第7話 コスプレデー

 翌日。


 今日は入学してから、はじめてのコスプレデーです。


 七本木学園高校では、一年のうち何日かが、コスプレデーに設定されていて、その日、生徒は学校が用意した、ユニークな衣装を着て(コスプレして)、放課後まで過ごすことになっています。


 なんで、学校でコスプレをするのかというと、変化のない日常に刺激を与える、というのが理由らしいです。


 なお、今日のコスプレデーで僕たちが着るのは、ファンタジー系の衣装、ということです。


 そういうわけで、僕は登校すると、教室ではなく、衣装が用意されている体育館へと、そのまま向かったのでした。


     ◇


 体育館へ行くと、カウンターと更衣室が設置されていて、戦士や神官、魔法使い、村人といった、ファンタジー系のマンガやアニメに出てくるようなキャラにコスプレした生徒が、あちこちをうろついてました。


 僕はカウンターにいる職員に、自分のスマホに表示された衣装番号を提示して、衣装の入った手さげ袋を受け取ります。


 袋には「魔法使い」と記載されています。


 実は、コスプレデーで着る衣装は、自分で選ぶことができません。


 それどころか、今みたいに、当日、衣装を受け取ってからでないと、自分がなんのコスプレをするのかさえ、わからないのです。


 完全に「当日になってからのお楽しみ」なのです。


 僕は空いている更衣室に入り、そこで衣装を広げてみました。


 魔法使いというので、さっき見た生徒が着ていた「つばの大きな黒い帽子と黒いローブ」のような、黒一色の地味な衣装を想像していたのですが、デザインが違ってました。


 僕が受け取ったのは、フード付きのローブみたいな感じの衣装で、生地の色は黒ですが、裾や袖口などに、金糸での刺繍が施してあります。


 魔法使いにしては、結構、派手な衣装なので、これは、山奥にひっそりと住んでいる魔法使いではなく、王宮に呼ばれて、王様に進言するような、高位の魔法使いをイメージしたものなのかもしれません。


 ローブ裏側の見えないところには、大きなポケットがあって、スマホや小物を入れられるようになっています。


 衣装には、結構な金をかけているようで、生地は厚く、縫い目もしっかりしていて、チープさは感じられません。


 僕のような素人から見ても、衣装の出来はとてもいいことがわかります。


 衣装に付いてきた注意書きには「上着を脱いで着用」とあるので、僕はブレザーを脱いで、ワイシャツの上から、ローブを羽織ります。


 フードはかぶると、視野が狭くなってしまうので、かぶらないことにします。


 袋の中には、衣装のほかに、靴も入っているので、今、履いているスニーカーから、その靴に履き替えることにします。


 くるぶしが隠れるくらいのブーツみたいな黒い靴で、サイズもピッタリです。


 魔法使いの衣装に着替えた僕は、更衣室の鏡の前でくるりと回って、全身を確認します。


 うん、はじめてコスプレしたけど、わりと似合っているような気がします。


 脱いだ上着と靴は、衣装の入っていた袋に入れて、カウンターに預けました。


 帰るとき、衣装と引き換えになるそうです。


     ◇


 体育館の奥のほうに、人だかりができています。


 なんだろうと思って覗いてみると、黒猫を抱いた女子がその中心にいました。


 黒猫は言うまでもなく、理事長です。


 理事長は、自分を抱いている、村娘の衣装を着た女子に、衣装の感想を聞いているようです。


 久しぶりですね、これだけ間近に理事長を見たのは。


 例のアバターロボを捕獲したとき、以来でしょうか。


 あのときは、本物の猫の肛門に指を突っ込んだりして、ひどい目にあいました(一番ひどい目にあったのは、突っ込まれた猫ですが)。


 人だかりから少し離れたところに、スーツを着た女性の秘書が立っています。


 理事長は、僕が見ていることに気づくと、床に飛び下りて、僕の足元まで走り寄ってきました。


「お前は以前、捕獲に協力してくれた生徒だニャ」


 僕は足元にいる理事長を抱き上げます。


「そうです。九組の橋本です」


 一応、顔は覚えていてくれたみたいですね。


「お前の言った通り、あれから首輪を付けたのニャ」


 そう言う理事長の首には、以前にはなかった、赤い首輪がついています。


「よく似合ってますよ。黒猫に赤い首輪は定番ですよね」


「私も気に入ってるのニャ。今、生徒たちに、衣装の感想を聞いていたところなのニャ。お前のその衣装はどうニャ?」


 僕に抱っこされている理事長が、そんなことを聞いてきました。


「えーと、そうですね。こういう衣装を着たのは、はじめてですけど、予想以上にしっかり作られていて、出来はいいと思います。まあ、事前に好きな衣装を選べたほうが、よかったとは思いますが」


