第6話 高校受験

 二月、受験当日。


 僕は、四月に開校予定の高校、私立七本木学園高校の校門前にきていました。


 きた理由は、もちろん、この高校を(ダメもとで)受験するためです。


 僕の学力では、合格はムリっぽいことは、わかっているのですが、新設校ということもあって、最新の学習環境が整ってるし、家から距離も近くて、なかなか諦められないので、ダメもとでいいから、受験にチャレンジしてみることにしたのです。




     ☆




 僕は職員の誘導で、指定された教室に入り、自分の受験番号と同じ番号の席に座ります。


 ざわつく教室でしばらく待っていると、試験監督の人がやってきて、受験生一人ひとりにタブレットと白紙を配りはじめました。


 もしかして、このタブレットを使って、試験をするんでしょうか。


 ほかの受験生も、配られたタブレットを興味深げに見ています。


 配り終えると、試験監督の人が、試験についての説明をはじめました。


 試験教科は五教科、試験はタブレットを使って行い、解答はすべて選択式。


 全教科の試験が終了すると自動的に採点され、直ちに合否判定が出るそうです。


 やはり、このタブレットを使って試験をするようです。


 受験要項に、即日合格発表と書かれていたのは、こういうことだったんですね。


 白紙はメモや計算など、問題を解くために、自由に使ってよいということでした。




     ☆




 試験がはじまりました。


 最初の教科は、僕の得意な国語です。


 というより、僕には得意な教科が、国語しかありません。


 国語が得意なのは、小さい頃から本が好きで、今でも、よく本を読んでいるからでしょう。


 だから、もし、僕が本気で合格を狙うなら、この得意な国語でできるだけ、点数を稼いでおく必要があります。


 試験問題は縦スクロール方式で、冒頭に「次の問題文を読んで、各設問に答えよ」と書かれています。


 僕は問題文を読みはじめる前に、画面をスクロールして、問題文の長さを見てみることにしました。


 …………。


 ……長い。


 いくらスクロールしても、一向に問題文の終わりが見えません。


 長い、長い、長い!


 呆れるくらいスクロールさせて、ようやく、問題文が終わり、一問目が画面に現れました。


 長すぎるって!


