今度は渡辺さんと佐藤さんのほうを見ます。


 明らかに、僕と同じように、二人にも布教しようとしているようすです。


 それを察したのか、二人は聞かれる前に反応します。


「私は見ないわ」


「……不要」


     ◇


 二人にも断られて、ショックで机に突っ伏している高橋さんを視界に入れたまま、僕は佐藤さんにも聞いてみます。


「佐藤さんは、なにを売るの?」


「私は、いらなくなった動物のぬいぐるみ。集めていたのがたくさんあるから」


 ぬいぐるみ集めが趣味とは……。


 佐藤さんには意外と女の子らしい一面があるみたいです。


 ……おっと、雑談に夢中になってしまいました。


 僕は渡辺さんのほうを向きます。


「それで、渡辺さんが六月のフリマで売る物を当てるんだったよね」


「ええ」


「じゃあ、占ってみるよ」


 僕は、さっきの渡辺さんの祖父の家を占ったときの要領で、彼女がフリマで売る物を占ってみることにしました。


「六月のフリーマーケットで、渡辺桜姫さんが売る物はなんですか」


 名前を口にしたところで、僕のようすを見ていた、渡辺さんの体がぴくっと反応します。


 ……びっくりしました、また蹴られるかと思いました。


 その名前に対するコンプレックス、早めになんとかして欲しいです。


「あっ、映像が見えたよ。渡辺さんは、椅子に座って店番をしてる。レジャーシートの上に、二十足くらいのロングブーツが並んでる。ちょうど、今、履いてるようなやつ。色は黒、白、茶、……豹柄もあるね。売る物はロングブーツでしょ。これで当たってる?」


 僕の水晶玉には、出店場所である大駐車場の一角で、キャップをかぶって、ショートパンツを履いた渡辺さんが出店しているようすが映っています。


「当たってるわ。フリマではロングブーツを売る予定なの。柄まで判るのね。確かに豹柄のロングブーツも持ってるし、売るつもりよ」


「なんで、こんなにたくさん持ってるの?」


「ロングブーツを履くのが好きなのよ。だから、それなりの数を持っているんだけど、ネットでこれいいな、と思って買うと、微妙にサイズが合わなかったり、質感が思ってたのと違ったりして、たいして履かないものが出てくるのよ。今回、売るのは、そういう、気に入らなかったブーツね」


 それでも、いらないものだけで、二十足は多すぎる気がします。


 高校生なのに、それだけの数のブーツを買えるってことは、もしかして、渡辺さんは結構、いいとこのお嬢様なんでしょうか?


     ◇


「先輩は出店しないんすか?」


 高橋さんが僕に聞いてきました。


「うん。不要なものとかないし」


「当日、会場にくることもないんすか?」


「欲しいものは特にないから、行かないな」


 僕がそう答えると、高橋さんは「そっすかー」と言って、残念そうな顔をしました。


 ……ゴメンね、付き合いの悪い先輩で。


「じゃあ、次。私が先週の金曜、学校の帰りに、どこに行って、なにをしたか、当ててみて」


 渡辺さんが僕に向かって言いました。


「いいの? それって、渡辺さんのプライベートなことでしょ? 他人に知られるのは、イヤなんじゃないの?」


「別に。人に見られて、困るようなことをしてるわけじゃないから、構わないわよ。見るのは、どこに行って、なにをしたか、までよ。それ以上は見ないこと。どこに住んでいるかまで見たら、許さないから」