 僕がそう言うと、理事長が答えました。


「自分で好きな衣装を選べると、人気のある衣装と人気のない衣装にわかれて、偏りがでてしまうから、ダメなのニャ。だから、自分で衣装を選べないようになっているのニャ」


「そうなんですか。じゃあ、着る衣装はランダムで決まるんですか?」


 僕は理事長に質問します。


「ランダムではないのニャ。入学のときに行った健康診断のデータに基づいて、体格にあった衣装が選ばれるようになってるのニャ。例えば、戦士の衣装を着られるのは、戦士が似合う、背が高くて体格のいい生徒だけなのニャ。魔法使いは、逆に、体格がいいと似合わないので、痩せてる生徒や小柄な生徒だけが、その衣装を着られるようになっているのニャ」


「へー、ランダムじゃなかったんですか」


 だから、僕は魔法使いの衣装なんですね。


「衣装によって、着られる条件がいろいろ決まってるのニャ。中でも、プリンセスとプリンスの衣装は別格ニャ。これは、容姿も条件に入っているので、着られる生徒は、選ばれた、ごく一握りの美少女、イケメンだけなのニャ」


「えっ、そんな衣装もあるんですか?」


 僕は館内を見回しますが、それらしき衣装を着ている生徒は見当たりません。


「いないみたいですけど……」


「今はいないのニャ。少し前に、プリンセスの衣装を着た女子生徒が一人いたのニャ。そのときは、すごい人だかりだったのニャ」


 うわー、それは見たかったな。


「私はまだ、多くの生徒に感想を聞かないといけないのニャ。そろそろ下ろすのニャ」


「あっ、はい」


 理事長を床に下ろすと、すぐに一人の女子が、待ってましたとばかりに抱き上げます。


 すると、他の女子が「さわりたーい」「抱かせてー」と言って、まわりに集まっていきます。


 ……それ、操作してるのは爺さんなのに、そんなにいいんでしょうか。


 これだけ生徒に人気があるところを見ると、少女の声にボイス変換しているのは正解でしたね。


 爺さんの声だったら、ここまで人気はなかっただろうし。


 さて、着替えたことだし、そろそろ、教室に行くことにします。


 僕がこの場から去ろうとしたら、秘書の女性と目が合いました。


 なんだか、こっちをにらんでいるような気がしましたが……、気のせいですよね?


     ◇


 一時限目がはじまる前の教室。


 魔法使い姿の僕が、教室の前のドアを開けると、いつもは聞かれない「おおー」という、クラスメイトの歓声が聞こえてきました。


 どうやら、誰がどんな衣装を着てくるか、みんな注目して、観察しているようです。


 普段はクラスメイトに注目されることのない僕ですが、はじめて注目されてしまいました。


 教室を見渡すと、既にクラスの半数程度の生徒が登校していて、友達同士で衣装を見せ合ったりしています。


 僕が席に座ると、教室の後ろのほうで、男子の「うおおー、すっげー」と叫ぶ声が聞こえました。


 僕が声につられて後ろを見ると、ショートヘアの女子が、後ろのドアから、体をかがめて、こっそりと教室に入ろうとしていました。


 彼女はビキニのような鎧を身につけ、さらに、腕と足にも防具のようなものをつけています。


 これらの防具には、凝った装飾とメタリックな赤い塗装が施され、金属っぽい質感がでています。


 スマホなどの小物を入れるためなのか、腰にはベルトポーチのようなものがついています。


 靴はブーツのようなものを履いてますが、こっちも衣装にあわせてメタリックです。


 ――こ、これは!


 あの有名な、ビキニアーマーと呼ばれる衣装じゃないですか!