 これ、問題文だけで、三万文字くらいあるんじゃないでしょうか。


 ライトノベル一冊分がだいたい十万文字くらいだから、約三分の一です。


 試験の問題文としては、ありえない文字数。


 紙ではなく、タブレットだからこそ、実現できたともいえる試験問題です。


 これを読んで理解して、さらに問題にも解答しないといけないのだから、情報処理能力が高くないと、時間が足りなくなりそうです。




     ☆




 飛ばし読みを活用しても、問題文を全部、読み終わるのに十分以上かかってしまいました。


 まともに読んでいたら、解答する時間なんて、ほとんどなかったかもしれません。


 ……では、問題にとりかかりましょう。


 問一は、ある人物の友人に関する問題です。


 うん、これはわかります。


 問題文を読んでいるとき、登場人物の人間関係に注意して読んでましたから。


 問二は、問一で答えた人物の家族に関する問題です。


 これも、わかります。


 今のところ順調です。


 続けて、問三以降の問題にとりかかります。


(問三)問二で答えた人物が――。


(問四)問三で答えた人物の――。


(問五)問四で答えた人物と――。


 ……なんでしょう、これは。


 前の問題で答えた人物をもとにして、次の問題がつくられています。


 これじゃあ、最初の答えが不正解だったら、残りの答えも全部、不正解になってしまいます。


 試験には、合格させるための試験と落とすための試験があるそうですが、これは明らかに、落とすための試験です。


 問題文の異常な長さといい、この凶悪な問題といい、この試験問題の制作者は、意地でも、僕たち受験者に点数を取らせるつもりはないようです。




     ☆




 僕は順調に、問題を解き進めていきます。


 今のところ、わからない問題はありません。


 いいですね、このままなら、百点は確実です。


 ――実は、僕にはひそかな自慢があります。


 それは小学三年生のときから、国語のテスト(小テスト含む)では、百点しかとったことがない、ということ。


 現在、連続百点の記録更新中なのです。


 僕が二十問目の問題を表示したところで、画面のスクロールができなくなりました。


 つまり、この二十問目で最後ということです。


 ですが、その最後の二十問目の問題で、僕は頭を抱えます。


 次の選択肢から、正しいものを選べ、という問題なのですが、選択肢の中に正答がありません。


 そんなはずはないと、もう一度、あの長い問題文を読み直しましたが同じです。


 やっぱり、正答がありません。


 間違いないです、出題ミスというやつです。


 受験生からの指摘はないようだし、試験監督の人もなにも言ってこないということは、出題ミスがあることに、受験生も学校側も、まだ気づいていないのでしょう。


 いっそのこと、僕が指摘しようかと思いましたが、出題ミスなら、あとでこの問題は、全員正解ということになるはずだし、合否にも影響はないので、指摘するのはやめておくことにします。


 まあ、目立ちたくない、という理由もあるんですけどね。


 というわけで、この問題は手をつけずにスルーしてもよかったのですが、選択肢の中に、拡大解釈すれば、正答といえなくもないのが一つだけあって気になったので、念のため、それを選んでおくことにします(これが正答ということは、九十九パーセントないだろうけど)。


 その後、僕は余った時間で見直しをして、ケアレスミスのないことを確認しました。


 よし、国語に関しては、(最後の問題を除けば)全問正解で間違いないですね。




     ☆




 午後四時頃、全五教科の試験が終了しました。


 …………。


 やっぱり、実力相応の出来でした。


 国語以外、全然、自信がないので、合格はムリでしょうね。


 まあ、ダメもとだし、わかっていたことですから、悔しくなんかないですけど。


 教室の前のほうでは、試験監督の人が合否判定について説明をしています。


 どうやら、タブレットに表示されている「合格発表」という項目をタップすることで、合否がその場でわかるらしいです。


 その説明の直後から、デロデローとかパパラパパパー、とかいう音がまわりから次々と聞こえてきました。


 合否の表示と同時に、効果音も鳴るようです。


 変なところに凝ってますね。


 僕の隣の人は、デロデローという音が聞こえた直後に「ああー」と言って、両手で顔を覆ってしまいました。


 ……デロデローは不合格みたいです。


 僕は軽い気持ちで、合格発表の項目をタップしました。


 表示されたのは――。


「合格」の二文字でした。


 パパラパパパーとファンファーレも鳴っています。


 …………はあっ?


 …………ご、合格?


 タブレットには合計点数のほか、教科ごとの点数、順位、平均点も表示されています。


 平均より学力が劣る僕が合格するのは、どう考えてもおかしいのですが、よく見ると、国語の平均点が異常に低いことがわかります。


 平均点が三十点にも達していません。


 みんな、あの凶悪な問題にやられたようです。


 一方、僕は九十五点で、順位は一位でした。


 国語の試験は一問五点だったので、一問だけ、ミスしたことになります。


 国語以外の教科については、いずれも平均以下でした。


 つまり、自己分析をすると、国語で点をバカみたいに稼いだことが、合格につながったということになります。


 うわー、運がよかったなー。


 こんなことって、あるんですね!


 合格できたのはよかったのですが、かわりに、僕のひそかな自慢である、国語のテストの連続百点記録は途絶えてしまいました。


 まさか、この僕が国語でミスをするとは……。


 まあ、合格と引き換えなら、記録は諦められるけど、できれば、百点は取りたかったな……。




     ☆




 僕は、机に頬づえをつきながら、今日の試験を振り返っていました。


 一つ、気になることがあります。


 例の国語の出題ミス、どうなったんでしょうか?


 タブレットでは、教科ごとの正答も見られるようになっているので、僕は国語の正答を見てみることにしました。


 国語の項目をタップすると、タブレットにさきほどの国語の試験問題が表示されます。


 僕が選んだ選択肢は黒枠で囲まれていて、正答の選択肢は赤枠で囲まれています。


 一致していれば、当然、点数がもらえます。


 十九問目までチェックしましたが、僕の選択した解答と正答はすべて一致していました。


 つまり、ここまでで、九十五点ということになります。


 なんだ、じゃあミスしてないじゃないですか。


 ということは、あの最後の設問、試験直後で、まだ学校側が出題ミスに気づいてなくて、全員正解扱いにならなかったということなんでしょうか?