「わかったよ。渡辺さんが行った場所でしたことだけを見ればいいんだね」


 そこまで、住んでいる場所を知られるのを警戒されると、逆にどこに住んでるのか知りたくなってきます。


 まあ、見るなと言われたからには、見ないけどさ。


 ……では、占ってみることにします。


 僕は水晶玉に向かって、先週の金曜に渡辺さんが学校を出てから、どこに行ったのかを問いかけました。


 すると、水晶玉には、制服姿の渡辺さんが、ショッピングモールに入っていくようすが映し出されました。


「ショッピングモールに入っていった。一人で」


「当たってるわ。それから『一人』は余計よ」


「最初に、三階の家電売り場に行って、なにかを買っている」


「当たってるわ。イヤホンを買ったの」


「次は、二階の靴売り場へ行って、靴を買っている」


「当たってるわ。ハイキングのときに履く、トレッキングシューズを買ったのよ。もういいわ、そこまでで」


「そのあと、一階のフードコートに立ち寄って、ドーナツを食べている。一人で」


「もう、いいって言ったでしょっ! それ以上、見ないでっ!」


 渡辺さんが声を荒らげます。


 今どきの女子高生が、学校の帰りに、一人でショッピングモールに買い物に行って、買い物が終わったら、フードコートでドーナツを黙々と食べているなんて、悲しすぎない?


「渡辺さん、一人でこんなことしてて、寂しくないの? 普通だったら、これ、友達と一緒に買い物したり、食べたりして、キャッキャウフフしているシーンだよね? 学校の帰りに、付き合ってくれる友達もいないの?」


「付き合ってくれる友達くらいいるわよっ! 私は一人でいるのが好きなのっ! 好き好んで一人でいるのっ!」


 渡辺さんが血相を変えて、反論してきます。


 なんかウソくさいなー、僕には強がりを言ってるようにしか、思えないんだけど……。


 僕がそんなふうに思っていると、


「部長、声をかけてくれれば、私がいつでも付き合うっすよ。部長とショッピングを楽しみたいっす。私は帰りが遅くなっても大丈夫っす」


「私も誘われれば行く。いろんなとこで、おいしいものを食べたい。気軽に誘って欲しい。門限はないから、遅くなっても構わない」


 高橋さんと佐藤さんが、ぼっちの渡辺さんを気づかって、声をかけてきました。


 彼女たちの思いやりに、思わず、泣けてきます。


 渡辺さん、よかったね、もう一人じゃないよ。


 これで渡辺さんも、今どきの女子高生らしい、ライフスタイルが送れるはずです。


 これだけ言われて、さぞや、言われた本人は感激しているだろう……と思ったら、


「私のことは気づかい無用よ。さっきも言ったけど、私は好き好んで一人でいるんだから」


 こんなことを言っています。


 ええー?


 本気なんでしょうか?


 まあ、本人が今まで通り、一人でいたいって言うのなら、それを尊重するしかないのですが。


 ……ん?


 渡辺さんのようすがなんだか、おかしいです。


 高橋さんと佐藤さんのほうをチラチラと見て、なにか言いたそうです。


「で、でも、そこまで言ってくれるんなら、次からは、あなた達を誘うことにするわ」


 前言撤回すんの早っ!


 ……渡辺さん、チョロすぎない?


     ◇


 数分後。


 渡辺さんは、ほかの二人と、今度、あの店でショッピングをしようとか、スイーツを食べようとか言い合って、楽しそうにはしゃいでいます。


 一人でいるのが好きとか、好き好んで一人でいるとか、渡辺さんがさっきまで、言っていたことは一体なんだったのか、よくわかりませんが、まあ、部員同士、仲良くなって、絆が深まるのはいいことです。


 僕はそんなことを思いながら、彼女たち三人のようすを眺めていました。


 あっ、よく見たら、これは「かたくなに他人に心を開かなかった少女が、人の優しさにふれて心を開き、他人を受け入れる」という、ドラマやライトノベルとかにある感動的シーンじゃないでしょうか?


 よし、僕も部員なんだから、当然、この輪に加わる権利があるはずです。


「僕もいつでも誘っていいよ。できる限り、付き合ってあげるからさ。同じ部活の仲間なんだし、遠慮なんてしなくていいから」


 僕がそう言うと、渡辺さんはぴたりと会話をやめ、僕のほうを向きました。


「いや、あんたはいいわ。なに、しれっと女子トークに割り込んできてんのよ。下心、見え見えで気持ち悪い」


 はあ――――?