 彼女はバレー部に所属している、吉田さんです。


 長身でむっちりした肉つきのいい体と、豊かなバストが目を引く、特に男子に人気のある女子生徒。


 愛嬌があって、性格も明るく、誰とでも話すので、友達の多い子です。


 吉田さんは男子に見つかって「ぴゃっ」と驚いた声を上げました。


 目立ちたくないから、後ろのドアからこっそり入ってきたんでしょうが、あいにく、彼女の席は教室の前のほうにあります。


 どう考えても、途中で見つかって、大騒ぎになるのはわかりきっています。


 それなのに、後ろのドアから入れば見つからないと、本気で思っていたんでしょうか。


 吉田さんの存在に気づいた男子たちが歓声を上げて、次々と彼女にスマホを向けはじめます。


 自分が撮影されていることに気づいた吉田さんは、その場でしゃがみ込んで、両腕で胸を隠して「やめてえ、撮らないでえ」と訴えてますが、男子たちは彼女の訴えを完全に無視して、スマホで撮影を続けています。


 ……まあ、普通の男子なら撮らずにはいられないよね、これは。


 ムチムチした体つきしてる子だし、しかもそんな子が、ビキニ姿なんですから。


 クラスの女子で、ビキニアーマーを着ているのは、彼女だけです。


 そして、ここまで露出度が高い衣装を着ているのも、彼女だけです。


 今の時点で、これだけ恥ずかしがってるのに、彼女は放課後まで耐えられるんでしょうか。


 吉田さんは席についてからも、男子たちからスマホを向けられ、撮影されているようです。


 衣装が当日、そのときにならないとわからないのは、不親切だなと思っていましたが、今の彼女の反応を見ると、やっぱり、わからないのが正解かもしれません。


 こういう露出度の高い衣装を自分が着ることになると事前に知っていたら、イヤがって、学校にこないかもしれませんから。


 教室を見ると、もうほとんどの生徒が登校しているので、彼女がクラスで一番、目立つ衣装だったようです。


 と思っていたら――。


     ◇


 教室の前のドアが開くと同時に、ひときわ大きな歓声が上がります。


 男子の歓声以外にも、女子の悲鳴のような歓声も混じっています。


 ドアを開けて入ってきたのは……。


 ――渡辺さんでした。


 彼女は、肘くらいまでの長さがある白い手袋をはめて、細かな刺繍が施された、高級感のある白いドレスを着ています。


 頭と首には、たくさんの宝石と装飾がついた、ティアラとネックレスをつけています。


 ドレスの胸元が開いているため、胸の谷間が見えてますが、デザインのせいか、下品さは感じられません。


 一目見ただけで、なんの衣装かわかりました。


 渡辺さんが着ているのは、プリンセスの衣装です。


 どうやら、彼女が、理事長の言っていた「選ばれた、ごく一握りの美少女」だったようです。


 渡辺さんの胸の谷間に魅了されたのか、普段は会話もしない男子たちが、わらわらと彼女のまわりに集まっていきます(女子も集まっていますが)。


 最初のうちは、普段と違うクラスメイトの反応に戸惑っていた渡辺さんでしたが、チヤホヤされているうちに、まんざらでもなさそうな態度に変わります。


 渡辺さんは、クラスメイトから「美人で背が高いから、衣装映えするね」とか「ホントのお姫様みたいだね」とか言われて「そうかしら」などと謙遜しているようです。


 ……そんなこと、絶対、カケラも思ってもないくせに。


 僕の知る彼女の真実の姿をみんなにも、教えてやりたいくらいです。


     ◇


 休み時間になると、プリンセスの衣装を着ている美少女を一目見ようと、ほかのクラスから男子が大勢集まってきて、教室の前に人だかりができていました。


 彼らの話からすると、プリンセスの衣装を着ている女子は、渡辺さんのほかには、一人しかいないらしいです。


 あと、うちのクラスではいませんでしたが、ほかのクラスでは、プリンスなる衣装を着た男子もいたそうです(そちらのクラスでは女子の人だかりができていたとか)。


 ――渡辺さんはこの日、ずっとクラスメイトに囲まれていて、大モテでした。


 よかったね、これを期に、ぼっちから卒業できるといいね。


 衣装は、午後五時までに返却するようにと言われていたので、放課後になると、僕はすぐに体育館へ行って、衣装を返却して、それから部室へと行きました。


     ◇


 部室のドアを開けると、プリンセスの衣装のままの渡辺さんと、制服姿の佐藤さんの二人がいました。


 まだ着てるし!