 最後の設問を見ると、どの選択肢も赤枠で囲まれてはいません。


 やはり、正答が選択肢になかったということです。


 でも、その選択肢の下に、赤文字で注意書きがされています。


『選択肢の中に正答はない。設問は正しいものを選べなので、いずれも選ばない場合を正答とする』


 はあああああああああー?


 なんだそりゃー?


 僕はバタッと机に突っ伏してしまいました。


 ……そりゃないよー。


 言われてみれば、そうだけど、普通は出題ミスと思うじゃん。


 解答しないのが正解だなんて、誰も思わないよ。


 まさか、あとになって、出題ミスに気づいて、ごまかすために、こんなふうにしたわけじゃないよね?




     ☆




 試験監督の人が、合格者は講堂へ移動するように言っています。


 合格者のみを集めての説明会があるようです。


 いけない、忘れるとこでした。


 両親には「結果が出たらすぐに教える」と言っておいたので、教えておかないと。


 向こうも、僕の合否が気になって、仕事が手につかない、なんて状態だったら悪いし(僕の学力は知っているから、過度な期待はしていないだろうけど)。


 今は時間もないから、とりあえず教えるのは、合否の結果だけでいいよね?


 僕は両親に「合格したよ」とだけ記した、簡素なメッセージをスマホで送信しました。


 これでよし、と。


 送信後、少し待ちましたが、既読はつかなかったので、たぶん、今は忙しいのでしょう。


 しばらくたってから、確認することにします。


 このあと、僕は、ほかの合格者と一緒に、講堂で入学の手続きについての説明をうけて、合格者だけがもらえるという、表紙が金色に輝く(金箔が貼ってあるらしい)、入学のしおりをもらってから、家に帰りました。




     ☆




 家に帰ると、玄関に妹の陽菜の靴がありました。


 僕が「ただいま」と玄関で言っても、返事はありません。


 陽菜は二階の自分の部屋にいるようです。


 両親はいつも帰宅が遅いので、我が家では、僕と陽菜の二人で夕食を作らないといけません。


 ホントは陽菜にも、僕の手伝いをさせて、料理の作りかたを覚えてほしいのですが、なにも手伝おうとしないので困っています。


 スマホを見ると、いつの間にか、メッセージが既読になっていて、僕の合格を喜ぶ両親からのメッセージが届いていました。


 僕の成績がよくないから、ずいぶん心配をかけていたけど、まあ、これでようやく、うちの親も安堵したことでしょう。


 運がよかったとはいえ、合格は合格です。


 夕食の準備をするには、まだ少し早いので、もうしばらく、自由にさせてもらうことにします。


 僕はリビングのソファーに寝転んで、金色の入学のしおりに目を通します。


 すでに知っていたことも多いので、パラパラと流し読みしていくと、授業に関してのところで、僕の目がとまりました。




 要約すると、こう書いてあります。




 一、学校の授業は、タブレットを使って行うため、紙の教科書、ノートは使わないということ。


 二、タブレットには、教科書アプリやノートアプリがインストールされていて、専用のペンで自由に書き込みができるということ。


 三、入学時に、生徒には二台の大型タブレットが無償貸与されるので、そのうち一台は、授業で使うため教室に、もう一台は、家庭学習用として自宅に置いておくこと。


 四、タブレットに書き込んだ内容は、クラウドストレージに保存され、同期できるので、タブレットを持ち運びする必要はないということ。




 つまり、手ぶら登校ができるということです。


 まあ、タブレットに書き込んだ内容は、学校、自宅、どちらのタブレットからでも呼び出せるんだから、両方にタブレットを置いておけば、持ち運ぶ必要がなくなって、必然的に手ぶらでOK、ということになるよね。