 いや、下心なんて全然、ないんだけど……。


     ◇


 午後七時過ぎ。


 見回りにきた職員の人に注意されて、部室を追い出されるような形で、僕たちのはじめての部活動は終了しました。


 原則、部活動は午後七時までに終わらせなければ、いけなかったらしいのですが、部長である渡辺さんは、お喋りに夢中になりすぎて、そのことを忘れていたのでした(途中から僕の存在も忘れていたようですが)。


 結局、占い部といえるような、まともな活動は前半だけで、後半は、占いとは全然関係ないお喋りを女子三人でしていただけでした。


 特に渡辺さんは、よく喋っていました。


 というか、渡辺さんは部長なんだから、部員とは男女差なく、公平に接して欲しいですね。


 いくら僕でも、クラスと部活の両方でぼっちになると、精神的にキツイです。


     ◇


 みんなと別れ、学校を出て、しばらく歩いたところで、僕は自宅にいるであろう妹の心春に「夕食はどうした」とスマホからメッセージを送りました。


 心春からは、すぐに返信がきました。


 内容は「自分で作って食べた」でした。


 とりあえず、ほっとしましたが、実際にどんなものを作ったのか、いろいろ、聞いて確かめるまでは安心はできません。


 本人は、ちぎったレタスにドレッシングをかけて、料理を作った、とか思ってるかもしれないので。


     ◇


「ただいまー」


 部活を終えて、僕が帰宅すると、心春はリビングで、ソファーに寝そべりながら、テレビを見ていました。


 心春は僕のほうをちらりと見ると「おかえりー」と言ってきました。


「夕食は食べたって?」


「うん。もう、とっくに食べ終わったよ。後片付けもしたし」


 冷蔵庫の中を見ると、買い置きしていた食材が減っているし、調理器具を使った形跡もあるし、食洗機には、使用済みの食器も入っています。


 聞けば、ネットの料理動画を見ながら、冷蔵庫にある肉、魚、野菜を使って、適当に何品か作って食べたそうです。


「うまくできたか?」


「まあまあかな」


「時間はどれくらいかかった?」


「一時間半くらいかな」


「そうか。まあ、作っていれば、だんだんうまくなるし、早くできるようになるからな」


 ホントに自分で作ったみたいですね、栄養のバランスのとれた料理を。


 やっぱり、心春はやればできる子でした。


 僕が思っていたより、心春は順応性が高かったようです。


 これで、ようやく、僕の肩の荷が下りました。


 こんなことなら、甘やかさずに、もっと早く、一人でなんでもやらせてみればよかったな。


 まあ、一緒に食事する機会が減ったのは寂しいけど……。


     ◇


 僕は自室のベッドの中で、今日の部活のことを思い返していました。


 佐藤さんと高橋さん……、二人とも、かわいい子だったな。


 佐藤さんは、無口で無表情だから、話しかけるのに躊躇するけど、水晶占いのことを聞けば、必ず教えてくれるし、僕にとっては、占いの先生になるわけだから、これからもいろいろ、教えてもらいたいな。


 高橋さんは性格が明るくて、よく喋るから、部員の中で一番、話しやすそうだったな。


 でも、飛び級で入学してきた子だし、頭は僕よりずっといいはずだから、話す内容にも気をつけないといけないかな。


「この人、年上なのに、私よりバカじゃん」とか思われたら、イヤだし。


 部長の渡辺さんは……、ちょっと性格に問題があるから、うまく付き合っていくには、コツがいるかもしれないな。


 ……いやいや、ちょっとどころじゃないよな。


 自分の命が助かるためなら、何でもしてくる子だし。


 そもそも、向こうから頼んできたから、入部してあげたのに、なんで厚遇されるどころか、こんなに冷遇されてるの?


 明らかに、僕のときだけ、ほかの部員と対応が違うよね?


 これって、おかしいよね?


 …………。


 ま、いいか。


 一応、渡辺さんのおかげで、自分に占いの才能があることに、気づけたわけだし。


 この部活に入ってなければ、気づくこともなかったわけだし。


 そういえば、この高校って、ダメもとで受験した高校だったんだよね……。

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