 佐藤さんは椅子に座っていますが、渡辺さんは立ったままです。


 渡辺さんは、佐藤さんにドレスをさわらせて、なにか話しているので、たぶん、衣装を見せびらかしているのでしょう。


 クラスメイトに見せびらかすだけでは足りなくて、部のメンバーにも見せびらかす気のようです。


 渡辺さんのドレスから覗く、胸の谷間に、思わず目が釘付けになりますが、見ているのがバレるとタダではすまないと思うので、なにも見えてないふりをして、僕はさっさと、佐藤さんの前の椅子に座ります。


 僕が椅子に座ったタイミングで、ちょうど、二人の会話が途切れたようなので、僕は佐藤さんに話しかけました。


「ねえ、佐藤さんは、どういう衣装だったの?」


「……地味な村娘。たいした衣装じゃない」


「そうなんだ。でも見たかったな。写真とか撮ってないの?」


 僕がそう尋ねると、佐藤さんはポケットからスマホを取り出して、自分の写真を見せてくれました。


 教室で、友達二人と一緒に撮ったと思われる写真です。


 三人で並んでいて、中央が佐藤さんです。


 佐藤さんは、村娘の衣装を着て、編み上げブーツを履いています。


 両隣の二人は……、なんていうか、すごく体格がいいというか、肥えているというか、そんな感じの女子です。


 二人は、酒場とか、宿屋とかの女主人、みたいな格好をしています。


 友達二人は笑顔です。


 佐藤さんは無表情のままですが。


 ……友達いたんだね。


 三人で、ぴったりとくっついているので、仲がいいのでしょう。


 よかった、安心したよ、クラスで友達と仲よくやっているみたいで。


 なんだか、娘の学校生活を心配する、父親の気分ですね。


 写真をじーっと見つめている僕に、気恥ずかしさを感じたのか、佐藤さんはすぐにスマホを引っ込めてしまいました。


「じゃあ、僕のも見せるよ。ほら、僕のはこんな衣装だよ」


 僕はスマホをポケットから取り出して、佐藤さんに魔法使い姿の自分の写真を見せました。


 これは、放課後、僕が衣装を返しに体育館へ行ったとき、記念に一枚くらいは写真を残しておこうかなと考えて、更衣室の鏡の前で自撮りしたものです。


 渡辺さんは、僕のスマホを勝手に覗くと、


「やだ、自撮りじゃない。撮影を頼める友達がいなくて、自分で撮るしかないなんて、かわいそうね、あわれね」


 こんなことを言ってきました。


 言わなくてもいい不快なことをわざわざ言ってくるあたり、上品なプリンセスの衣装をまとっていても、中身はいつもの品性卑しい渡辺さんでした。


 佐藤さんは、僕の写真をまじまじと見つめています。


「魔法使い?」


「うん」


「……いい。似合ってる」


「そっか」


 佐藤さんにしばらく見せてから、僕はスマホをポケットに戻しました。


     ◇


 突然、部室のドアが開いて、高橋さんが入ってきました。


 彼女が着ていたのは、ビキニアーマーでした。


 うわっ、まさかのビキニアーマー!


 再び、ビキニアーマーをこんな間近で見られるとは思いませんでした。


 しかも、この時間になっても、まだ衣装を着ているということは、渡辺さんと同じく、見せびらかすためにきたと思って、間違いないでしょう。


 高橋さんを見ると、僕のクラスの吉田さんみたいに、むっちりした肉つきのいい体をしています。


 バストは吉田さんより、若干、控えめですが。


 もしかして、ビキニアーマーを着るための条件って、むっちりした肉つきのいい体をしていることなんじゃ。


 このアーマーって、金属っぽい塗装がしてあるけど、もちろん、金属じゃないんだよね?


 部室に入ってくるなり、高橋さんは渡辺さんを見て、


「うおお、部長、お姫様じゃないっすか! すごい衣装っすね!」


 と、感嘆の声を上げました。


 いや、すごいのは、高橋さんの衣装もなんだけど……。


 よくそんな恥ずかしい格好で、堂々と校舎から部室棟までこれたものです。


 違う意味で感心してしまいます。


 同じビキニアーマーを着ていた吉田さんは、終始、恥ずかしがっていたけど、高橋さんの頭の中には、恥ずかしいなんて言葉自体、ないのかもしれません。


 高橋さんは「へーへー」と関心するような声を上げながら、立っている渡辺さんのまわりをせかせかと動き回って、衣装を観察しています。


「この衣装、細部にもこだわっていて、よくできているっすね。美人でスタイル抜群の部長が着ていると、本物の姫なんじゃないかと勘違いしてしまいそうっす。違和感がまったくないっす。つけているティアラやネックレスが、見事に部長の美しさを引き立たせているっす。部長のための衣装みたいっす」


 本気で言ってるのか、お世辞で言ってるのか、わかりませんが、なかなか口がうまいです。


 すっかりのぼせあがって、ご満悦な渡辺さんが、やれやれ感満載で口を開きました。


「この衣装、ずっと着ているのって、結構大変なのよ。ヒールは高いし、ドレスは重いし、裾を踏まないようにしないといけないし。それに、みんなに注目されるから、気づかれするし」


