第8話 一学期中間テスト

 五月下旬。


 今日は、定期テスト(中間テスト)が行われる日です。


 入学後、はじめての定期テストということもあり、僕たちは教室で先生から、テストについての説明を受けていました。


 説明によれば、テストは入試のときと同じく、タブレットを使用して行うため、テスト終了後はすぐに、自分の成績をタブレットやスマホで確認できるそうです。


 なお、テストの点が悪くても、補習や追試は行われません。


 一部の成績の悪い生徒のために、余計な人件費を使いたくないというのが、その理由です。


 こういうところは、校務の効率化を追求する私立高だけあって、すごくドライな考え方をしています。


 そして、三学期の期末テスト終了時点で、一年間のテストの合計点数が一定の水準に達していない生徒は、そのままサヨナラ、つまり、退学処分になるということでした。


 ようするに、一年間、頑張っても、学力が水準に達しないバカな生徒はいりませんよ、というわけです。


 まあ、今された説明のほとんどは、はじめて知ったわけではなく、何度か説明されていて、すでに知っていたことばかりだから、それほど、驚くことはありませんでしたが。


 間もなく、最初のテストのはじまる時間です。


 うちの学校では、授業の開始や終了を知らせるチャイムは一切ありません。


 これは、外部への騒音対策という意味もあるのですが、自分自身で時間を管理して行動せよ、という意味もあります。


 先生の合図とともに、テストがはじまりました。


     ◇


 夕方。


 すべてのテストが終了して、放課後になりました。


 定期テストの日は、朝から夕方までずっとテストが続きます。


 そのかわり、テスト期間は一日しかありません。


 教室では、みんながテストの結果をタブレットやスマホで見て、ギャーギャーと騒いでいます。


 僕もスマホで、自分のテストの結果を確認することにします。


 一クラス三十人で全九クラス、合計二百七十人が現在の全生徒数です。


 僕の順位はというと――。


 二百五十五位でした。


 ……だいたい予想はしていましたが、ひどい順位ですね。


 こんな順位だと、部のみんなからいろいろ、言われそうです。


 部室へ行くのが、イヤになりますね。


 ……いや、これは逆にチャンスかもしれません。


 この順位を知ったら、佐藤さんは、僕のことを諦めるのではないでしょうか。


 あなたが、こんなにバカとは知らなかった、産まれる子供もバカだとかわいそうだから、あなたの子供はいらない、とかなんとか。


 うん、可能性はあります。


 実際、本人からそんなことを言われたらショックですが、このテストの結果は、彼女の目を覚ます、きっかけになるかもしれません。


 今回の国語のテストは、入学試験のときと違って、難易度は普通でした。


 というより、授業の範囲から問題が出るので、異常な難易度になったら、そっちのほうがおかしいのだけど。


 一応、国語だけは百点をとりましたが、もともと国語の平均点が高かった上、僕のそのほかの教科が平均以下だったこともあって、大きく順位を上げることはできませんでした。


 まあ、これが僕の本来の実力というわけです。


 やっぱり、あのときは、ホントに運がよかったんですね。


 僕は教室の窓際の席に座っている、渡辺さんを見ました。


 いつもは、放課後になると、さっさと教室を出ていくのに、今日に限っては、席に座ったまま、スマホを凝視しています。


 予想より、成績が悪かったのか、よかったのか、興味はありますが、表情に出ていないので判別はできません。


 スマホでは、全生徒の順位も見られるようになっているので、せっかくだから、部のメンバーの順位も見てみることにします。


     ◇ 


 順位表の一位に載っていたのは、高橋ナツという名前です。


 これって、うちの部の高橋さんのことでしょうか?