 これで、ようやく、あの重くてかさばる、紙の教科書やノートをカバンで毎日、持ち運ぶ苦行から、解放されるというわけです。


 手ぶら登校ができるのは嬉しいのですが、気がかりなのは、事情を知らない近所の人が、手ぶらで登校する僕を見て、なんと思うかです。


 カバンすら持たずに登校する、問題のある生徒、と誤解しなければいいのですが。




     ☆




 僕がリビングで入学のしおりを見ていると、陽菜が二階から下りてきて、試験の結果を聞いてきました。


「ねーねー、試験どうだった?」


 僕は、もらったばかりの金色に輝く、入学のしおりを陽菜に見せます。


「ほれ」


「えっ、どういうこと? まさか、合格したの?」


「そういうこと」


「うっそー」


 大声を出して、驚く陽菜。


「ふふっ、驚いたか。お兄ちゃんも、やるときはやるのだよ」


 ホントは完全に運ですが、運だと知られると兄の沽券に関わるので、見栄を張ることにします。


「はあー、お兄ちゃんが合格するか、友達と賭けてたのにー」


 陽菜がため息をついて、残念そうに言います。


「ん? ため息をつく意味がわからないけど。お兄ちゃんが合格したんだから、賭けに勝ったんだろ? 喜べばいいだろ?」


「……私はお兄ちゃんの不合格に賭けてたから」


「兄の不合格に賭けんなっ!」


 叱られた陽菜は「てへっ」と可愛らしく笑って、舌を出します。


 なんだそれ、自分でかわいいと思ってやってんのか。


 ……まあ、かわいいけど。


「なにを賭けてたんだよ」


「友達二人分のクレープ」


 兄の合格、安すぎだろ、と思いましたが、中学生の小遣いで賭けるのだから、そんなもんかもしれません。


「あのな、身内なら、兄が合格するほうに賭けろよ。それが普通だろ」


「だって、合格しないと思ってたんだもん」


 本人を目の前にして、よくこんなことが言えるものです。


 でも、今回の合格で、少しは兄を見直したことでしょう。


「合格したってことは、じゃあ、今日の夕食は豪華なんだよね?」


「いや、いつも通りだけど」


 僕はきっぱりと答えます。


 僕自身、合格するとは思ってなかったから、特別な食材は用意してません。


 今日の夕食は、いつものように、ありあわせのもので、適当に作る予定です。


 そもそも合格したのは僕だし、僕はそれで構わないので。


「ええー? 豪華なのにしてよー。お兄ちゃんが合格したせいで、賭けに負けて、余計な出費するんだから、その分、食事で取り戻さないと。お兄ちゃんにも責任があるんだよ」


「あるんだよじゃないだろ! これっぽっちもないだろ! 頑張って合格したお兄ちゃんのどこに責任があるんだよ。人に責任を転嫁するなっ」


 そもそも、不合格に賭けるほうが間違ってるだろ。


 陽菜は「ねーねー」としつこく、豪華な夕食を作るように要求してきます。


 あー、もう、うるさいなっ。


「……わかったよ。じゃあ、少しばかり豪華な夕食にするから」


 僕がそう言うと、陽菜はパアッと笑顔を見せます。


 結局、僕のほうが折れることになってしまいました。


 妹には甘いですね、僕は。


「そうそう。高校合格なんて、一生に一度しかない、ビッグイベントなんだから、こういうときこそ、バーンと豪華にいかないと」


 簡単に言ってくれるけど、その豪華な夕食の材料を買いに行くのは僕だし、作るのも僕じゃないか。


 なんで、お祝いされるほうが、一から十まで、全部しないといけないんだよ。


「それでね、唐揚げとか、ハンバーグとか、肉料理がいっぱいあるのがいい」


「はいはい、肉ね」


 まあ、伊勢海老が食べたいとか、言われないでよかったけど。


 あーあ、面倒くさいなー、あとで、買い物に行かないといけないじゃん。


 今日は、買い物に行くつもりなかったのに……。


 余計な仕事が増えちゃったよ。


 陽菜は自分の要求が通って、満足したのか、リビングを出ていきます。


 僕の手伝いをする気はないようです。


 せめて、今日くらいは「なんか手伝うことない?」とか言ってくれれば、かわいげもあるのに。


 そう思っていたら、陽菜は立ち止まって、僕のほうを振り向きました。


「ああ、言い忘れた。お兄ちゃん、合格おめでとっ」


「えっ? あ、うん」


 それだけ言うと、陽菜は二階の階段を上っていきました。


 …………。


 まあ、少しはかわいげがある……、かな。




     ☆




 とまあ、こんな経緯で、僕はこの高校に入ってきたのです。


 ダメもとでもなんでも、チャレンジしてみるものですね。


 ちなみに、明日は、はじめてのコスプレにチャレンジです。

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