 言ってることと、やってることが一致してないじゃないですか。


 そんなに大変なら、いつまでも衣装を着てないで、さっさと返しに行けばいいのに。


 僕は、高橋さんに聞いてみました。


「高橋さんのクラスには、プリンセスの衣装を着てる生徒はいなかったの?」


「いなかったっすね。いるクラスと、いないクラスがあったみたいっす。ほかの衣装と違って、特別な衣装なのかもしれないっす」


 やっぱり、理事長の言った通り、プリンセスとプリンスの衣装は特別のようです。


「じゃあ、プリンスの衣装を着た生徒は?」


「私のクラスには、いなかったっす。でも、隣のクラスには、いたっすよ。休み時間になるたび、あちこちから女子が大勢、押しかけてきて、人だかりができていたっす」


「へえ、どんな人なの?」


「佐藤先輩のクラスの生徒っすよね。長身で美形の男子っす。そのまま、雑誌モデルとして通用するくらいっす。父親は、大手家電販売店の社長をしているとかで、家はかなりのお金持ちらしいっす。金がある上に美形ときては、女子が殺到するのも無理はないっす」


 うわあ、長身で美形でお金持ちで、女子に大モテですか。


 それは男からすると、敵みたいな存在ですね。


 でも、それほどの美形なら、男の僕でも一度くらいは見てみたいような……。


「その人の写真は撮ってないの?」


「私は撮ってないっすね。見ただけっす」


「佐藤さんは?」


「撮ってない」


 それは残念。


 見てみたかったんだけどな。


     ◇


 高橋さんは、椅子に座っている僕と佐藤さんを見て、


「二人とも、着替えちゃったんすね。どんな衣装なのか、見たかったっすよ」


 と、残念そうに言いました。


「僕は魔法使いだったよ。ほら、こんな感じ」


 そんなに見たければ、ということで、僕はスマホを出して、自撮りした写真を高橋さんに見せてあげました。


「おおっ、いいじゃないっすか、カッコイイっすね」


 佐藤さんも、高橋さんにスマホを見せています。


「で、高橋さんは、なんでそんな格好のまま、ここにきたの?」


 まあ、言わなくても、だいたい予想はつくけど。


「決まってるじゃないっすか。先輩に見せるためっすよ。ほら、先輩どうしたんすか。写真、撮っていいっすよ。ポーズとったほうがいいっすか?」


 そう言って、高橋さんは、くねくねと体をひねって、奇妙なポーズ(たぶん本人は悩殺ポーズのつもり)をとっています。


「……いや別に撮らないけど。なんで、高橋さんのそんな姿を撮る必要があるの?」


「ええー? 私は、今日一日、クラスの男子からスマホを向けられて、撮影されまくりだったんすよ。先輩もさっきから、私の体を肉欲丸出しの目で、じろじろ見てるし、このまま、撮影の許可を出さないと、蛇の生殺し状態でかわいそうだと思って、こっちから、誘ってみたんすけど」


「誰が肉欲丸出しの目で見てんだよっ!」


 後輩から、そんなふうに見られてたとわかって、ショックです。


「全然、違うっての! 金属っぽい塗装がされている、そのビキニアーマーの素材はなんだろうと思って、見てたんだよ」


 高橋さんは、ビキニアーマーの素材を確認するように、自分でさわりながら、僕の疑問に答えてくれます。


「これっすか? これは、ウレタンみたいなやわらかい素材っすよ。でも、ウレタンよりは通気性いいっすよ。ずっと、着ていても蒸れないっすから。硬そうに見えますけど、硬い素材じゃないっすよ。このまま椅子とかに座るんすから」


 やっぱり、そうだよね。


「さわってみるっすか?」


「えっ? いや、もういいよ。どんな素材だったのかわかったし。わざわざさわらなくても」


「せっかくなんだし、どれくらいやわらかいか、さわって確かめてみるっすよ」


 そう言うと、高橋さんは立ったまま、僕の手を掴んで自分の胸へと持っていきます。


「どっ、どこをさわらせようとしてんだよ!」


 僕は掴まれた手を引っ込めようと抵抗します。


「素材だよ! やわらかさを知りたいのは、アーマーの素材のことだってば! 誰が、胸のやわらかさを知りたいって言ったんだよ!」


「わかってるっすよ。胸にもアーマーがついてるじゃないっすか。だから、ここのアーマーをさわってもらおうと思ったんすけど」


 高橋さんは、僕の手を掴んだ状態で、そんなことをしれっと言ってきます。


「胸のアーマーはマズいって! アーマーなら、腕とか足にもついてるじゃないか」


「ああ、胸じゃないところで、ということなんすね」


「そうそう。当たり前だろ」


 そもそも、僕はさわらなくていい、って言ったんだけど……。


 ていうか、高橋さんは構わないの?