 飛び級で入学するほどだから、一位とっても、おかしくはないけど、もしホントに彼女だとしたらすごいですね。


 下の名前はナツですか、はじめて知りました。


 部室に行ったら、本人なのか確認しないといけませんね。


 僕は順位表をスクロールさせて、ほかのメンバーをさがしていきます。


 ――十五位、渡辺桜姫。


 ありました、うちの部長の名前が。


 渡辺さんも結構、頭いいんですね(性格は悪いのに)。


 まあ、なんとなく、お嬢様っぽい感じがするし、頭がよさそうなイメージがあるから、これくらいの順位でもおかしくはないけど。


 続けて、順位表を見ていくと、懐かしい名前を見つけました。


 ――二十八位、斎藤優弥。


 斎藤は中学時代によく遊んだ、僕の数少ない友達です。


 中学のときも、頭はよかったし、高校生になっても変わらないようですね。


 僕はさらに順位表をスクロールさせていきます。


 ――百二十六位、佐藤未宇。


 ええっ、佐藤さん、順位、中間くらいじゃん。


 意外です、もっと成績いいのかと思ってました。


 そして、順位表のずっーと下に――。


 ――二百五十五位、橋本睦月。


 僕の名前がありました。


 それより、下に僕のクラスの生徒はいません。


 つまり、僕がこのクラスで最下位ということです。


 渡辺さんからは「近寄らないで、バカがうつるから」とか言われそうですね。


 いやさすがに、そんな小学生みたいなことは言わないか。


 僕が再び、渡辺さんの席を見ると、彼女はもういませんでした。


 どうやら、僕が順位を見ているうちに、部室へ行ったみたいです。


 僕もそろそろ、行くことにします。


     ◇


 部室のドアを開けると、すでに全員が揃っていました。


 珍しく、全員、占いの道具も出さずに、スマホを片手に雑談をしています。


 おそらく話題は、テストの順位のことでしょう。


 僕は、高橋さんの前の席に座ると、彼女に聞いてみました。


「ねえ、順位表の一位に載ってる高橋ナツって、高橋さんのこと?」


「私のことっす」


 おおっ、やっぱり。


「すごいなあ。本来、中学生なのに、高校生の中に混じって、一位をとるなんて」


 高橋さんは「先輩に褒められたっす」と言って喜んでいます。


 順位表には、テストの合計点数も載っているけど、満点に近いこの点数からすると、高橋さんは全教科で一位をとってそうです。


「高橋さんって、もしかして、全教科で一位なの?」


 僕がそう聞くと、


「そうっす。全教科で一位っす。まあ、二月にあった入学試験のときほど、難しくなかったっすからね」


 平然とそんなことを言ってきました。


 ホントに全教科一位なんだ……。


 まあ、国語だけなら、僕も百点とっているから、一位だけど。


「えっ、高橋さん、飛び級なのに入学試験、受けたの? 推薦だけで入学してきたんじゃないの?」


 そう聞いたのは、僕の斜め前にいる渡辺さんです。


「飛び級でも、推薦だけで入学、とはいかないんすよ。ちゃんと飛び級できるだけの学力があることをテストで証明しないと、入学できないんすよ。だから、みんなと同じ条件で、私も入学してるんすよ」


 高橋さんがそう答えると、渡辺さんが、さらに疑問をぶつけてきました。


「入学試験のときも、全教科一位だったの?」


「あー、国語以外は一位だったっす。国語だけ、常軌を逸した難易度で、それでも手応えがあったんすけど、二位だったっす。あんな問題で、自分より上の点とった人がいたとは、いまだに信じられないっす。どんな人なんすかねー。トップはもらったと思ったんすけどねー。今、思い出すだけでも悔しいっす」


 ……ごめん、その一位とったの僕です。


 恨まれるのはイヤだから、このことは黙っていることにします。


 渡辺さんが、今度は僕のほうを見て、こう言いました。


「それで、あなたの順位、あれ、なんなの? うちの学校はバカだと進級できないのよ。一年でサヨナラなのよ、わかってる? よくこの学校、入れたわね。なによ、順位が二百七十人中、二百五十五位って。クラスで一番のバカじゃない。近寄らないでよね、バカがうつると困るから」


 うん、渡辺さんはこういう人でした。


 期待を裏切らないというか、予想通りというか。


 でも、いざ面と向かって言われると、やっぱり腹が立ちますね。


「うつるわけないだろ! なに、小学生みたいなこと言ってんだよ! 順位はこれから上げていくっての!」


 言われっぱなしで、なにも反論できないのは悔しいので、とりあえず、反論してみましたが、ホントに順位を上げられるかは自信がありません。


 僕は、隣にいる佐藤さんに話しかけます。


「意外なのは、佐藤さんだよね。もっと、順位は上のほうかと思っていたんだけど、中間くらいなんだよね」


「……失望した?」


「いや、別に失望なんかしないよ。ただ、普段のイメージと違っていたから。それに僕は、誰かさんと違って、順位で人を差別したりするようなことはしないから」


 僕は「渡辺さんのことだからね」と言わんばかりに、渡辺さんのほうをチラッと見ますが、彼女は隣の高橋さんと話していて、今の話は聞いていなかったようです。


「ホントは、もっと順位を上げようと思えばできるけど、私には、これくらいが、ちょうどいい」


 ええっ、なに、その発言。


 渡辺さんなら、負け惜しみということも考えられますが、佐藤さんの場合、それは考えにくいです。


 佐藤さんがそう言うのなら、ホントにそうなのでしょう。


「なんで? もったいなくない?」


「いいの」


 よくわかりませんが、時間対効果の問題でしょうか。


     ◇


 佐藤さんは、あれから、僕になにもしてきません。


 最初のうちは、また抱きついてくるんじゃないかと思って警戒していましたが、ホントになにもしてこないので、今では、あれは、一時の気の迷いだったのではと思うくらいです。


 今回のテストの結果を見て、僕の頭の悪さにがっかりして、僕のことを諦めてくれるといいんですが。


 今日は、ずっとテストばっかりで疲れたということもあって、僕たちは部活動らしいことをすることなく、少し雑談をしただけで部室をあとにしました。


 まあ、たまには、こういう日があってもいいよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る