 僕に胸をさわられても。


「じゃあ、こっちは、どうっすかね?」


 高橋さんは、掴んでいる僕の手を足のほうへ誘導していきます。


「うん、足のアーマーなら、特に問題は――」


 そのまま、僕の手は真っ直ぐ、足のアーマーのところへ、と思いきや、途中で方向を変えて違うところへ――。


 そこは、足じゃなくて、股間じゃないか!


「そ、そっちはもっとダメだろ!」


 僕は慌てて、彼女の手を振りほどきます。


 高橋さんは慌てふためく僕を見て、ニヤニヤと笑っています。


 ……もしかして、これは、僕の反応を楽しむために、わざと胸とか股間のアーマーをさわらせようとしているんでしょうか?


 そんなふうに僕たちが騒いでいると、


「橋本くん! 部室で淫らなことしないで!」


 渡辺さんに注意されてしまいました。


 ええっー、なんで僕だけ?


 その直後、衣装をまだ返却していない生徒は体育館にきて返却するようにという、校内放送が流れました。


 放送を聞いた渡辺さんは、ドアのほうへ歩いていきます。


「じゃあ、私は返してくるわ。高橋さんは?」


 渡辺さんはドアハンドルに手をかけた状態で、高橋さんに尋ねます。


「私も行くっす。もう、十分、先輩の反応を楽しんだっすから」


 高橋さんはそう言うと、笑いながら、渡辺さんと一緒に、外へ出ていってしまいました。


 やっぱり、遊ばれてたみたいです……。


 渡辺さんは、出ていくとき、僕を汚物でも見るかのような目で見ていました。


 いや、だから、騒いでたのは僕のせいじゃないんだけど。


     ◇


 二人が出ていったので、部室にいるのは、僕と佐藤さんだけになりました。


 さっきとは打って変わって、部室に静寂が訪れます。


「……ちょっといい?」


 僕の前に座っている佐藤さんが、僕に声をかけてきました。


 うわっ、これはきっと、さっきの部室で騒いでいたことを注意されるに違いありません。


「あなたの占いのことだけど」


 ……占い?


 なんだ、さっきのことじゃないのか。


 僕の占いがどうしたんでしょうか?


 佐藤さんは水晶占いのエキスパートです。


 もしかして、そのエキスパートから、なにか忠告されるんでしょうか?


 少しくらい占えるようになった程度で、いい気にならないでよね、とか言われるのでしょうか?


「昨日、あれから、私も同じように水晶玉をさわってみたけど、あなたのように、映った映像を操作することはできなかった」


「そ、そうなんだ」


 なにを言われるのかと思って、身構えましたが、無用な心配でした。


 よく考えたら、いい気にならないでよねとか、そんな非常識なことを平然と言ってくる人がいるとしたら、それは渡辺さんくらいですよね(さすがに、まだ言われてないけど)。


「映像を操作するのって、なにか特別なコツでもあるの?」


 まさか、水晶占い初心者の僕が、水晶占いのエキスパートに、コツがあるのとか、そんなことを聞かれるとは……。


「いや、特にないと思うけど。僕は最初から、あのやりかた以外知らないから、僕にはあれが特別か、特別でないのか、わからないんだ」


「……そう」


 これで、納得してくれたでしょうか?


「もう一度、あなたが占うとこ、間近で見せてほしい」


「わかった」


 佐藤さんがそう言ってきたので、僕は了承します。


 僕は、部室の壁に埋設されている金庫から、MY水晶玉(ホントは佐藤さんのだけど)を取り出すと、彼女の隣に座ります。


 そして、昨日と同じく、水晶玉に映像を映し出して、タップしたり、ピンチしたりして、ひと通り、操作して見せました。


 佐藤さんも、僕の真似をして、同じように、自分の水晶玉で操作しようとしています。


 でも、何度試しても、僕と同じことはできないようです。


 佐藤さんがつぶやきました。


「……ダメ。どうやっても、あなたのように、水晶玉を使うことができない。人生ではじめての挫折」


 ええっ、これがはじめてなの?


 僕なんか、挫折ばっかりだけど。


「まあ、誰にでも、できることと、できないことはあるから」


 僕はそう言って、佐藤さんを慰めます。


 佐藤さんは、じっと僕の目を見つめて、こんなことを言ってきました。


「あなたのその才能が羨ましい。母以外で、はじめて私の才能を上回る人に出会って、私は動揺している」


 そういえば、佐藤さんの親って、プロの占い師なんだっけ。


「でも、その母でさえ、あなたのようなことはできない。つまり、あなたの才能は、ある意味、母以上ということ」


 佐藤さんはそう言うと、視線を机の上に落とします。


「……ごめん、力になれなくて」


「…………」


 ショックだったのか、佐藤さんはそのまま、黙りこんでしまいました。


「……大丈夫。あなたでも、力になれることがある」


「えっ?」


 佐藤さんが突然、立ち上がります。


 僕はビクッとします。


「我が家は先祖代々、占い師の家系。ときには、政治家や事業家相手に占いをして、政治や事業のアドバイスをすることもある」


 佐藤さんは立ったまま、僕に向かって話しかけてきます。


 意気消沈していた、さっきとはがらりと変わって、彼女の全身にみなぎるような気迫を感じます。


「それは……、すごいね」


 佐藤さんの迫力に圧倒された僕は、思わず席を立つと、後ずさりします。


「私自身、家名を汚さないように 優秀な占い師であることを要求されるけども、優秀な占い師になるべき子を産んで、家系を存続させることも要求される」


「へ、へえ。お、女の子は大変なんだね」


 佐藤さんが僕のほうに向かって、じりじりと歩み寄ってきます。


 ええっ、なにこの状況?


「私はこう見えても、優秀な占い師という自負がある」


「いや、僕もそう思うよ。未来を予知して、僕が使う水晶玉を事前に用意してくるとか、優秀以外の何者でもないよ。それに、少数精鋭のうちの部のメンバーなんだし」


「そして、あなたも優秀な占い師」


「いや、僕は優秀でもなんでもないよ。たまたま、やってみたら、できたというだけであって。今まで占いなんて、したことなかったし、自分でも占い師が向いているとは思えないし」


「謙遜しなくていい。だから……」


 ……だから?


「二人の子供が産まれれば、その子は、さらに優秀な占い師になる」


「はあ?」


「私はあなたの子供を産みたい。そうすれば、私の家系の跡継ぎ問題も解決する」


 ええっ、なに言ってんの?


 佐藤さんが迫ってきて、僕はとうとう、部室の隅に追い詰められてしまいました。


「……さとうみう」


「えっ?」


「私の名前は、佐藤未宇。未来の未に、宇宙の宇。時間と空間を超越し、未来と宇宙を見通す占い師になれ、という親の願いでつけられた」


 プレッシャー、すごいなっ。


「下の名前を教えたから、これからは、私を下の名前で呼んでくれてかまわない」


 僕を真剣な顔で見つめて、佐藤さんがそう言いました。


「いや、呼ばないって。僕たち、数日前に知り合ったばかりだし。ましてや、恋人同士でもないのにさ」


 あの常識のない渡辺さんだって、下の名前で呼ぶのは恋人、またはそれに近い関係になってから、と言ってたくらいですから。


 出会って数日の佐藤さんを僕が下の名前で呼んだら、渡辺さんになにを言われることか。


「なら、これから恋人同士になればいい」


 佐藤さんはそう言ったかと思うと――。


 突然、僕に抱きついてきました!


「えっ、な、なにっ?」


 いきなり、どうしたんでしょうか!


 僕は佐藤さんを引き剥がそうとしますが、すごい力で抱きつかれていて、引き剥がせません。


 こんなちっこい体のどこに、こんな力が?


「なに抱きついてるの! 離れて!」


 ぴったりと抱きつかれているので、佐藤さんのアレが、僕の体に当たっています。


 当たってる、当たってるよ!


 ――佐藤さんのあばら骨が!


 僕と彼女のあばら骨がこすれて痛いです!


「……ネットの記事に書いてあった。男の子を振り向かせるには、こうやって、体を押し当てるといいって」


 僕に抱きついたまま、佐藤さんがこんなことを言ってきました。


 ええっ?


 それって、胸の大きな女性限定の恋愛テクニック、とかいうやつじゃないでしょうか。


 胸の大きな女性は、その胸の大きさを武器にして、男性に押し当ててアピールしましょう、みたいな。


 胸がぺったんこの佐藤さんが、マネできるやつじゃないと思うのですが。


 どうしよう、間違いを指摘してやるべきでしょうか?


 佐藤さんが僕に押し当てているのは、たわわな胸じゃなくて、あばら骨ですよと。


 僕がそんなことを考えていると、彼女がポツリとつぶやきました。


「私の武器は、このちっこい体とぺったんこの胸」


「はあっ?」


 なんだ、自分の体型のこと知ってて、わざとやっていたみたいです。


「記事には、私みたいな、幼い体つきが好きな男の子もいるって書いてあった。あなたが、そういう人なのか、わからなかったから、このぺったんこの胸を押し当てて、反応するか試してみた」


「勝手に試すな!」


 さすがに、ツッコまずにはいられません。


「……試してみたら、この慌てよう。効いてる、効いてる」


「全然、効いてないっての! 慌ててるのは、佐藤さんが急に抱きつくなんて、予測不能の行動をしたからだって!」


「私の体型が、あなたの好みであることがわかったし、これなら、二人の未来は明るい。よかったよかった」


 佐藤さんは、一方的に喋り続けます。


「全然よくない! 僕の好みのタイプを勝手に決めないで! こっちの話も聞いて!」


 佐藤さんはずっと、僕に抱きついたままです。


 一体、どうやったら、離れてくれるんでしょうか。


 自分の好きな女の子のタイプを人に知られるのは恥ずかしいけど、この際、はっきり言ってやったほうがいいのかもしれません。


 僕は胸の大きい女の子が好みなんだ、だから、佐藤さんは対象外なんだ、と。


    ◇


 僕が悩んでいると、部室のドアが開きます。


 ああっ、マズいですっ!


 みんなが帰ってきました!


 こんな、二人で抱き合ってる光景を見られたら、僕たちの関係を誤解されてしまいます!


「今、戻ったっす」


「やっと着替え終わったわ。ああいうドレスは、着替えるのが大変なのよね。……ん? どうしたの? そんな部室の隅に一人で突っ立って」


「えっ、一人? あ、あれ?」


 僕に抱きついていた佐藤さんがいません!


 佐藤さんはいつの間にか、自分の席に戻っていました。


 ええっ、移動するのはやっ!


「い、いや、なんでもない」


 僕は渡辺さんにそう答えると、そそくさと、さっきまで自分が座っていた席に戻ります。


 渡辺さんと高橋さんの二人は、ドアの前で立ったまま、雑談をしているようです。


 また、抱きつかれたらたまらないので、佐藤さんにしっかりと釘をさしておくことにします。


 僕は二人に聞こえないよう、隣りにいる佐藤さんに小声で話しかけました。


「とにかく、もうこんな真似はしないこと。抱きつかれただけで、佐藤さんを好きになるなんてことはありえないから」


 すると、佐藤さんは僕の言ったことには答えず、かわりに、こんなことを口にしました。


「あなたとこうして出会ったのは、偶然ではないと思った。運命の人だと直感した。だから、昨日、私は、自分の結婚相手を占ってみた」


「ええっ! け、結婚相手?」


 これには、びっくりです。


「そ、それで結果は?」


「……てっきり、あなたが映るかと思っていたけど、映らなかった」


「えっ、あっ、そう」


 ……よ、よかった。


 もし、僕が映っていたら、一大事でした。


 まあ、僕は佐藤さんには興味ないんだから、映らないのは、当然といえば当然です。


「でも、自分で、自分の未来を正確に占うのは、プロでも難しい。先入観や願望のせいで、正しく占えないことがある」


 へー、そうなんですか。


「だから、占いの結果は信じていない」


 信じてないんかい!


 ……また、ツッコんじゃいました。


「優秀なあなたは、わが家系に絶対、必要な人。水晶玉に映らなかったからといって、諦めるわけにはいかない。あなたの子供を産むために、あなたには、私のことを好きになってもらわないといけない。もちろん、私は、そうなるように努力をしていく。今後は、水晶玉だけでなく、女も磨く」


 佐藤さんはそうつぶやくと、僕の目を真っ直ぐに見つめてきました。


 ……こんなこと、言ってます。


「好きになってもらわないといけない」って、またなにか、仕掛けてくる気でしょうか。


 僕にその気はないんだから、もうやめて欲しいのですが。


 それに、僕を優秀とか言ってるし、どう考えても、僕のことを過大評価しているとしか思えません。


 これから、一緒に部活動していくうちに、そんな価値のある相手じゃないって、気づいて、僕のことを諦めてくれるよね?

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